田中京子

新聞記者26年+まちづくりの仕事5年。文筆家目指して修行中。インスタで京都の渋い看板を紹介し始めました。

田中京子

新聞記者26年+まちづくりの仕事5年。文筆家目指して修行中。インスタで京都の渋い看板を紹介し始めました。

    最近の記事

    【京都】大文字山に登って女子トーク。50代になっても、心は乙女なのさ。

    送り火で有名な京都の大文字山は、気軽なハイキングコースとして知られている。幼稚園の遠足で訪れた話もよく聞く。日頃運動をしない私だが、園児が登れる山なら大丈夫ではないか。送り火を見るだけでは物足りない。「大」の炎がともされる場所を、ぜひ近くで見たい。銀閣寺道から千人塚を通り、火床を目指すコースを友達と登ってみた。  大文字山は標高465.3メートル。銀閣寺道のほか、鹿ケ谷、蹴上、山科、三井寺などから登ることができる。私たちが行くコースだと、1時間もあれば送り火の舞台となる火床

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      • 【京都】暑い…。嵐山の大悲閣千光寺で木々と川の水、絶景に癒される。

        暑い。私は暑さに弱い。毎日、エアコンを効かせた部屋にしがみついているうちに、気分まで滅入ってきた。五感が鈍くなったような気がする。どこか涼しい所に行って気分転換しようと、4年前に知人と訪れた嵐山の大悲閣千光寺を再訪した。観光地に近いのに静かで、川の水と木々のおかげで涼しかったのを思い出した。 嵐山は、いわずとしれた観光地。渡月橋、竹林の小径、天龍寺、野宮神社など見所がいっぱいある。大悲閣千光寺は、安土桃山から江戸時代初期の豪商、角倉了以が、大堰川を開削する工事で亡くなった人

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        • 【京都】【祇園祭】昭和30年まで山鉾が巡行した寺町通と松原通を歩いてみた

          京都は祇園祭の季節。今年は3年ぶりに山鉾巡行があるので、まちはカメラやスマホで撮影を楽しむ人たちで大賑わいだ。ところで、この山鉾巡行、お年寄りから「昔は松原通を巡行してたんや」と聞くことが多い。昭和31年、観光推進などを目的にコースを変更したが、それまでは松原通を巡行していたのだ。昔の祇園祭の雰囲気を味わいたくなり、昭和30年以前の巡行経路にあたる寺町通と松原通を歩いてみた。 現在の祇園祭の山鉾巡行(前祭)の巡行経路は、四条烏丸→四条通を東へ→四条河原町を左折→河原町通を北

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          • 川端康成の「千羽鶴」を再読。お茶を習うことで自分に現れた変化。

            8年前からお茶を習っている。いつもお点前を間違えて自己嫌悪に陥るし、長時間正座すると膝が割れそうだ。お稽古さぼりたいと思いながら本棚を整理していて、川端康成の「千羽鶴」を2冊も見つけた。お茶に関係する小説なので読んだものの、忘れてもう1冊買ったらしい。再読すると、自分の感覚が8年間で大きく変化したのを感じた。 「千羽鶴」は、昭和24年から26年にかけて発表された小説である。川端康成の戦後の代表作の一つで、志野茶碗(白釉を使った茶碗)が呼び起こす官能的な感覚、愛欲、死の世界が描

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            • 【京都】東林院で沙羅の花を見る。「刹那を生きていますか?」と問われて。

              昔から6月が苦手だ。雨が多く、じめじめと蒸し暑いうえ、祝日もない。そんな6月の数少ない楽しみは、京都・妙心寺の塔頭(たっちゅう)、東林院で沙羅の花を眺めることだ。沙羅とは、夏椿のこと。平家物語に「沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらはす」とあるように、1日だけ咲き、下にぽとりと散る、儚く美しい花である。今年も沙羅の花を見るため、東林院を訪れた(特別公開は6月30日で終了)。 東林院は、普段非公開の小さなお寺だ。妙心寺の南総門をくぐって北に進み、法堂の手前の道を右へ、突き当た

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              • 【京都】「おうちさよなら日記」を読む。実家に別れを告げる時。

