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【短編小説】協創の回路(サーキット)【イソップ童話:ロバとラバ】


イソップ童話「ロバとラバ」ロバとラバが背中に荷物を乗せて歩いていた。ロバは荷物の一部をラバに持ってもらえるよう頼んだ。ところが、ラバがそれを断ったため、ロバは崖から転落して死んでしまった。ロバが死んでしまったことで、ロバの荷物をラバは背負うことになり、更にはロバの皮も担ぐことになってしまった。ラバは「ロバが助けを求めて来た時、助けてやればよかった」と嘆いた。

協創の回路(サーキット) ~失敗は成功のマザーボード~


東京の喧騒けんそうが徐々に沈静化ちんせいかする夕刻、渋谷のシェアオフィスに残された光の粒子が、二つの影を壁に映し出していた。
榊葉さかきばロウの指先が、キーボードを軽快に叩く音が静寂を破る。
彼の瞳に映る画面には、クラウドファンディングサイトの数字がおどっていた。
その数字は、希望の光のように明滅し、ロウの心を高鳴らせる。

「やったぜ、ラン!目標額の200%だ!」彼の声は、シリコンバレーの起業家きぎょうかたちの熱気を帯びていた。
その声に呼応こおうするように、隣のデスクから相馬そうまランが顔を上げる。

「本当?すごいわね、ロウ先輩」ランの声には、称賛しょうさん警戒けいかいが微妙に混ざっていた。
それは、先輩後輩にして良きライバルという、繊細せんさい均衡きんこうを保つための防衛本能ぼうえいほんのうだったのかもしれない。ロウは得意とくいげに胸を張る。

その姿は、まるで現代のイカロスのようだ。

しかし、彼は知らない。自身の翼が、テクノロジーという蝋で作られていることを。

「これが俺の『ロバリキバッテリー』の実力よ。環境にやさしくて、しかも超軽量・大容量なんだぜ」

その言葉には、ベンチャー企業の夢と、SDGsへの貢献という甘美な響きがあった。
しかし、その響きは、やがて来る嵐の前触れでもあった。

ランも負けじと自慢げに語り出す。

「ふーん、でも私の『ラバリキエコ充電器』だって負けないわよ。摩擦エネルギーを電気に変換する新技術、これこそ未来のエコデバイスね」

二人は互いににやりと笑い合う。その笑顔の奥底には、友情と競争心が複雑に絡み合っていた。それは、まるで現代のカインとアベルのように、愛と嫉妬の境界線を彷徨っているかのようだ。

しかし、運命の女神は、時として残酷な遊戯を仕掛けるもの。ある日、ロウのオフィスに悲鳴が響き渡った。それは、夢が炎に包まれる音だった。


「うわぁぁぁ!なんでだよぉぉぉ!」

慌てて駆けつけたランの目に映ったのは、絶望に打ちひしがれたロウの姿だった。

「どうしたの、ロウ先輩?」

その声には、心配と同時に、微かな予感が混じっていた。

「や、やばい...『ロバリキバッテリー』が発火しちまった...しかも、試作品全部にこの欠陥があるらしい...」

ロウの顔は、まるで灰のように青ざめていた。

SNSでは既に炎上の兆しが見え始めていた。それは、現代の魔女狩りのように、瞬く間に広がっていく。

「ラン、助けてくれよ!お前の摩擦エネルギー変換の技術を貸してくれねぇか?なんとか『ラバリキエコチャージャー』にでも改良できねぇかな...」

ロウの声には、これまで聞いたことのない必死さがあった。

ランは一瞬、目を閉じた。頭の中で、様々な思いが交錯する。

(助けた方が...でも...)

