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恋多きひと、家族の遺伝子について

 先日、家族ぐるみで付き合いのある知人と、久しぶりに会った。

 彼女の名前は、仮にマリアとする。

 マリアは私が小学生の頃に、留学生として日本にやってきた。
 母の慈善活動の一環から、当時の我が家には主に東南アジア系の留学生が何人か出入りしていて、学校から帰ると見知らぬ外国籍のお兄さんお姉さんが漫画を読んだりタコ焼きパーティーをしたりしていた。
 大きな遠慮もなく、友達や恋人を引き連れて来るので、正直誰が誰のなんなのか、よくわかっていなかった。 

 マリアはエネルギッシュで、頭が良い。敬虔なクリスチャンでラクトベジタリアン。そしてなんと言っても、恋多き女だった。

 何人も、違う彼氏を紹介してくれたが、彼女が最初に結婚したのは日本人だった。
 彼は素晴らしく頭がよいけれど、コミュニケーションは苦手な人だったような気がする。私はあまり彼の事を覚えていない。
 産まれてきた娘は、肌がまっしろできめ細かく、おとなしい子だった。私が折り紙を折ると、すぐに覚えて同じものを折った。

 マリアはほどなくして、その日本人男性と離婚した。母は賛成していた。エネルギーあふれる彼女にはそぐわないと、初めから思っていたのだ。

 それから2年も経たないうちに、マリアは別の男性と結婚する。今度はアメリカ国籍の男性だ。仮にウィリアムとしよう。

 私たち家族は、彼のことをすぐに気に入った。「ジェントルマン」という言葉を、そのまま体現したようなひとだった。
 マリアはよく彼について不満を言っていた。「お金を持っているのにケチ!」でもそれは、我々家族にはよい面として映った。
 ウィリアム自身が声を荒げたことは見たことがない。収入も安定しているし、ホームパーティーの後片付けを率先してやってくれる。

 でもやっぱり、別れてしまった。息子が一人産まれた。

 私が高校生の時、マリアの家に2週間程滞在したことがあった。マリアの長女は相変わらず大人しく、静かに絵を描いている。5歳になる長男はその年頃の子がそうであるように、奇声をあげて私の足元にまとわりついたり、車のおもちゃを暴走させたり、通りがかり様に下半身を露出させたりした。
 英語で何かを一生懸命話してくれたけれど、残念ながら英語の苦手な私にはよくわからず、やれやれと両肩をすくめられた。

 それからもマリアは色んな男と付き合い、それがどんな人物であるか、私たちに教えてくれた。

 長男が産まれて十年ほど経った時、彼女は十歳年下のラオス人の男性と恋に落ちていた。久しぶりに結婚するかもしれないと、私と母は盛り上がった。彼の特徴は、性格と顔が良い。それだけだ。
 けれど結局マリアの母親が宗教の違いから彼との結婚を許さなかった。
 マリアは彼と別れ、女の子を産んだ。

 さて、話は冒頭に戻るが、そんなマリアと三人の子供たちと、久しぶりに会食をすることになった。
 長女は大学でデザインを学んでいるそうで、服装もおしゃれなお姉さんに成長していた。大人しいのはそのままで、マリア曰く周りに気を遣いすぎていて何を考えているか理解できない、だそうだ。
 それはきちんと順番に並ぶとか、新幹線で後ろの席の人を気にするとか、そういった事だ。それを聞いて母は、「彼女にはたしかに日本人の血が流れているわね」と苦笑いした。


 長男はプログラミングや化学が好きで、朝ご飯を食べながら何か落書きをしていると思ったら化学式だった。
 食べたもの、見たものをとにかく化学構造式にして、書いてしまうそうだ。高校生だが、重い荷物は持ってくれるし雨が降れば傘をさしてくれる。
 そして食べ終わった食器を自分で洗う姿に、母は「ウィリアムが立ってるのかと思った」とその紳士っぷりを褒めた。
 マリアは鼻にしわを寄せて、嫌な顔をしていた。

 最後に、今回家族としては初めて対面する次女だが、まあ、可愛い。とにかくかわいい。当たり前だ。5歳児だもの。ただ、その人懐こさや警戒心のなさ、喜びや不安をそのまま表情に出すようすには、生来の愛嬌がそなわっているように思う。
 事実、給仕にきたスタッフさんをメロメロにして、絞り出すような「かわいい」をもらった。

 マリアの家族を見ていると、遺伝子というものの強さを実感する。
 三人とも同じ母親のもと、同じ生活環境で育ってきた彼らは、もちろん長女や長男といった立場で性格に影響するところも大いにあろうが、どうしてもそれぞれの父親の国籍や国柄の影を思わずにはいられない。

 私は三人兄弟だが、それぞれ性格が大きく異なる。母はよく「なぜ同じように育ててこうも違うのか」と首を傾げるが、両親それぞれの家系の遺伝の割合が、みんな違うのかもしれない。

 それにしても、同じ国籍だってこんなに違って、でもみんなでご飯を食べて、お互いの夢とか文化とかで笑えるのだから、どうにか戦争とか紛争とか全部なくなってくれないか。
 違うことも合わないことも諦めて、ご飯を一緒に食べなくてもそれぞれが幸せならそれで良いよね、とかゆるい感じで、なんとかならないかなー、世界。



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