つき@どんぐり拾い

小説を書いてみよう。

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最近の記事

【ゲーム感想】ファミレスを享受しつづける

 夜更かしができない。  三十代になってからは、ますます夜起きていられない。9時から10時には寝ている。  ファミレスという場所も、あまり人生で縁がなかった場所だ。  いつも隣にいるひとに、どんな時にファミレスに行ったか聞いてみた。 「学校帰りにドリンクバーだけでたむろする場所。カラオケ後にまだ話したくて行く場所。テスト前に集まって勉強する場所」  漫画の中の人みたいだね、と言ったら漫画を読まない彼女は首をかしげていた。  深夜のファミレス。それはもう、憧れで、

    • 風紀のあの子② #シロクマ文芸部

       春の夢は、人生の儚さを表す季語だという。  ならばこの高校生活こそが、夢の中なのかもしれない。  図書館の窓際は、ガラス越しに木漏れ日がさす。自習机にひとりきりで、彼女は幸せそうに眠っていた。読んでいたであろう本は閉じられて、今は彼女の枕になっている。  午前中、風紀の仕事で忙しく走り回る姿を、教室から見かけたばかりだ。普段は生徒たちに厳しい目を光らせる風紀委員長だが、今は小さな寝息をたてている。まるで赤ん坊が寝ているように、平和だ。  枕になった本のタイトルが気にな

      • 恋多きひと、家族の遺伝子について

         先日、家族ぐるみで付き合いのある知人と、久しぶりに会った。  彼女の名前は、仮にマリアとする。  マリアは私が小学生の頃に、留学生として日本にやってきた。  母の慈善活動の一環から、当時の我が家には主に東南アジア系の留学生が何人か出入りしていて、学校から帰ると見知らぬ外国籍のお兄さんお姉さんが漫画を読んだりタコ焼きパーティーをしたりしていた。  大きな遠慮もなく、友達や恋人を引き連れて来るので、正直誰が誰のなんなのか、よくわかっていなかった。   マリアはエネルギッシ

        • 祈りの雨 #青ブラ文芸部

           一目惚れだった。  ヨルダン川の岸辺で、幼い私は迷子になっていた。母親の用事が終わるのを手持ち無沙汰に待っていたのだが、サンダルの革ひもが切れ、しゃがみこんだのはほんの数十秒。結び直したと思って顔を上げた時には、もう母の姿を見失っていた。 「ケガしたのか?」  植物の育たない荒れ地で、少年の瞳は深い緑色だった。こちらを心配そうにのぞき込む顔は、後から思い返せば幼さが残る。私よりも二三歳は年上だったと思うが、それでも十に満たない。それでも当時の私は、年上の男の子がすぐそばにい

        【ゲーム感想】ファミレスを享受しつづける

          セピア色の桜 #青ブラ文芸部

          「こちらがニコラ・フィアット ロゼです、ムッシュ」  コースのスタートから1時間ほど経って、食事はヒメジのポワレである。季節にあった桜柄のボトルを、老年の夫婦に少し掲げて見せる。  白髪の男性は、ぜひ彼女にこそ見せてくれと、妻と思わしき女性の方へ手のひらを向ける。僕は、おやと思う。おそらく彼女は日本人ではないか。 「ありがとう」  僕の気付きに応じたように、彼女は母語話者のイントネーションでグラスを傾けた。シルバーグレーの髪は美しく編み込まれ、ルージュの唇をゆっくりと引く。

          セピア色の桜 #青ブラ文芸部

          手のひらの恋 #青ブラ文芸部

           占い師は自分を占えないというのは、本当だろうか。  私が初めて姉に占ってもらったのは、小学生の時だった。私が三年生、姉が六年生になった年の春、親から二人で一冊と買い与えられた子供向け雑誌に、手相占いの特集があった。示し合わせたように、占いごっこが始まる。姉は私の右手のひらを取り、もったいぶって謎の呪文を唱える。さっきまで付録のハンドクリームをつけていたから、ふわりと苺の香料がお互いから薫った。 「ふむ、今日のおやつはショートケーキ」 「ぜったいウソ」  私たちの母親は、

          手のひらの恋 #青ブラ文芸部

          朧月 #シロクマ文芸部

           朧月、というメニューを出す洋食店があった。  卵を使っているのは確かだが、他にどんな調味料を使ってるのか定かでない。しかし美味い。  妻は店に行くたびに、そのうすい黄色のふわふわを一匙頬張っては、うまそうに眉を寄せながら首を傾げる。 「卵、生クリーム、お砂糖、ハーブのような香りがある気がするけれど」  あまり料理をしない自分の舌では、ハーブのような香りと言われれば、そんな気もするし、入っていないと言われればそんな気もする。とにかく、美味なのだ。  妻は砂糖が入っている

          朧月 #シロクマ文芸部

          合わせ鏡 #青ブラ文芸部

           森の奥には魔法使いがいて、頼めば願い事を何でも叶えてくれるというのは、この辺りの村では有名な話だった。  隣に住むメルヒの、お婆さんの話だ。  小さいころ家で飼っていた猫がいなくなり、一番かわいがっていた姉が魔法使いのところにお願いをしに行った。魔法使いはタダでは願い事を聞いてくれない。姉はその時期庭で盛りの深紅のバラを両腕に抱え、魔法使いに手渡した。  魔法使いはいつもそうであるように、棚から筒を取り出して、薬草やらキラキラ光る石やらを筒に入れると、最後に姉が持参したバ

