イップス克服に向けて012:足るを知るを実践しようとしているのだが
回答
▶「こうすればよくなる系の思考」にはキリがない
「こうすればよくなる系の思考でフォアハンドのコツが分かったと思ったら、次は散々…」。
ですから、こうすればよくなる系の思考は、「苦しみへ猪突猛進する道」と申しました。
「こうすればよくなる系の思考」には、キリがありません。
今はイップスさえ治れば、満足できると思っていらっしゃるかもしれません。
しかしこの「さえ思考」が、危なっかしいのです。
痩せ「さえ」すれば。
結婚「さえ」すれば。
お金「さえ」あれば。
だけど痩せても、結婚しても、お金持ちになっても、「次の地獄」の始まりです。
「さえ思考」が、問題の本質を見えなくするのです。
イップスが治ったら治ったで、また次の悩みで苦しみます。
▶経済的に豊かになった日本なのに、なぜこんなに苦しいの?
戦後日本は、経済的に豊かになり「さえ」すれば、幸せになれると頑張ってきました。
ところがどうでしょう?
生活するのに便利な、ありとあらゆるモノを手に入れた。
そのぶん、できることが多くなったのだけれど、「できることなんだからやりなさい!」とばかりに急き立てられ、そのせいでさらに心身ともに疲弊する。
私がかつて所属していた出版社なんて、昔は「手書き」の原稿を扱っていました。
それが「ワープロ」にとって代わって、時間も労力も節約できたかといえば、さにあらず。
むしろできることが増えたから、昔に比べて一層忙しくなっているのです。
便利になればなるほど、なぜか時間が足りなくなるのです。
まさに「忙殺」です。
忙しいとは、「心を亡くす」と書きますね。
経済成長を成し遂げた今の多くの日本人が、こうも悩み苦しんでいるのは一体なぜなのか?
経済的に豊かになるとは、欲の肥大だったからです。
できることは確かに大幅に増えた・増えすぎたのだけれど、その洪水のなかで何をしていいのか分からなくて、溺れています。
キリのない欲を追い求めず、いついかなるときも満足を感じるのが「小欲知足」。
経済成長を成し遂げた今の日本の苦しい現状は、言ってみれば「大欲無知足」(※造語です)。
欲が大きくなりすぎて、これからもずっと、きっと、このままでは満足が無いでしょう(革命の起こし方は後述します)。
▶「足るを知る」が、「究極のアンチエイジング」
「イップスが一生治らないのではないか」と心配し、早く治したいと欲するのは、まったくの逆効果です。
治したい意識のほうへエネルギーが費やされて、心身の自然治癒力が阻害されてしまいます。
アンチエイジングに血道を上げるほど、余計に老いるのでしたね。
あれやこれやと気を使うほどストレスで、活性酸素が増えるからです。
老いることは、問題ではありません。
老いなかった人は、歴史を振り返ってだれ一人としていなかったのですから。
老いることは、100パーセント確定しています。
むしろ「老いたくない」という欲望が、さまざまな悩み苦しみのストレスを作り出しています。
それがまた、新たな活性酸素を生み出すいたちごっこ……。
そういう意味では「足るを知る」が、「究極のアンチエイジング」と言えるかもしれません。
▶「より良くならなくていい」という「革命」
人のデフォルトはつねに、「こうすればよくなる系の思考」に衝き動かされて生きているといえます
それを「手放す」というご提案。
ご提案というか、「革命」。
この人生初の経験が、脳細胞へとインパクトを及ぼし、人生で初めて「今、ここ、この瞬間」に留まる体験をします。
それによって脳に新しい神経回路が開かれて、感情的ではなく理性的に、主観的ではなく客観的になります。
隠れていた能力が引き出されるのです。
何かを加えて、良くしようとするのではありません。
何かを強引に「得よう」「高めよう」としないでください。
「得よう」「高めよう」とするのは、だれですか?
足るを知らない「自分」です。
「自分」が出しゃばるから、「セルフ2」に委ねられなくなります。
「いつか」「どこか」を追い求めるから、不安になります。
「今、ここ、この瞬間」に留まるのです。
「こうなりたい」とか「ああなりたい」とか期待せずに、足るを知る。
いついかなるときも、満足を感じている。
「いついかなるときも」ですからね。
「こうなったら」「ああなったら」満足するというならば、永遠に満足しないのです。
そのように、何事にも執着しません。
無執着というのは、色にたとえれば「無色透明」です。
欲や怒りといったドス黒い感情を加えれば色は濁りますが、一方で「ああなりたい」というクリーンなイメージの青色を加えても、やはり心は濁るのです。
イップスを発症すると、どうしてもテニスプレーヤーとしての自分に「価値がない」と思い込みがちです。
ですが、足るを知る。
イップスであろうと何であろうと、「存在している」という価値があるのです。
▶チャンスボールに限って「ふかす」のはなぜ?
それから、最後にやや具体的なご提案になりますけれども、多くの人は「自分にはそんなものない!」と思い込んでいて、ご自身も気づいていらっしゃらないかもしれませんけれども、テニスが上手くいかない場合は必ず、「現実に対するイメージのズレ」があります。
イメージは、ボールの高さやスピード、対戦相手の印象、あるいは会場の大きさ、風の有無などによっても揺らぎます。
対戦相手のボールが速いから揺らぐ、遅いから揺らがない、というわけでもありません。
むしろ逆も、多々あります。
フワッと浮いてきたチャンスボールに限って、ふかしたり、ネットミスしたりしませんか?
簡単なはずなのに、なぜ?
現実に対するイメージが、ズレるのです。
このズレが解消されれば、「打ち方が分からない」とか、「フォームが乱れる」とか、「違和感が出る」とか、「狙えないコースがある」とか、「スピンをかけなきゃコートに入らない」とか、あるいは「打球タイミングが合わない」などという、言ってみればテニスに関する「ありとあらゆる」諸問題が基本的にはなくなります。
これは、イップスであろうと、なかろうと、共通です。
▶「足るを知る」は「我慢」ではない。あるがままの「受け入れ」です
「もう少し我慢して足るを知るを実践」とおっしゃいますね。
「足るを知る」を、「我慢して現状に甘んじる」というふうに捉えないでください。
「こうすればよくなる系の思考」に縛られている今のほうが、そうなれていない以上、よっぽど我慢を強いられていらっしゃいます。
今は耐えて耐えて耐えていらっしゃいます。
「足るを知る」とは、いろんな事情があるのだから「今は仕方がない」という受け入れです。
全然、我慢ではありません(笑)。
むしろ、満足です。
▶「足るを知る」でイップスは寛解する
「さえ思考」が問題の本質を見えなくすると先述しました。
では問題の本質とは?
「大欲無知足」だったのですね。
欲を追い求めて満足しない・できない私たちの「心」こそ、あらゆる問題の本質だったのです。
「足るを知らない」とは、いわば「怒っている」のです。
「こんなの嫌だ!」「このままじゃダメだ!」とばかりに。
そしてドギツい怒りに心が支配されると、どんなに地位や名声や収入を得ても、満足感を得られないのは、想像に難くありません。
それを「不幸」という。
何も、「イップスのままで満足しろ」などと、言いたいわけではありません。
いろんな事情がある・あったのだから「今は仕方がない」という受け入れによる自己肯定。
「アンチイップス」に血道を上げないでください。
やれ「手首が固まる」、やれ「腕が暴れる」などと、あれやこれやと気を使うから、活性酸素が過剰になります。
そうではなくて、「いついかなるときも満足」であったならば、イップスは遥かに、寛解しやすくなるのです。
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(テニスゼロ)
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