かわしま

※しばらく休養

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【短編小説】遊生夢死

 目を開けると、そこは荒廃した自身の職場だった。  柱の面影や机の残骸には見覚えがあった。天井は無く、壁も吹き飛ばされたのか、ひどく風通しが良くなっている。ドアや窓も当然無く、辛うじて残った観葉植物が虚しそうに風に靡いていた。  おそらく4階フロアだった。自分はソファに腰掛けており、周りの損壊具合を見ると奇跡的な残り方だった。脚一本くらい無くなっても然るべし、という状況で、安っぽい革のクッションには傷一つ付いていない。むしろ、ここだけ新調したかのように、記憶にある引っ掻き

    • 【短編小説】春某日

       数日前から風邪に罹患した。  冬から春への季節の変わり目だったのだが、真夏先取りの気温が不意打ちを仕掛けて、完全に体調を崩した。花粉症も数年ぶりに発症して、滝のような鼻水から喉風邪へとスムーズに移行した。  かかりつけの病院で診察を受けて、担当医は軽い風邪ですねと微笑んだのだが、肺炎を起こしかけていたので安静にするように言われた。  とりあえず、インフルエンザやらコロナウイルスだの、タチの悪い感染症ではないことに安堵しつつ、会社には何日か休みを申請した。  元々身体が

      • 【短編小説】何かのプロローグ-2・完

         さて、玻璃さんの退職を巡る話はもう一つある。   煙草を吸い終えた仁保は、吸い殻をぽいと宙に放る。その先には、古びた小さな焼却炉があって、既にその中は轟々と火が燃えている。思い出したかのように僕は作業着を羽織って、仁保がそれを見て軍手を渡してくれる。  何を隠そう、弊社には奇習が存在している。  繰り返しになるが、古い会社である。故に備品も古く、机なんかは木造が殆どである。さっさと買い換えればいいのだが、勿体無いとか面倒臭いだとか、そういったどうでもいい理由で先延ばしにさ

        • WBCが日常からいなくなる

           WBCが終わった。  侍JAPAN王座奪還!最強証明!異次元オオタニサン!さまざま飛び交った。村上最後に一本、吉田の13打点、ドラマもさまざまあった。感激で泣いたこともあった。  いろいろあった。  いろいろあったのに、1番よく聞いたのはこれだった。 「寂しくなるね」  お祭りが終わる頃の哀愁。しばらく名場面集はTV等で放送され続けるだろう。そう簡単にこの興奮は冷めやらぬ、とは思うのだけど。  しかし、リアタイの試合のワクワク感は戻って来ない。  関東地方の視聴率

          【短編小説】何かのプロローグ-1

           積もった雪が溶け、花粉が飛散を始めて、人間の自律神経も季節の変わり目で不安定になりつつあるかな、という具合の時期に。  僕たちは会社の裏のゴミ捨て場の前で話をする。  事務の玻璃さんが、会社を辞めると言い出した。  弊社は古いタイプの会社なので、居る人員の8割は男性だ。それも、四十を超えたおっさんが殆どである。玻璃さんはその残りの2割だ。かくいう僕は8割の一人だが、まだ二十代前半、入社3年目の新人も新人である。繰り返しになるが弊社は古い会社なので、その例に漏れず若い世代も

          【短編小説】何かのプロローグ-1

          高忠智、オオサカにて【サタスペ創作】

           釈迦は、生まれたときに母親を亡くしたというけれど。  そういう意味合いでは、オオサカには釈迦候補がたくさんいる。なんとも不謹慎で、不純で、冒涜的な話ではあるけれど。  母への愛、母からの愛を求めて。それと同時に、それが失われる恐怖も抱えて。  高忠智もそのうちの一人だった。ただ、釈迦になるには生まれながらの才能が足りないので、彼は仏陀にもなれなかったし、転輪聖王にも勿論なれなかった。 「でも分からないよ」  そう囁いて、隣に眠る名も知らぬ女の鎖骨を指でなぞる。彼女の寝顔は安

          高忠智、オオサカにて【サタスペ創作】

          父とFFⅩ

           ファイナルファンタジーシリーズは、小さい頃から知っている。  まあ、言うほどコアなファンではなく、プレーしてクリアできたナンバリングはⅫしかない。最後まで行けなかったのは幾つかあり、そのほかはストーリーを何となく知っている、くらいのものである。  個人的にはⅧの思い入れが深い。生まれて初めて出会ったFFがⅧであり、園児の頃に親がやっていた記憶がある。台風が家に直撃した夜に、ガルバディアガーデンのケルベロスと戦闘をしていたのをよく覚えている。  父はFFⅩのファンだ。  発

          【小説】ユビキタスとスピリタス-3・終

           彼女(ユビキタス)もやはり駄目だった。  他のアンドロイドの例に漏れず。その完成された貌が、会社の体系に多少なりとも影響をもたらした。  スピリタス——例の男以外にも、彼女に興味を示した社員は数名居た。流石に、スイーツパラダイスに連れて行ったのは彼だけだが、言い寄ってきたり、見ようと職務を放棄したり、それなりに可愛らしい弊害が生じた。  時間が経って、職場にユビキタスが馴染むようになって、あからさまに彼女の胸元や脚部に触れる社員が現れた。相手は機械であり、それを嫌がるよう

          【小説】ユビキタスとスピリタス-3・終

          【小説】ユビキタスとスピリタス-2

           会社員——厳密にはアンドロイドだが——彼女を誘うのに、男は日を選ばなかった。平日の白昼堂々、お互いにスーツのままで甘味と暴食の楽園に殴り込んだ。彼らの姿を見て、店員は一瞬不思議そうな顔をした。場と時間との親和性の無さ、それから、片方が機械であることからであるのは、男にも手に取るように分かった。 「別に、君のせいではないよ」  席につくなり、男は彼女に言う。 「いかにアンドロイドが普及した現代であっても、払拭できない違和感を持ち続けるものなんだ。それが、人間が人間である証明

          【小説】ユビキタスとスピリタス-2

          【小説】ユビキタスとスピリタス–1

           会社にアンドロイドがやってきた。  事務作業を主として、書類作成だとか、経費計上だとか、いわゆる「機械的」な仕事を請け負ってもらう。PC作業はお手のものだし、何より機械であるので、そういう作業にはうってつけだった。人間がやるよりも適任というものである。  問題は、そんなことのために、どうして「躯体」が伴わなければならないのか、という話であって。 「どうしてそこまで美女なのですか」  総務部フロア。休憩時間を1時間も過ぎた後にやってきた男。彼を遠くから眺める社員たちは皆、

          【小説】ユビキタスとスピリタス–1