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風紀のあの子 #シロクマ文芸部

 春と風紀の乱れとは、なにか関係があるのだろうか。
 正門前に立つアヤネは、遠くから走り来る生徒と腕時計を見比べながら、そんなことをぼんやり思った。



 春眠は暁を覚えず、猫も恋するこの季節。三年生が卒業して、もう少し頑張れば春休み。花が芽吹き一斉に自然が「生」に動くこの季節、自分たちの仕事が増える気がしている。

「いや、関係なくないですか? 最も乱れるのは夏休み明けですよ」

 一年のサワムラが報告書の角を揃えながら、アヤネの疑問をばっさりと切り捨てた。

「いや、でもさ、サワムラだってこうして三年生がいなくなって、でも後輩もいなくて、なんとなーくのんびり空気なのわかるでしょ?」

 後輩から書類を受け取って、アヤネはパラパラめくる。
「あーあ、今月もひどいな」
 呆れに笑みを含んでいるのを、サワムラは聞き逃さない。

「ハルカさんですか?」
「今月だけで遅刻3回、遅刻ギリギリ5回、服装の注意も5回、その他の注意事項10回。ハルカ、昔はこんなんじゃなかったんだけどな」
「幼馴染でしたっけ。文化祭の後ぐらいからブラックリスト入りですね」

 その他の注意事項、とは報告書には具体的内容が記されていないが、例えば放課後遅くまで残ってお菓子を食べていたとか、漫画を持ち込んでいたとか、ロッカーの整理整頓ができてないとか、そんなことだ。

「そうだ、この前没収したこのお菓子、明日の朝サワムラから返しといてよ」

 規律違反により没収したものは、2週間経ったら返却することになっている。委員室には、ハルカの私物がいくつもある。
 手渡されたチョコレートの箱を受け取りながら、

「あれ明日は先輩非番でしたっけ」
「うん、午後の見回りはやるよ」
「じゃあ自分はハルカさんには会えませんよ」
「どうして」

 サワムラは知っている。アヤネが朝、正門当番の日だけハルカが遅刻すること。没収される本やお菓子は、アヤネの好みに合致していること。放課後の見回りで、自分をアヤネと思って振り返ったその目に込められた期待を。

「いえ、なんとなく。やっぱり会うかもしれないので、自分が預かっておきます」
「サワムラは先輩相手でもちゃんと注意してくれるから頼もしいよ」

 ぽん、と肩を叩いてアヤネは離れていく。
 叩かれた場所から、背筋が伸びる。

「先輩が、そうだから」

 誰もいなくなった委員室で、サワムラはひとりごちた。

 春と風紀の乱れとは、なにか関係があるのだろうか。
 アヤネの問いを思い出して、サワムラは少し笑った。ある者が見たら、それは不敵に見えただろう。
 心に春を持つ者の、風紀の乱れ、大いに結構。
 自分は先輩と、仕事でしか同じ時を過ごせないのだ。規律を正せば、その時間が増えるだけ。

 サワムラは没収された菓子箱を、アヤネが肩に触れたのと同じ強さで、ポンと叩いた。




〈了〉


シロクマ文芸部さんの企画に参加させていただきました。

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