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テンパの小話

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2019年6月の記事一覧

ピグンタコスの誕生

ピグンタコスの誕生

ピグンタコスはある日突然生まれた。気がついたら彼女はピグンタコスになっていた。誰が決めたのか、あるいはどこでそうなったのかも思い出せないし、それが世にとって正しいことなのかは誰にも分からなかった。彼女はピグンタコスという名を得て、ピグンタコスというキャラクターを身にまとった。それはあたかもヴィーナスの誕生のようであった。
けれども、誰も彼女がピグンタコスであるということを知らない。なぜなら、それは

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前歯がでるとき

前歯がでるとき

人は得意な表情をしているとき、上唇が少し上に上がり、口が半開きになって、歯の上の段が少し露わになる。
大きな仕事が終わったとき、料理が上手くでき上がったとき、ちょっとしたジョークがキマったとき、目がクリクリといたずらっぽく動き、その下ではげっし類の前歯のごとき白い二本の歯が光る。友人たちのそんなちょっと得意げな顔を思い浮かべて、そうだそうだ間違いないと気がつく。
それは、下顎が下がって口が半開きと

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日本人の名字の話

日本人の名字の話

日本人の名字について話をするのが好きだ。おそらく誰もが変わった名字の友人や知人を、一人は持っていると思う。あきれるほど変わった名字が日本中に溢れているのだが、我々がそんな人と出会うことができるチャンスは極めて希だ。
以前日本の名字に関する本を読むと、日本は世界有数の名字の多様な国と書かれていた。アメリカなどの移民国家を除いて、日本は一つの国として持つ名字の数が断トツに多いらしい。日本ではもう途絶え

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コーヒーことはじめ

コーヒーことはじめ

コーヒーを飲むのが好きで、一日に何杯かは飲む。家では直火式のエスプレッソメーカーを使って濃いめのコーヒーを入れる。ミルでゴリゴリと豆を挽き、コーヒーがはいった時の蒸気の音に耳をすませ、キッチンに芳しい香りが広がる瞬間には、その時間が特別なものに思えてくる。気を良くして、時々良い豆を買ってきたり、わき水を汲んできたりして、ちょっとした贅沢を味わったりもする。
いつからコーヒーを飲むのが好きになったの

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「不味い」を考える

「不味い」を考える

不味い食べ物が好きだと言うと語弊があるが、不味いと感じることにとても興味がある。一体、何をもって人は、美味いとか不味いとか言うのだろうと、そこはかとない疑問があるのだ。
それは本当に不味いのか、どうしてそれを不味いと感じるのか、食材が悪いのかそれとも調理法が悪いのか、はたまた食文化の違いが起因となっているんじゃないか、添加物が多すぎて味が濁っているのじゃないか、云々、しばしば考え込み、取り留めもな

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グレイトジャーニー

グレイトジャーニー

自動車旅行には何らかの憧れがあって、どこかしらロマンのようなものを勝手に抱いているところがある。それは、幼少の頃から夏休みだとか、年末年始だとかの両親の里帰りに、自動車での500キロ以上に及ぶ旅行を度々していたからかもしれない。
関西で育って、おおよその時間を京都と大阪のベッドタウンで過ごした。だけど、父の里は福岡県の久留米で、母の里は神奈川県の横浜だったので、祖父母が住む世界は遠きにあるものとい

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始まりの旅

始まりの旅

高校生の頃、遠くに行きたいと思って、自転車にまたがった。これにさえ乗っていればどこまでも行くことができると、思い込んだ。ことの始まりは多分、沢木耕太郎の『深夜特急』を読んだからだったと思う。飛行機のチケットを買って、彼のような旅に出る大胆さも財力もなかった僕は、高校一年の夏、暇を持て余している友人と自転車に飛び乗り、紀伊半島を大回りする旅に出た。
普段遣いのママチャリの荷台に荷物を積み込んで、ひた

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プラットホームにて

プラットホームにて

プラットホームで列車を待つとき、しみじみこれから旅行にでるのだという気分となってくる。ホームに並ぶ人々の姿を眺めたり、路線図を見て車窓の風景を想像し、掲示板の列車情報から車中の過ごしかたを思い浮かべ、これからの数時間に思いを馳せる。
限られた時間にも関わらず何冊も本を鞄に入れてしまったことに気がつく。けど、車窓からの眺めを楽しみたいと思っている自分もいるし、目的地での予定を頭の中で整理しようとして

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我らがにおい

我らがにおい

外国に着いたとき、僕はその国のにおいに気がつく。飛行機から空港につながる通路を歩いているときに、もしくはタラップ車の階段を下りているときに、自分にとって異質と感じられるにおいに、最初に意識が向く。
それはとてもわずかな間の認識だ。においを感じながらターミナルビルを歩き、パスポートコントロールをくぐって、荷物を取り上げ、入管ゲートを通っていく。その頃にはにおいにすっかり慣れ始めている。空港から目的地

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記憶ではない記憶

記憶ではない記憶

アメリカは僕にとって海外で一番長く暮らした国だ。1980年代の前半、二年半ほどその土地にいた、らしい。正直に言うと、僕はアメリカの記憶をほとんど持っていない。なぜなら僕の0歳から2歳半の間の話なのだから。アメリカ東海岸マサチューセッツ州ボストン郊外のケンブリッジ、この町で僕は生活していたというか、生きていた。
同じ背丈ほどの消火栓に向かってHelloと話しかけたり、割礼が行われない日本の新生児の性

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食べ物のにおい

食べ物のにおい

なぜだか、においがきつい食べ物が好きだ。日常的に、においのある食べ物を常食としている訳ではないけれど、どうしてだかどうしてだか、においの強い食べ物には心引かれる。
クサヤ、フナズシはもとより、フランスのウォッシュチーズとかブルーチーズ、中国の臭豆腐や腐乳など、そういったものを食べられる機会がある時は是非ともとチャレンジをする。人が集まるとなったらそういったものを買い求めて、においの記憶やら、におい

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