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【第1話】36歳でアメリカへ移住した女の話 Part.2

 このストーリーは、
 「音楽が暮らしに溶け込んだ町で暮らした~い!!」  
 と言って、36歳でシカゴへ移り住んだ女の話だ。
 シリーズPart.1はこちら⇩

 第1部最終回の話はこちら⇩

  2008年12月3日、チコ・バンクス(hico Banks)が亡くなったというニュースが飛び込んできた。

 ミュージシャンはもちろん、シカゴのブルースファンで、チコ・バンクスを知らない人はいないだろう。
 素晴らしいギターリストであることはもちろん、彼には人を魅了するパワーがある。
 いつも朗らかで、エネルギーに満ち溢れ、彼と話したら、誰でも楽しい気分になる。
 チコは、酒と女が大好きで、ミュージシャンの王道を地で生きているような人だった。

 チコのパパは、ゴスペルグループのマイティ・クラウド・オヴ・ジョイ(Mighty Cloud of Joy)のギターリスト、ジェシー・バンクスだ。
 チコは、バディ・ガイ(Buddy Guy)、オーティス・クレイ(Otis Clay)、ジェイムス・コットン(James Cotton)、リトル・ミルトン(Little Milton)、マジック・スリム(Magic Slim)、ジミー・ジョンソン(Jimmy Johnson)ジミー・ジョンソン、メイヴィス・ステイプル(Mavis Staple)など、多くのアーティストと共演している。 
 チコはソロも素晴らしいけれど、彼のリズムギターは最高だ。

⇩Chicoをトリヴュートして作られた、ソロを集めたビデオです。

 チコの演奏をはじめて聞いたときの感動は忘れられない。
 チコが最初のワンフレーズを弾いた瞬間、ガッツポーズをした!
 お気に入りのギターリスト、見~つけた😊

 チコとはじめて話をしたのはB.L.U.E.S.だ。
 チコに話かけるなんて、考えてもいなかったけれど、近くに座ったおじさんが、
 「チコ知ってるか?俺、紹介したるわ!」
 と言って、休憩中にチコのところへ連れて行ってくれた。

🎵🎵🎵
 B.L.U.E.S.は小さく、細長い店で、ステージと客席との距離がとても近い。
 ステージとミュージシャン用のブースはトイレの手前にあるので、トイレに行く時には、ミュージシャンとの距離もぐーんと縮まる。

B.L.U.E.S.の中はとっても狭い

 ブースは狭いので、ほとんどのミュージシャンは、休憩に入ると外へ出て行く。
 外へ行くときに、自分の近くを通ると、ちょっとドキドキする😊
🎵🎵🎵

 ブースでギターを片付けているチコに、おじさんが声をかけた。 

 「Hey,Chico!彼女、日本から来てんで。ゆみこって言うねん!」

 チコの表情を見る限り、おじさんと知り合いのようには思えない。
 おじさんは、チコを知っているので、チコも自分のことを知っていると思っているのかもしれない。
 チコを知らないおじさんに、チコを紹介してもらい、はじめましての挨拶を交わした。
 一言二言話した時点で、彼は私の英語力を理解したのだろう。

 「アリヨ(有吉須美人さん)知ってるか?すごいよなー」
 キーボードを弾く真似をした。
 「シュン(菊田竣介さん)知ってるか?かっこええよなー」
 ギターを弾く真似をした。
 他にも、過去にシカゴで活躍していた牧野元昭さんや、江口弘史さんの名前を挙げては、それぞれの楽器を弾く真似をした。
 チコが多くの女性に愛される理由だ。
 