                京都は個性あふれる小さな本屋さんが多いまちだ。その一つ、堀川五条近くの路地にある、京町家を活用したhoka booksを訪ねた。どうしてもほしい本があったからである。杉山由香さんの「おうちさよなら日記」。杉山さんがある事情から、実家を手放すまでの心の動きがつづられている。読むうちに、私が暮らした実家の細かな部分、可愛がっていたペットのことなど、様々な記憶がよみがえった。 hoka booksは、リトルプレスや新刊書籍を扱う書店だ。ひとり出版社「烽火(ほうか)書房」の本を扱って

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                • 【奈良】小説家・志賀直哉が設計した、こだわりの住まいを訪ねて。

                  生涯20回以上も引越しを繰り返したという小説家・志賀直哉(1883~1971)が自ら設計した「志賀直哉旧居」が、奈良市高畑町にあります。志賀直哉は1929(昭和4)年から9年間、この家で家族と過ごし、食堂やサンルームで文化人との交流を楽しみ、長編小説「暗夜行路」を完成させました。周辺の自然と調和し、風と光を感じる、文豪こだわりの住まいを訪ねました。 近鉄奈良駅からバスに5分ほど乗り、「破石町」バス停で下車。さらに5分ほど歩くと、志賀直哉旧居の表門が見えてきます。この家は志賀

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                  • 【京都】ほろ苦い路地の思い出。濃い人間関係にさようなら。

                    私は子どもの頃、大学を卒業するまで、路地にある小さな長屋に住んでいた。戦争から帰った祖父が、慣れない仕事をしながらお金を貯めて購入した家である。家の前の路地は舗装されていたものの、幅2メートルあるかないか。狭くて車が入ってこないから、幼い頃は三輪車で走り回ったり、蝋石で道いっぱいに落書きをして遊んだりした。夏休みになると、大人も子どもも路地に集まり、お互いぶつからないように気をつけながら、みんなでラジオ体操をした。朝、「門掃き※」をする時は、隣の家の前を掃き過ぎないようにと祖

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                    • 京町家の魅力、それは人の気配が感じられること

                      夜になると理由もなく孤独感に襲われる。そんな時、心と体に効くのが銭湯だ。夕食後、手提げ袋にタオルと石鹸、シャンプーを入れ、サンダルをはいて出かける。いつも「ぼっち」の私は、銭湯で他のお客さんと会話することはほとんどない。それでも帰り道に、京町家の格子からほんのり明かりがもれているのを見ると、心がぽかぽかと温かくなる。 町家の玄関や窓には、様々な種類の格子が取り付けられている。糸屋格子、酒屋格子、米屋格子など、その家の商いを表す名前がついている。家の中からは外が見え、外からは家

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                      • 京町家と看板、茶色い思い出

                        遅ればせながらインスタグラムを始めた。デジタルは苦手で、何を投稿したらいいのか、さっぱりわからない。でも、何かテーマがある方がいいなと考え、京町家と看板を紹介することにした。 和菓子屋の看板、布団屋の看板、蕎麦屋の看板。うーむ、茶色い。茶色過ぎる。古い木だから当然だが、いくら何でも渋すぎないだろうか、これ。 試しに、#京都でインスタを検索してみると、花や紅葉、スイーツなど、夢見るように華やかな色彩がこぼれ出た。やっぱり、きれいなものはいいな。眺めるだけで癒される。 しかし、

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                        • 春風に誓う

                          今年の4月1日、清水寺にお参りした。 清水の舞台を踏みしめ、第二の人生が満ち足りたものになるよう、仏様にお願いするためである。 その日は風が強かった。境内を歩くと桜の花びらが舞い、髪が乱れた。 清水の舞台は2年前に板を張り替えたばかりで、強い陽射しに輝いて見えた。靴を履いていても、木の温もりと、やわらかい感触が伝わってくる。ここを裸足で歩いたら、さぞ気持ちよかろうと考えた。 京都に住んでいる私は、よくお寺や神社におまいりする。手を合わせ、日々の感謝の後にお願いすることは、大

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