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【第24話】36歳でアメリカへ移住した女の話 Part.2

*このストーリーは過去のお話(2010年~)です。
 これまでのストーリーはこちら⇩

 ダンナの指定席は、コンピューターが置いてある窓際の席だ。
 (詳しくは前話をご覧くださーい⇩)

 ダンナは、単に駐車場を行き来する住民を眺めているだけではない。
 彼は、我々の大切な車の監視をしている。
 シアトル人は運転も下手だけれど、駐車スキルもなかなかのものだ。
 あの四角い白い線の中に、どうして真っ直ぐ停められないのか?
 もしかしたら、下手じゃなくて、四角の中に停めなくてもいいと思っているのかもしれない。
 シカゴでは、犯罪に巻き込まれないよう、建物の入り口に一番近い駐車スペースを探していた。
 シアトルでは、車をぶつけられないよう、まっすぐ駐車している車の隣のスペースを探す。

 アパートの駐車場では、二人の車を隣同士に停めることで、ぶつけられるリスクを半分に減らしている。
 けれども、これだけで大切な車は守れない。
 ダンナはあらゆるシチュエーションを考える。
 シアトルでは、ときどき強風が吹き荒れるので、大きな木の下は極力避けなければならない。
 ネズミが住みついている可能性のある、長期間動かしていない車の横には駐車しない。
 また、このアパートにはゲートがないので、外部の人間が入り放題だ。
 車上荒らしのターゲットにならないよう、窓からよく見える、外灯の真下の駐車スペースがベストだ。

 二台隣同士で、さらにこれだけの条件を満たすパーキングスペースは・・・

 1カ所だ!!!

 多少のフレキシビリティはあるとはいえ、できる限り、お気に入りのスポットに駐車したい。
 とはいえ、彼の好きなパーキングを好む住民もいる。
 指定パーキングじゃないので早い者勝ち、他の住民に先を越されることもある。

ふぁーーーっく!!俺の場所に停めやがってーーー!!

 俺の場所じゃないのだから仕方がない。

 アパートは15棟あり、約550世帯が暮らしている。
 午後6時を過ぎると、住民は次々と帰宅し、あっと言う間にパーキングは埋まる。
 運が悪い時は、広い敷地内の、かなり離れた場所、窓から見えない場所に駐車しなければならない。
 この問題の解決策は・・・

 出かけない!!!

「ジャムセッションがあるから、行って来くる!」
 元気に言っていたはずなのに、一向に動く気配がない。
 彼の思考は・・・

 車を動かせば駐車スペースを奪われる。
 ⇩
 セッションに行っても仕事が取れるとは限らない。
 ⇩
 ガス代もかかる。
 ⇩
 自分の目の届かないところに車を停めたら傷つけられるかもしれない。
 ⇩
 傷付けられたら修理代がかかる。
 ⇩
 家にいたら車を動かす必要はない。
 ⇩
 車も監視できる。
 ⇩
 大切な車を守れる!
 ⇩
 ⇩
 ⇩
 行きたくなーーーい!!!

 まぁ、こんなところだろう。
 この車は、彼の宝物だ。
 ミュージシャンの仕事で稼げるようになり、初めて買った、故障のない、しかもエアコンが機能する車だった。
 通常、その金額に幅はあるけれど、多くの人は、車は買い替えられる、少なくとも、修理はできると思って生きている。
 けれどもダンナが育ったシカゴのサウスサイド、黒人の思考は我々とは異るはずだ。

 2年前のデータだけれど、シカゴの最も治安の悪いエリアの黒人失業率は93%だ。
 17歳から34歳の黒人男性に限ると約80%が無職だ。
 彼らのほとんどは、犯罪歴があるために仕事を得られない。
 犯罪歴がある方が悪い?
 シカゴポリスは、犯罪歴をつけるために、せっせと黒人を逮捕する。
「車内を探せばマリファナくらいは出てくる」
 彼らは黒人の運転する車に停車を求める。
 何も出てこなければ、こっそり運転席にドラッグを置くこともある。
 犯罪歴があれば、仕事が見つからず、再び犯罪を冒す。
 この魔のループは延々と続き、何世代にもわたり、黒人からパワーを奪い続けている。

 ダンナはこのシステムの餌食にならず、犯罪者にならずに生き抜いた。
 ミュージシャンの時もあれば、ミュージシャンじゃない時もあったけれど、常に働いていた。
 とはいえ、彼が、簡単に仕事を得られる人生をイメージすることは、難しい。
 知り合いのいない、音楽シーンの異なるシアトルでは、なおさらだろう。  
 車を守るために、セッションに行きたくない気持ちもよーくわかる! 
 とはいえ、シアトルの物価はどんどん上がり、家賃も上がり、私の給料は上がらない。
 死活問題だ。
「行っても何もないかもしれんけど、家でテレビ観てたら100%何も起こらんよー」
「わかってる!」
 三度に一度くらいは出かける。
 けれども、

何してきたん???

 びっくりするほど早く帰って来る。
 帰宅したダンナは、指定席に座り、YouTubeを見たり、ギターを触ったり、真夜中のひとり時間を楽しんでから眠りにつく。

「せめて昼間に活動できる時間に起きれば?」
 思わないでもないが、朝まで続く彼の監視は無駄ではない。
 真夜中に、ダンナの車のアラームが鳴り響いたことは一度や二度ではない。
 完璧な駐車スペースをキープしているにも関わらず、なぜ彼の車がターゲットになるのか???
 理由は簡単、ロックが壊れているからだ。
 かれこれ2年以上壊れたまま、扉は空け放題だ。
「修理に出したら?なんか取られてからやったら悔やまれるやん」
「俺のアラームは最強やから大丈夫。自分の稼いだ金で修理する!」
 ふむ、良い心がけだ。
 実際、このアラームは彼の言うとおり最強だ。
 最初の2秒は他の車と大差ない。
 ところがその後、救急車、パトカー、消防署、あらゆるサイレンが大音量で鳴り響く。
 犯人はまず、アラームの威力に躊躇する。
 続いて、

俺の車に何しとるねんーーー!!

 というダンナの怒号に驚愕する。
 こんな時間に起きている住民がいるとは思っていないはずだ。
 暗くて顔は見えなくとも、持ち主が黒人だということも、すぐわかる。
 犯人は、ただちに退散する。

 なんかおかしいぞーーー!!!
 車を修理したらええんちゃうん???
 セッションに行ったらええんちゃうん???
 もちろん思う。
 けれども、こんな風に私が考えるのは、私が仕事を見つけられる環境で、車を修理に出せる環境で、外に出ても逮捕されない環境で育ったからだ。
 大人だし、男だし、彼の車だし、ダンナにはダンナの、正しいと思う生き方がある。
 
 違う環境で育った他人が、夫婦でい続ける。
 発見もいっぱいあっておもしろいけれど、なかなか大変だ😁

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