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かぐや姫『神田川』を読み解く ―優しさが怖いと感じるとき―

  『神田川』は、貧しい暮らしの中、愛を育む若い二人の姿を描いた昭和の名曲です。今回は、この歌詞の秘密を解き明かしていきましょう。
 
 歌詞は、「貴方はもう忘れたかしら」の問い掛けから始まります。「貴方は~かしら」という言葉遣いから想像し、問い掛けている人物、すなわち「私」が女性であり、「貴方」が男性であることがわかります。しかし、この「貴方」と「私」の設定こそ、秘密を解く鍵になっています。
(※今時、言葉遣いで性別を判断するのは不適切だと言われそうですが、ここではお許しください。)
 そしてもう一つ、二人が暮らしたときから数年が経過していることもわかります。忘れてしまっていることを心配するほどなので、1、2年程度ではないでしょう。
 
 「赤い手拭いマフラーにして 二人で行った横町の風呂屋」からは、決して豊かとは言えない二人の暮らしを思い浮かべます。
 「一緒に出ようねって言ったのに いつも私が待たされた 洗い髪が芯まで冷えて 小さな石鹸カタカタ鳴った」では、寒空の下、そこまで待たせるなんてダメな男だなと思いますが、決してそんな気持ちは感じられません。むしろ待っている時間も幸せそうです。
 散々待たせたあげく、「貴方は私の身体を抱いて 冷たいねって言ったのよ」なんて、ちょっと許せなくなりますね。冷たくしたのは貴方でしょ。
 
 二人の関係性は、二番にも引き継がれています。
 「貴方はもう捨てたのかしら」からは、二人には新しい暮らしがあるとわかります。別の人生を歩んでいるのですね。別の家族があるのかもしれません。
 「二十四色のクレパス買って 貴方が描いた私の似顔絵 巧く描いてねって言ったのにいつもちっとも似てないの 窓の下には神田川 三畳一間の小さな下宿」は、何気ない小さな幸せが描いています。例え三畳一間の格安下宿でも、二人でいればそれだけでよかったなんて、今の時代、同じことを言える人は少ないかもしれません。
 「貴方は私の指先見つめ 悲しいかいってきいたのよ」では、やるせない気持ちになります。指輪を買う経済力がないことへの謝罪なのか、それとも結婚する気もないのに一緒に居ることへの贖罪なのか。いずれにせよ、指輪を待っている女性に「悲しいか」と尋ねる男性を、女性はどう思うのでしょう。普通なら許しがたい気がします。この歌でひたすら優しく描かれているのは、間違いなく女性です。
 
 問題なのは次のフレーズです。
 
 若かったあの頃 何も怖くなかった ただ貴方のやさしさが怖かった
 
 将来が見えない貧しい暮らしに、不安を感じないことはないでしょう。しかし、二人の愛があれば幸せだという純粋な気持ちは有り得ます。そこまでは理解できます。
 ところが、「貴方のやさしさが怖い」というフレーズは、理解に苦しみます。まず、この歌の「貴方」は優しいでしょうか。寒空の下で女性を待たせ、収入もなく、結婚の約束さえしない男性を、優しいなんていうことはできません。
 いや、描かれていないところで優しいのかもしれません。百歩譲ってそう考えましょう。しかし、優しさが怖いというのは、どう理解すればいいのでしょうか。
 
 その謎を解くためには、この曲が作られた時代背景を考えなければなりません。
 『神田川』を作詞したのは喜多條忠です。1947年生まれの彼は、まさに大学闘争まっただ中の1968年・69年に、早稲田大学で学生時代を過ごしました。『神田川』の歌詞には、彼の体験が描かれていると言われています。
 
 この曲に出てくる男性が、大学闘争に参加している学生だったとしたらどうでしょう。自らの掲げる正義のために、体制と闘うことに使命感を抱く一方で、下宿に戻れば小さな幸せがある。どこまでも優しい彼女が待っていてくれる。そう思ったら、彼女の優しさが怖くなるのではないでようか。自分の信念が揺らいでしまうようで。
 
 だとすれば、最後の「貴方」だけは女性だと言えませんか。この曲は、最初と最後で「貴方」と「私」が入れ替わっていると考えれば辻褄が合います。つまり、二人の会話を描いているのです。
 
 この曲が発売されたのは、1973年(昭和48年)です。この年の1月にはベトナム戦争が終結しています。前年には、札幌オリンピック、沖縄返還、日中国交正常化、パンダ来日など、明るいニュースもありました。世界では航空機の爆破テロやハイジャック事件が続いていたものの、時代の空気は変わり始めていたと言えます。
 大学闘争が終わり、時代の空気が変わった頃、二人は再会した。そして、「あの頃」の思い出を語り合った。
 
「貴方はもう忘れちゃったでしょ?何もなかったけど幸せだったわね。」
「若かったな。僕には貴方の優しさだけが怖かったんだ。」
 
 いかがでしょうか。

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