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【自分の足で】細峯翔子(17歳)/貝塚線物語

細峯翔子(17歳)

帰宅の電車内、英単語帳を閉じ、翔子はカバンから読みかけの本を取り出した。

「102歳、一人暮らし。哲代おばあちゃんの心も体もさびない生き方」

できなくなったことは追わずに、くよくよしない。

できることとをいとおしんで自分を褒めて、まだまだやれると自信に変える。

気張らず飾らず、あるがままを受け入れる。

自分を大きく見せんことです。

煩悩やねたみといったしんどいことは手放すに限ります。

その代わり嬉しいことは存分に味わうの。


昇降扉の前に立ちながら、メガネにポニーテールの翔子は一心不乱におばあちゃんの言葉を噛み締めた。

翔子が立ってる横のシートの端。
手摺バーに疲れた体を預けてしかめっ面をしてる50代の男性が翔子が呼んでいる本の表紙を一瞥し、またスマホのゲームに目を落とす。

男は黒いリュックと白いビニール袋を大事そうに抱えている。ビニール袋には竹輪、カレーのルー、ジャガイモ、そして自分で買った袋入りのバターピーナッツが詰め込まれている。



遅くまで友人と共に勉強をしてた翔子の本に街灯やマンションの光が流れていく。

翔子は電車では座らないようにしている。

理由は特にないのだが、自分の足で踏ん張って電車の揺れに耐えるのが好きなのだ。

コトンと座っている男の手からスマホが滑り落ちた。

男は疲れて一瞬眠ったらしい。

翔子は気が付かない。
心はこじんまりした坂道の町、尾道で暮らすおばあちゃんの暮らしを想像していた。

車窓に雨粒が当たり、
筋を作りながら
真横に流れていった。

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