【短編小説】「ベッドシェア」(1/3)
いつからか、眠るときに限って、まるで自分のことを拘束するかのように、腕をクロスさせて、脇の下に両手を挟み込んでしまう。その様子を見たある日の彼に、エジプトのツタンカーメンみたいだね、と思ったまま言われたことがある。なら、もしかしたらベッドって、わたしにとっての〝棺〟みたいなものなのかもね、と冗談を返すと、彼は苦笑いを浮かべ、無言になった。
無意識に行われる癖とは違って、はっきりと自覚のあることなのだから、いつでも、やめようと思えばやめられるはずなのだけれど、起きているときには、例えノースリーブであっても、あまり人の目を気にすることなく、いわば出しっぱなしにしている腕を、就寝時には何故か、脇の下に収納してしまいたいという欲が、自分の心の与り知らないところで働いているような気がする。
本来は、起きているときにこそ、他人から見られたくないものは隠し、眠るときには、他人の目がない分、裸同然にあけっぴろげにしてもいいだろうというのが、自然のような気がするのだけれど、わたしの場合は、どうもそこが捻じれているようだった。と言って、わたしは決して、開放的な性格と言うわけではなかった。どころか、子どもの頃から引っ込み思案で、未だに友達も少なく、両親や年の離れた姉を除けば、本当の意味で他人と何かを分かり合えたと思えた経験は、おそらく一度もなかった。当然、恋人の存在とも無縁だった。
その日の背中越しの隣の彼は、おそらく珍しい部類に入るのだろうと思うのだけれど、ベッドの上にうつぶせになり、枕に耳を下にして頭を乗せ、腰の後ろで手を縛られているような格好で、洞窟の奥から聞こえてくる獣の声のような鼾をかいて寝ていた。彼は前世の最期に、そのような格好で鞭うたれ、革命の夢半ばで絶命したのかもしれない。
翌朝、寝ぼけ眼の起き抜けに、その話を彼に持ち掛けたら、自分の腕は子どもの頃から、眠ったときに限って自由が利かなくなり、自分を傷つけたり、他人を傷つけたりしたことがあるから、眠るときは必ずそうしているのだと教えてくれた。
わたしは彼の話を聞き、心の底から気の毒に思いながらも、一方で陸の上でのたうつ蛸の足を思い浮かべた。あの八本の足、いや腕なのかが、てんでばらばらに暴れまわるイメージ。それは確かに危険だ。場合によっては、蛇のように絞め殺されてしまう可能性もある。彼とは一夜限りの付き合いだったため、幸いにもわたしは、彼の蛸の足、いや腕のお世話にはならずに済んだようだった。
ところが、それぞれ朝の支度を始め、朝食、そしてトイレを済ませ、わたしが先に彼を部屋に残して出た後、いつもの通勤電車に飛び乗っても、彼の腕のイメージは一日中、それそこ、吸盤のようにわたしの頭に吸い付いて離れなかった。もしかしたらたった今、箱詰めの狭い空間の中でからだを寄せ合い、あるいはぶつけ合っている人たちの中に、彼のような腕の持ち主がいるのかもしれないと思うと、背中にうっすらと冷や汗をかいた。
つづく
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