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精神的・経済的 「自己完結主義」のすすめ


こんにちは、アマチュア伝記作家のバイオグラファーです。


フランスが「やたらとデモをやっている国」と認識されて久しいですが、

どうやら日本も少しフランスに似たところが出てきたようで、

新型ウイルスに関する経済状況然り、SNSでの誹謗中傷から死者が出た(と思われる)件然り、

なんでも政府に「政府としてどう考えるか」「政府としてどうするのか」

と対応を求める声が投げかけられるようになってきています。


日本人はそれでも、仕事が忙しくいからなのか奥ゆかしいからなのか、それともただ疲れてしまっているからなのか、

表立ってそれに対して大規模なデモが行われているという報道は出ていませんが、

一昔前よりも、あらゆることに政治的な判断を求める声が強いのは確かでしょう。


私はまだ27歳で、昔のことは直接見聞きして知ったわけではありませんが、

自民党がずっと政権に鎮座し、「五十五年体制」と言われた頃、人々が政権に求めたのは、

道路を代表とするインフラ整備や大規模な干拓事業のような生産設備への大規模投資、

それから日米安保条約の再考といった、非常に規模感の大きな事柄に関することが多かったのではないかと思います。


それが、政府がここまで人々の生活に入り込んでコメントしたり、

実際にサポートしてくれるようになったわけですから、(全国民に10万円配ったりとか、学生の生活支援をしたりとか...)

批判もたくさん出ていますし、うまくいっていないことも多いとはいえ、

行政としてのレベルが徐々に上がってきていることは間違いないのではないかと思います。


しかし、ヨーロッパの例を見れば、この傾向も行き過ぎると危険な側面があると思います。

GIIPSと呼ばれる各国では、人々がなんでも政府に要求し、デモが増えて生活が不安定になって、財政赤字ばかりが増える事態が続いています。

財政バランスがとれていないのは日本も同じというか、これらの国よりも金額自体は果てしなく膨大なのですがね。

※GIIPS: Greece (ギリシャ), Italy (イタリア), Ireland (アイルランド), Portugal (ポルトガル), Spain (スペイン)


結局のところ、経済問題について政府ができるのはサービスと課税のバランスをとることであり、

政府からのサービスを拡充すれば、より多くの税金を取るか、国債を発行して財政赤字を増やして将来の世代に対して課税することになるわけで、

税が少なければサービスが悪くなるのも致し方のないことかと思います。


私は政府に対して何かを求めるよりは、むしろいったん政府からのサポートはないものと思って、できるだけけ「自己完結」を目指したいと思っています。

とはいっても、私は社会に生かされているただの会社員であり、

伝記作家としても、伝記を書いてほしいというご本人がいないと成り立たない存在なわけですから、

社会から完全に独立して生きているつもりも、今後そうなれるつもりもありません。


しかし、社会に対してできるだけ価値を提供し、それに相当する対価だけを受け取って生きられるよう、どうにか努力したいと思っているのです。


政府に頼って生きていたら、どうしても政府の意向次第で人生が振り回されてしまいます。

結果、それは非常にストレスフルなものになるでしょう。

政府がなんと言っても振り回されずに我が道を行けるように、自分の人生を自分でコントロールできれば、

多少厳しくても比較的ストレスフリーな人生になると思います。

実際、実現するのは難しいですけどね。社会自体が政府に振り回されることも多々あるわけですから。

ただ、できる範囲で努力するだけでも、振り回される幅が少しへり、ストレスフリーに少しでも近づくと思っています。


これは精神的な面でも同じで、「社会がこう言うから」「周りの人がこう言うから」といった外部環境に侵されず、

「自分はこう思うのだからそれでいいじゃないか」という自己完結、自己満足をある程度しておいて、

外部の刺激にいちいち振り回されずにストレスフリーでいたいと、いつも思っています。

 

 

 

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