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【京都】どこの誰かは知らないけれど。お寺に現れ、猫に愛されるサムライ。

人は噂を好むもの。京都人とて例外ではない。私は最近、知人とある男性の噂で盛り上がった。その男性は時々、京都の小さなお寺に姿を見せる。長髪で物静かだが、時代にそぐわない不思議な雰囲気を醸し出している。私たちは「もしかすると現代の世に生きるサムライなのでは?」と推測しているが、真相はわからない。

サムライ氏の名前はわからないが、S氏としておく(サムライのS)。
氏は50代にも、60代にも見える。私はお寺の境内で氏を見かけた時、「喋れない人なのだろうか」と思った。それぐらい言葉を発しないし、大抵ひとりでいる。どこに住んでいるのか、何の仕事をされているのか、よくわからないし、スマホを使っているところは見たことがない。
一昔前の金城武のような、穏やかな微笑みをいつも浮かべている。

氏は白い花を好む。小さな花をたいそう慈しむ。氏の家には床の間があり、季節の花が野にあるように、ひっそりと生けられているのかもしれないと、想像する。

S氏は花を愛する男である。

氏に関しては、謎めいた話が実に多い。

お寺の境内にやってくる猫たちに、氏は異常に好かれている。決しておやつで手懐けているわけではないのに、猫たちは氏を慕い、あとをつけまわし、何なら家までついて行きそうな勢いである。
猫好きの人なら、わかるだろう。彼らは用心深い生き物なので、愛くるしい姿から人に追いかけられることはあっても、人を追いかけるような真似は絶対しない。
ひょっとして、氏は人間ではなく、マタタビの化身なのだろうか?
氏は、氏を慕う猫たちと同じように、足音や気配を消すこともできる。私の知人は、氏の自宅を知りたくて後をつけようとしたが、たくみにまかれた。「のんびりしているようで、全く隙がないのよね」とぼやいていた。

S氏は猫に愛される男である。

ある日、私は街中で筆文字の看板を見つけ、「あっ!」と声をあげそうになった。
京都には、観光客向けに、真剣で巻き藁を切る体験教室がある。
その看板には、巻き藁を真剣でスパッと切る男性の写真があった。
これ…ひょっとしてS氏?
私は看板に近づいて子細に確認した。
よく見ると、その男性は氏とは違っていた。
でも、何の仕事をしているのかわからない氏が、ぴったりはまる職場としてこれ以上の所はない。
しばらく、心臓のドキドキが治まらなかった。

そういえば最近、氏の姿をしばらく拝見していない。
氏は独り身で、年老いた母上と静かに暮らしていると、風の便りに聞いた。
その噂は事実のような気がしている。






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