          合わせ鏡 #青ブラ文芸部

          朝焼けの供物 #青ブラ文芸部

           銃を抱えてじっと待つ。  夜明け前の森はじっとりと湿り始め、目覚める為に少しずつ温度を上げていた。 霧たつ木立の間から、獣の匂いが一瞬、鼻先を掠める。  近い、と思った瞬間、「それ」は目の前にいた。  男がこの地に移住してきたのは、15年前だ。趣味でとった狩猟免許だったが思いのほかのめり込み、ついに移住までしてしまった。当初は縄張りがあったり猟友会や先輩猟師からの圧力があったりと、続けるのが面倒になった時期もあったが、10年を超えたあたりから気にならなくなった。  こ

          朝焼けの供物 #青ブラ文芸部

          風紀のあの子 #シロクマ文芸部

           春と風紀の乱れとは、なにか関係があるのだろうか。  正門前に立つアヤネは、遠くから走り来る生徒と腕時計を見比べながら、そんなことをぼんやり思った。  春眠は暁を覚えず、猫も恋するこの季節。三年生が卒業して、もう少し頑張れば春休み。花が芽吹き一斉に自然が「生」に動くこの季節、自分たちの仕事が増える気がしている。 「いや、関係なくないですか? 最も乱れるのは夏休み明けですよ」  一年のサワムラが報告書の角を揃えながら、アヤネの疑問をばっさりと切り捨てた。 「いや、でもさ

          風紀のあの子 #シロクマ文芸部

          見つからない言葉 #青ブラ文芸部

           僕が父とともにその村を訪れたのは、小学校3年の夏だった。父は東南アジア諸島の民俗を研究しており、たまたま連れて行かれた僕は、名も知らぬ密林でひと夏を過ごしたのだった。  はじめは慣れなかった扉もない小屋での生活や、自分と違う容姿の人々、むわりとした湿度と匂い、痩せこけた犬や言葉の通じない不便さも、一週間ほどであまり気にならなくなった。  僕が音を上げなかったのは、言葉が通じなくとも遊んでくれる子供たちがいたからだ。彼らはなんとなくで単語を僕に教え、ほとんどジェスチャーで話

          見つからない言葉 #青ブラ文芸部

          春めく #青ブラ文芸部

           冬が最も長いといわれる村で、祖父も、父も、己も育った。代々リンゴ農家を営む家が多いこの地域では、春といえば雪解けとともに若葉がほころぶ、リンゴの木から感じるものだった。  しかし我が家の場合、少し違う。 「ああ、今年も、春めいでぎだな」  火鉢を抱えるようにして晩酌をする祖父の目は、部屋に掛かった一幅の掛け軸に注がれている。  古くから伝わる掛け軸は、お世辞にも高価なものには見えない。藍色の天地は埃っぽいし、本紙の色も茶色みがかっている。  描かれているのは、枯れかけた

          春めく #青ブラ文芸部

          小林多喜二の命日によせて

           それは校庭の隅にまんべんなく霜柱が立つような、年の終わりだった。私は13歳で、中学校から始まった寮生活初めての年越しを目前にしていた。  実家に帰る生徒がほとんどなのに、何故か先輩を真似て待機組になったことを早くも後悔し、取り立ててやることもなく寮内をふらついていた。  そんな私に、同じく待機組となった同級生が1冊の本を貸してくれた。三浦綾子の『母』だ。  冬休みの薄い陽が部屋に差し込む午後いっぱいをつかって、私はその小説を読み終えた。  キリスト教系の学校だったから、小林

          小林多喜二の命日によせて

          梅と魔女 #シロクマ文芸部

           梅の花には魔除けの力があると言って、曾祖母は家の鬼門に梅を植えたと聞いていた。  曾祖母は不思議な逸話を多く持っているが、その人柄を聞くたびに、私の頭にはいつも、魔女の姿が思い浮かんでくる。  母が幼少の頃の話だ。お正月も開けた頃に風邪を引くと、彼女は梅干しを潰し入れた粥を必ず作ってくれたという。そうしてまだ雪の残る庭に出て、梅の花を掌にいくつか摘み入れ、その真っ白な花弁を丁寧にむしった。  母が粥の鉢で手を温めている間、彼女はやっぱり魔女のように口の中で何事か唱え、花弁

          梅と魔女 #シロクマ文芸部

          会社のランチ

          この話は会社のランチが不思議なルールと感じていたときの話。身バレ防止で小説とした。 たまにしんどかった。変なルールと笑ってもらえたらちょっと救われる。 会社によってルールって変わるんだな、ということは色々あるけれど、その最たるものがランチだと思っている。 一斉の時間に散り散りに取る会社、それぞれの時間をズラして取る会社、仲のいいスタッフと連れ立って食事に出かけたり、軽い食事と用事を済ませたり。 僕が5年前に転職したある会社では、10人くらいの社員みんなで一つのお店に行っ

          彼女のチョコレート #シロクマ文芸部

           チョコレートを初めてもらったのは、女子高生のとき、クラスの女の子からだった。  特別な意味はきっとなかった、と八割信じている。なんせ女子高のバレンタインといえば、それはいうなれば「祭り」である。  お菓子作りが得意な子が、巨大なタッパーに大量のクッキーやチョコレートを詰めてくる。手先の器用な子が可愛くラッピングされたチョコレートを数粒、順繰りに配り歩く。洋菓子だけでは飽きるだろうと、煎餅や羊羹まで繰り出され、ついに塩昆布まで紛れる。  毎年行われてきた祭りを今更止めようと

          彼女のチョコレート #シロクマ文芸部