私は誰。ここはどこ。今はいつ。時よ止まれ。目を覚ませ。
今、眼下に広がるのは何もない真っ青な空。
キレイな青空だなぁー。
真下にぽつりと表参道の交差点が見えた。
相変わらず人が多い。
って、交差点?
風が吹いた。身体中に沁みた。
気づくと私は全裸のまま
鋼の肉体をもつ男に片足首だけ掴まれて
屋上の端からサカサマに吊るされていた。
生まれたての赤ん坊みたいに。
目の前では血管が浮き出た二の腕が
私の命を握っていた。
火に炙られムチで一晩中叩かれて
腫れあがった焼き豚のように
真っ赤に充血した分厚い二の腕。
男っていやだなって思った。
天豆エッセイ詩小説12
私は誰。ここはどこ。今はいつ。時よ止まれ。目を覚ませ。
死ぬのかな。
意識が遠のく。
子供の荒い息遣いが聴こえる。
汗だくの子供のからだを母が拭いている。
天井からそれを眺めている。
父はいない。
内耳の奥で執拗に轟音が響いている。
妻の陣痛が始まったと真夜中に電話が鳴った。
東名高速を飛ばして妻の実家近くの病院に着いたのは2時半だった。
既に現場は臨戦態勢となっており、妻の母もまた落ち着かない様子でそわそわと、待合室の窓ガラス越しに様子を見つめていた。
妻は私が来たことに気づいて、少し頷くような仕草を見せた。
それから手を繋いで助産師さんの言われるがままに妻の呼吸に合わせて、ヒーフーと言ってみたりおろおろしてみたり妻の手を握ってみたりした
4時42分に我が子はこの世に生まれた。
ほっとした。
嬉しかったとか感動したとか生命の奇跡に心震えたりはなかった。
ただほっとした。
その1時間後には病院を発ち、インターで天ぷらをたべて
そのまま仕事に向かった。
夜は渋谷のザリガニカフェで友人と会った。
野田秀樹の演劇を観に行き、松たか子の存在感に震えた。
長男は妻の実家に預けている。
次男の誕生をよそに彼と会うと、ひたすら動物のことばかり聞いてくる。
パパ、動物何好き?
う~ん。キリン
あとは?
う~ん。カバ
あとは?
レッサーパンダ
ワニは?
普通
ぼくワニ好き
そういって、上野動物園で買った動物パズルを朝・昼・晩一緒に作る。
崩して作って崩して作って崩して作って。
無邪気なスクラップ&ビルドマシーン。
で、急に機嫌が悪くなる。
「パパ、こないで「パパ、やだ」「パパ、チューしないで」「パパ、ムギューしないで」と一通りこちらの愛情表現を拒否してくるのである。さびしいぜ。
そして、夜、寝る前必ず彼が聞くこと。
「パパ、明日どこ行くの?」
「仕事だよ」
「夜なったら、帰ってくる?」
「うん、帰ってくる」
「そおか」
しかし、父は夜は別世界に飛ぶ。
そして寝る前に、私と妻の頭を引き寄せ自分のほっぺたを、私たちのほっぺたで挟む。
「むぎゅー」って言いながら。
心の中で叫んでみる。
「時よ止まれ。お願いだから止まってくれ」
ぼやけた鈍く空ろな頭の中でこだまする。
感動やら感謝やら痛みやら喜びやらを
瞬間瞬間味わい尽してシンプルに生きていく。
それが望んでいるシンプルなことだったはずなのに、あの夜から全てはめちゃくちゃだ。
ツンデレ美女と出会った日からだ。
その夜、私はナイトトリップした。夢にしてはあまりに鮮明だし、天豆という赤ん坊として。大学生として。小豆という美しい彼女と出会い、一夜を共にし、ママは死んでいて、そして恐ろしい巨漢の男。。
あれは全て何だったのか。
時を戻そう。
記憶が混濁してる。
すべてが繋がる日は来るのだろうか。
「時よ止まれ。そして、目を覚ませ」
天豆って誰なんだ。
ひとまず仕事に出かけよう。