ランの脳裏に、これまでの苦労が走馬灯のように駆け巡る。

夜遅くまでかかった研究、幾度となく直面した失敗、それでも諦めずに積み上げてきた成果。

そして、ようやく手の届きそうな場所まで来た自分のプロジェクト。

彼女は深呼吸し、ゆっくりと目を開けた。ロウの焦りに満ちた表情が、彼女の心を揺さぶる。

「ロウ先輩...」

ランの声は、普段よりも低く、重かった。

「ごめんなさい」

その言葉に、ロウの表情が凍りついた。

「私のプロジェクトも佳境なの。核心的な技術の特許申請も済ませたところで...」

言葉を選びながら、ランは慎重に続けた。

「それに...」

ここで一瞬、言葉を詰まらせる。心の中で激しい葛藤が起こっていた。

「先輩の炎上に巻き込まれたくないわ」

言葉が口をついて出た瞬間、ランは後悔した。あまりにも正直すぎる、冷たすぎる言葉だった。

しかし、もう取り返しはつかない。

ロウの目に、一瞬、痛みが走った。
それは、裏切られたという思いか、それとも自分の無力さを悟った瞬間か。

「そ、そっか...」

ロウの声は、かすれていた。

落胆を通り越して、諦めに似た感情がそこにはあった。

沈黙が二人の間に広がる。

その沈黙は、これまで二人が築いてきた関係に、深い亀裂を入れていくようだった。

結局、ランは何も言えずにその場を去った。
背中には、ロウの重い視線を感じる。それは、まるで無言の非難のようだった。
オフィスを出て、エレベーターに乗り込むまで、ランは振り返らなかった。扉が閉まる瞬間、彼女は小さくつぶやいた。

「ごめんなさい、先輩。でも、私も失敗するわけにはいかないの…」

その言葉が、彼女の心にどこまで響いたのか。
エレベーターは静かに下降を始め、ランの葛藤を乗せたまま、底知れぬ闇へと沈んでいくようだった。


結果は惨憺たるものだった。ロウのプロジェクトは文字通り燃え尽き、信頼は地に落ちた。
彼は莫大な負債を背負い、精神的にも追い詰められていった。

一方、ランも予想外の訴訟問題で資金繰りに苦しみ、プロジェクトは頓挫。そして驚くべきことに、彼らの市場を奪ったのは...

「なんだよ、『ラクダパワー』って...中国製じゃん!」

二人で憤る頃には、すでに手遅れだった。
グローバル経済の荒波は、彼らの小さな舟を飲み込んでいった。

「はぁ...ロウ先輩を助けておけば良かったかな...」

ランの溜息は、後悔の風に乗って消えていく。

皮肉なことに、ロウの失敗はネットで大バズリ。
「エコ詐欺」「クラウドファンディングの闇」などと騒がれ、彼の名前は悪名としてネットに刻まれることになった。
それは、現代のデジタル版さらし首のようだった。
その炎上の波は、ランにも及んだ。「共犯者」「冷血女」といった中傷が彼女のSNSを埋め尽くす。
二人の夢は、情報の奔流に呑み込まれ、ずたずたに引き裂かれていった。

最後の追い打ちとして、ロウは借金取りに追われる身となり、ある日、逃げるように街を出た。
その後、彼の消息は誰にもわからなくなった。


ランは先輩の転落を目の当たりにし、自身のプロジェクトも失敗に終わったことで、一時は起業の夢を諦めかけた。
しかし、彼女の心の中で、かつての情熱が再び燃え始める。

「いいえ、まだ終わりじゃない」

ランは深夜のオフィスで、再び設計図を広げていた。
今度は、ロウの技術とランの技術を融合させた新しいアイデアだ。
失敗から学んだ教訓を胸に、より安全で効率的なエコ技術の開発に取り組んでいる。

「ロウ先輩、私たちの夢はまだ生きているわ。必ず、あなたを見つけ出して、一緒に成功させてみせる」

彼女の目には、かつてない決意の光が宿っていた。
それは、挫折を乗り越え、再び立ち上がろうとする若者たちの、時代の光そのものだったのかもしれない。
ランの指先が、キーボードを叩く音が静寂を破る。
その音は、まるで希望のモールス信号のように、夜の闇に響いていった。



【あとがき】
イソップ童話の「ロバとラバ」というお話の現代アレンジです。
助け合うことは大事だという分かりやすいメッセージですが、荷物だけじゃなくロバ自身(皮)も背負うことになるのは皮肉な話ですね。あ、肉はどうしたのかな?
今回のお話は割とテンポの良くストレートなお話です。パワーではラクダには叶わないかもしれませんが、グローバル市場なのだから、小さなことで、足の引っ張り合いをしている場合ではありませんね。
どうでもいいですが、男女でやると決めてから名前をどうするか本当に悩みました。ちなみに名字の最後と名前の最初を逆から読むと「ロバ」と「ラバ」になるんです。

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