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心を深く抉る日本映画「すばらしき世界」は役所広司が人間の哀しき業を体現する祈りの映画だ。

切ない。苦しい。哀しい。
それにしても凄い映画だ。

ヤクザの末路と悲哀という意味では、「ヤクザと家族」と重なるがこの映画の深みは段違いだ。

西川美和という監督はどうしてこんなに人間洞察が深く、しかもそれを観客が何層にも分け入って、人間の業の深淵に辿り着くように描けるのだろうか。

本作でその狂おしくも哀しい人間の業を、文句ない程、完璧に具現化させたのは、

役所広司だ。

今、日本映画界で、事実上、演技力、存在感ともに頂点に君臨していると私は思う。

彼の演技を冒頭からラストまで見続ける。
それだけで心の奥底が震わせ続けられる。
それだけで劇場に行く価値がある。

西川美和監督が役所広司と初タッグを組み、同一人物がモデルとなっている「復讐するは我にあり」の作家、佐木隆三の小説「身分帳」を原案に描いた。傑作「復讐するは我にあり」の監督は今村昌平で役所広司は今村昌平の「うなぎ」で元ヤクザを演じて、賞レースを総なめしている。

そんな役所広司は、殺人を犯し13年の刑期を終えた三上を演じているが、冒頭の彼の出所の場面を観て、不穏な予感が立ち込める。

刑務官との最後のやり取りをしているのだが……全然、反省していない 笑

心の奥底の狂気、、ではなく、発火寸前の怒りを内在しながら、娑婆の生活に入っていくが、私たち観客はいつそれが脆くも崩れるか、ハラハラしながら見守る。

果たしてそんな人間が変われるのか。

幼少時から滾り続けたマグマのように燃え盛る憎しみと怒りの業はそんな簡単に消失するものではない。

目まぐるしく変化する社会からすっかり取り残され、身元引受人の弁護士らの助けを借りながら自立を目指すもうまくいきようもなく度々彼は癇癪を起す。長年の不摂生で身体もぼろぼろの中、あがく、あがく、あがく。

そこで登場するのは生き別れた母を探す三上に近寄るディレクターの仲野大河とプロデューサーの長澤まさみ。

この2人の視点が私たちの三上を観る視点と重なるが、特に彼にどんどん思い入れを深めていく一般人代表の仲野大河の視点が私たちの視点と重なる。

彼も素晴らしかった。

仲野大賀は、凄まじい役所広司と対峙し続け、食らいつき、最後、泣かせてくれた。

西川美和監督の代表作「ゆれる」の香川照之の助演男優の極みを継承するのは、仲野大賀だと思う。2020年代、これから10年、最も各賞の男優賞を獲得するのは彼かもしれない。

それにしても、生き辛い世の中で、生き辛い業と過去を宿す三上という男を見続けて、彼を支える傍らの人間たちを観ていて、今の世の中の空気がひしひしと伝わってくる。

自分の人生とは絶対かかわりを持ちたくないような三上という男をどう捉えるのか、捉えるべきなのか、捉えたいのか、信じたいのか……

お願いだから、我慢してくれ。

お願いだから、更生してくれ。

お願いだから、また戻らないでくれ。

そして.......

お願いだから、生きていてくれ。

祈りながら、彼の一挙手一投足を見守るクライマックス。

そして心震えるラストが待っている。

西川美和×役所広司。

この2人が日本映画を更なる高み、いや底の知れない深みに導いてくれたのは間違いない。日本映画の現在の到達点がそこにある。

心にいまだ漂う余韻は、三上という男への

届くことのない祈りと願いだ。

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