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テンパの小話

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BGM

BGM

町中どこに行っても音楽が満ち満ちていて疲れてしまう。喫茶店に座っても、居酒屋に入っても、ショッピングモールを歩いても、スーパーマーケットの店内にいても、どこもかしこもBGMが溢れている。どうして、こんなに聴きたくもない音楽を聴かされることになるのだろうかとイライラしてしまうが、BGMはどこにいてもつきまとう。
場所によっては、音楽のボリュームが活気の現れと勘違いしているのだろうかと疑いたくなること

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ゲテモノ喰い

ゲテモノ喰い

嫌いな食べ物がほとんどない僕でも、世の中本当にこんなものを食べるのか、とちょっと口にするのを躊躇するものがある。
東南アジアの孵化しかけたアヒルの卵や、ゲンゴロウやらタランチュラやらを素揚げにした各種昆虫食。ヨーロッパにおいても子羊や豚の脳味噌が調理されたものなどがあり、世界にはまだまだ見知らぬ食べ物があることを知る。おっかなびっくりしながらも、いつかは食べてみたいという相反した気持ちが芽生え、そ

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キッチンアレコレ

キッチンアレコレ

いろんな所で料理をしてきた。人の家に上がり込んで料理をして、自分の慣れ親しんだキッチンと違いを感じて、料理をするのはナカナカ乙である。あの調理器具がない、ここにはこんな調味料があると手探りで調理を進め、家主にあれこれと尋ねて、世の中のキッチンのバラエティーを楽しんでいるのに気がつく。
職業的に料理をする人のキッチン、料理が趣味の人のキッチン、家事はおざなりながらも食べることに心血を注いでいる人のキ

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ニュージーランド

ニュージーランド

どこまでも続く平原。ちらほらと点在する白いシルエットの羊を見渡せるが、あまりの空間の広大さに、その膨大な羊の数がかすんで見える。牧場のフェンスと巨大な農業機械と時々羊。町から町へと結ぶハイウェイの周囲では、そんな単調な景色ばかりを見ていた。小さな集落が忘れた頃に現れるが、一瞬にして通り過ぎてしまう。もう何百キロも運転しているのに信号がまったく出てこない。人気のない土地をどこまでも道が延び、時折道が

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ダットサンズ

ダットサンズ

The Datusunsというバンドは、2002年デビューの南半球はニュージーランド出身の四人組。日本でのデビューアルバムが発売される年の『Rock'in on』だか『Player』だかの雑誌に小さな記事が掲載され、初めて彼らを知ったのだった。何やら2000年代に古典的なハードロックをリバイバルするバンドの雄であるようなことが書かれていたような覚えがある。
今更そんなゴリゴリのロックを炸裂させるバ

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シドニー

シドニー

南洋の大陸オーストラリア、その地に暮らしたのは、2003年のことだった。父親の仕事の関係でシドニーで一年過ごすことになったので、どうせなら家族で行こうと提案があった。僕と弟は大学を休学することになった。妹は高校が決まったばかりの時で、入学と同時に休学するという荒技をなして、渡豪を決行した。
到着したシドニーは晴れ晴れとした土地だった。澄み渡る青い空、湾から吹き付ける潮風、人々は砕けた着こなしで(と

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トイレの話

トイレの話

人生これ排泄なり、などとうそぶいてみたりしている。そんな大げさな、と思うかもしれないけれど、排泄がうまく行えないと、身体的に不快だし、精神的にも落ち着かない。いつでもトイレに行くことができる環境にいる人にとっては、そんなことは大した問題ではないだろう。けれど、世の中ではトイレに簡単に行くことができない環境や条件や場面はいくらでもある。
とても私事で恐縮だが、ワタシは大変頻繁にトイレに行く人間である

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イギリスの食べ物

イギリスの食べ物

イギリスには、二回行ったことがある。10歳のときに父の仕事のついでに連れて行ってもらい、また大学生のときに旅行で行ったのだ。その2回の旅行ともに夏の旅行だったけれど、イギリスはとても寒々しい国だった。東アジアの日本からやってきた人間にとっては、太陽の力が薄弱で、気温も湿度も何か物足りない感じがした。
決して日本の夏が好きなわけではない。いやむしろ、高温と高湿度で水をかぶったような汗をかき、濡れ鼠に

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靴下嫌い

靴下嫌い

靴下が嫌いだ。どうしてこんなものを履かねばならないのかと思ってしまう。子供の頃から好きじゃなかった気もする。昔、玄関で靴下を履くのをしぶって母を困らせた覚えがあるのは、多分間違いのない記憶だ。そう思えるくらい、靴下を履くのが好きじゃない。外に出るときはサンダルで出たいと思うのが正直なところだ。
冷え性の人には考えられないことかもしれないが、僕の足は大体においてポカポカである。ポカポカどころか、些か

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Hot, Spicy & Masochistic

Hot, Spicy & Masochistic

辛い物を食べる。そうすると、なぜだか気分が爽快になる。どうしてだかどうしてだか、その辛さが増せば増ほどに、その爽快感が別次元のものとなっていくような気がする。そう僕は辛い食べ物好きだ。
夏が近づくと、世間では激辛商品などが店頭に並び、いよいよこの季節がきたか、と気分は高まる。とは言っても、季節隔てなく、辛い物が食べたい欲求があるので、その期間限定で出てくる激辛現象に疑問も覚える。
確かに熱帯地域に

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弟への恐怖政治

弟への恐怖政治

弟の存在はいつも不思議な感じだ。一番身近で、取っつきやすく、場合によっては色々と頼りにしてしまう、そんな存在なのだ。そう思えてきたのは、ある程度の年齢を重ねた末なのかもしれない。けど、やはり生まれたときから知っており、その弟の成長過程をほとんど知っているという特別感が、僕の中にあることに気がつく。
特別感などと今だから言えるだろうけれど、昔はもっと複雑な心境だったような気がする。弟の存在を僕の記憶

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妹が生まれた日

妹が生まれた日

妹が生まれた日のことは覚えている。その日は僕の初めての夏休み中のことで、帰省先の横浜の祖父母の家は騒がしい感じがしていた。父は仕事の為だったのか、まだ駆けつけていなかった気がする。家から歩いて10分ほどの病院まで妹を見に行った。
物心ついて初めて目にする新生児はびっくりするほど動物っぽかった。女の子であると聞いたが、男か女かも僕には分からなかった。けれども、異性の兄妹ができたのは、ちょっと変な気分

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ピグンタコスの誕生

ピグンタコスの誕生

ピグンタコスはある日突然生まれた。気がついたら彼女はピグンタコスになっていた。誰が決めたのか、あるいはどこでそうなったのかも思い出せないし、それが世にとって正しいことなのかは誰にも分からなかった。彼女はピグンタコスという名を得て、ピグンタコスというキャラクターを身にまとった。それはあたかもヴィーナスの誕生のようであった。
けれども、誰も彼女がピグンタコスであるということを知らない。なぜなら、それは

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前歯がでるとき

前歯がでるとき

人は得意な表情をしているとき、上唇が少し上に上がり、口が半開きになって、歯の上の段が少し露わになる。
大きな仕事が終わったとき、料理が上手くでき上がったとき、ちょっとしたジョークがキマったとき、目がクリクリといたずらっぽく動き、その下ではげっし類の前歯のごとき白い二本の歯が光る。友人たちのそんなちょっと得意げな顔を思い浮かべて、そうだそうだ間違いないと気がつく。
それは、下顎が下がって口が半開きと

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