 その日以降、会えば話をするようになった。
 複雑な会話は成立しないので、どちらからともなく、チコの服装にテーマを付ける遊びが始まった。

 「チコ!今日のテーマは?」
 「億万長者!」
 
 「ゆみこ!今日のテーマは何やと思う?」
 「ギャングの親方!」
 「お、それええな!」

 彼は、私が何を言っても大笑いをしてくれるので、英語が話せないことを忘れてしまう。
 会話の締めくくりは、

 「今日帰るとき、お前の車の後ろ付いて行くわ!
 なんもせえへんから、部屋入れて」
 「あははーっ!なんもせえへんわけないやーん」
 「がっはっはー」

 女に不自由していないチコは、断られても楽しそうだ。

⇩最後のフォトセッション。
 サテンのテカテカしたシャツや、ベルベットや別珍のような手触りのシャツが好きだった気がする。

 そんなチコとダンナは同世代だ。 
 彼らの他にも、ドラマーのジェイムス・ノウルズ(故James Knowles)、ギターリストのリコ・マクファーランド(Rico McFarland)、ベーシストのサム・グリーン(故Sam Green)など、この世代には、素晴らしいアーティストがそろっていた。
 1960年代、70年代、80年代、ソウル全盛期に育った彼らが、ちょうど中堅となり、これからのシカゴブルースを背負っていくぞ!というタイミングだった。
 あの頃の、シカゴのブルースシーンにワクワクしたのは、私だけではなかったと思う。

⇩音は悪いのですが、B.L.U.E.S.のジャムセッションで、ChicoとRicoが同じステージに立った珍しい映像です。

 チコとダンナは、ジミー・ジョンソンのバンドでも、一緒にプレイしていたので、同じステージに立つことも少なくなかった。
 フランスへのツアーも一緒だった。

 ブルース界では若く、背も高く、お洒落な二人に近付いてくる女性は多かった。
 私はダンナにしか飛びかからなかったけれど、女性の中には、二人ともに飛びかかった人もいたようだ。 
 
 「お前、チコと寝た?」
 「寝てないで」
 「チコとは一緒に仕事するからな」

 初デート前にダンナと交わした会話だ。
 これまでに何度かもめたことがあるのだろう。

 何かとかぶることの多い二人だったけれど、かぶらない部分ももちろんある。
 圧倒的な存在感を示すチコに対し、ダンナはどこか遠慮しているような雰囲気があった。
 ある日、ソロを終えたダンナに、チコが言った。

 「シルキー・スリム(ステージネーム初公開😁)!そろそろ前に出てもええんちゃうの?!」

 ソロの時でも前に出ない彼に、フラストレーションを感じていたのだろう。

 「チコは、俺にも”シカゴ代表ベーシストや!”ていう態度を取って欲しかってん。
 でも、俺にはできへんねんなぁ」

 チコは、彼の性格を理解しながらも、自信に充ち溢れたパフォーマンスをする日が来るのを待っていたのかもしれない。

 チコと彼のことで、印象深かった出来事は他にもある。
 キングストンマインズでジャム・セッションをした時のことだ。
 ダンナが歌とベース、チコがギター、ドラムには、初チャレンジと思われる、白人の男の子がシットインした。
 曲は、ボビー・コールドウェルの「What You Won't Do for Love」だ。
 ジャムセッションでもブルースを演奏することが多いので、男の子もそのつもりで、ステージに上がったのかもしれない。
 ダンナが、男の子に曲の説明をし、演奏が始まった。
 ・・・ドラムのタイミングがずれている。
 男の子は、どこで入ればいいのかわからないようだ。
 彼は、演奏を中断し、もう一度説明した。
 再び演奏が始まった。
 彼の顔が苦渋でゆがんでいく。
 ・・・うわっ・・・絶対続けられない・・・ハラハラしながら見守っていると、その様子を、私と同じように見ている人を発見した。
 隣でギターを弾いていたチコ・バンクスだ。
 予想通り、彼は演奏を続けることができなかった。
 客席もシーンとして、なんともいえない雰囲気だ。
 チコは、彼よりも先にドラムの男の子の傍らへ行き、説明をした。
 彼のことも軽くなだめ、再びスタート!
 
 ⇩これは、ジョアンナ・コナーのバンドで歌った時のビデオです。
 ニック君は、ダンナの大好きなギターリストだ。 

 ドラムの男の子も怖かったと思うけれど、どうにか最後まで頑張った。
 演奏が終わった時、彼が男の子に声をかけていた。
 厳しく言ったことを詫びたのだろう。
 チコがいなければ、曲を変えていたか、もしかしたら演奏をやめていたかもしれない。
 ダンナの頑な性格を理解して、彼をフォローしてくれたチコの気持ちが嬉しかった。
 私にとっては、心がほっこりする出来事だった。

 二人は、”友達”という関係ではなかったけれど、ただの同僚という存在でもなかったと思う。
 そのことを確信したのは、私たちがシアトルへ引越す時だ。
 シカゴを去る日、彼はB.L.U.E.S.へ行き、チコだけにそのことを伝えた。

 「嫉妬したり、意地悪したり、他人の足を引っ張るミュージシャンは少なくないけど、チコはちゃうかったなぁ。
 俺のことをリスペクトしてくれてたと思う」
 
 そのチコが亡くなった。
 原因は、1年前に受けた心臓手術のインフェクションだった。
 体調が悪く、用心のために一時的に入院していたチコは、トイレで倒れて意識不明になった。
 倒れる直前まで、見舞いに来ていた家族と、

 「今からB.L.U.E.S.に行こかー!」

 と元気に話していたそうだ。
 翌日、家族の決断でライフサポートが取り外された。
 チコの訃報を聞いた彼は、

 「チコが亡くなった!知ってるか?もし知らんかったらと思って電話してんけど・・・。あのチコ・バンクスが亡くなってん!」

 シカゴのミュージシャン、リコやリッキーに電話をした。
 チコのライフサポートを外す前に、多くのミュージシャンが病院へお別れに行っていたと思う。
 彼らがチコの死を知らないはずはない。
 彼は余程動揺していたのだろう。

 ダンナは、今でもよくチコの話をする。
 そして、ギターリストと話すときは、必ずチコ自慢をする。

 「シカゴにはチコ・バンクスっていうすごいギターリストがおってん!
 YouTubeで探したらすぐに出てくるから、見たほうがええで!」
 
 チコ・バンクスは、多くのミュージシャン、ファンに愛され、惜しまれて、46歳という若さでこの世を去った・・・。

 ・・・としんみり終わらないのが、チコだ。
 彼は、大好きなB.L.U.E.S.へ行けないまま亡くなったので、納得できなかったのだろう。
 しばらくB.L.U.E.S.に居残った。
 チコの曲を、他のミュージシャンが演奏すると、ノイズが入ったり、音源が落ちた。
 何も起こらない時もあるので、演奏してもいい人と、ダメな人がいたようだ。
 また、B.L.U.E.S.で、チコのガールフレンドを、誰かがくどこうとしたら、飾ってあるチコの写真が床に落ちた。
 チコは見てるのだ~👻 

 チコの周りには、いっぱい女性がいたけれど、その彼女だけは特別で、随分長い間付き合っていた。
 彼女は、二人のことを理解してくれる誰かと話がしたかったのだろう。
 チコが亡くなった後、彼女から時々、電話がかかってきた。
 不謹慎だけれど、ダンナが彼女と話している間、

 「何か物が落ちないかな?」

 とちょっとドキドキした。
 チコなら幽霊でもウェルカムだ。
 残念ながら?何も落ちなかったので、チコは、彼女がダンナと話すことを認めていたのだろう。

 彼のビッグスマイルが懐かしい。
 チコの大好きなB.L.U.E.S.もなくなった。
 彼女も結婚した。
 思い残すことなく天国へ行ったはずだ。

 ブランデーをガブガブ飲みながら、綺麗なお姉ちゃんをはべらせて、大好きなアルバート・キングやジミー・ヘンドリックス、仲良しのジェイムス・ノウルズやサム・グリーンと、ジャム・セッションを楽しんでいるチコの姿が目に浮かぶ。

天国のチコ・バンクス


 

 

最後まで読んでくださってありがとうございます!頂いたサポートは、社会に還元する形で使わせていただきたいと思いまーす!