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人生の最後は「カメに踏まれたい」?!

「人生の終止符は、『カメに踏まれて』がいいな」――そう考えているほど、カメを心から愛している研究者に出会いました。けれども、その愛はべったりしたものではありません。「自然界の一員として、のびのび生きているカメのことを知りたい」と生態学の道を選ぶに至ったこれまでの経験、研究室の選び方、ブログを通して拡がったこれからの展望などをたっぷりうかがいました。

かわいいカメに出会えて満面の笑みを浮かべる菅原 早紀さん

お話を伺ったひと

菅原 早紀 すがわら さきさん
岐阜大学大学院自然科学技術研究科 多様性保全学研究室 修士二年
野生のカメとの日々をつづったブログ「亀に踏まれて -KAME HACK-」更新中

クラスメイトにカメの魅力をアピールした小学校時代

ーマニアック研究インタビューvol.1の磯田さんに「面白い研究をしている人がいる」と菅原さんを推薦いただきました。よろしくお願いします!
まずは、菅原さんとカメの出会いを教えてください。

菅原さん(以下菅原):東京の府中市という自然が少ないベッドタウンで育ちました。かろうじて川や池にカメがいて、生き物を飼うのに憧れていた私はそのカメを意気揚々と連れて帰ったんです。けれども、すぐに死んでしまって……。「なんで死んじゃったの?!」っておさな心にショックを受けました。
「私、カメのこと何も知らない」無知が命を奪ったんだって気づいてから、すごく調べました。気づいたら家に図鑑が山積みになっていて(笑)。そしてもう一度飼育にチャレンジしたんです。

ー根っからの研究者体質ですね。

菅原:そのうち、「カメを飼う楽しさを語り合いたい」という気持ちが芽生えてきて。同じクラスの友達に「カメ、かわいいよ」って魅力を伝え始めてみたんです。友人を家に招いて、カメを見せてその可愛さを語りました。当時はお祭りで「かめすくい」があったり、ペットショップで安価に手に入れることができたりと、カメを飼育する友人が増えてきました。

ークラスでカメ飼育ブームが巻き起こったのですね!

菅原:はい、「カメ飼育交換ノート」もスタートして、今日は何食べたとか、何時間くらい寝てたとか……。それを読んで、飼い主がカメに抱く印象の違いや、カメにも個性があるんだなって初めて知ったんです。

ー素晴らしい視点ですね!そもそも、なぜそんなにカメが好きになったんですか?

菅原:自分でもずっと理由が分からなかったんですが、先日実家に行ったら2歳くらいの時に伊豆アンディランド(現:iZoo、カメだけの水族館として有名だった)で撮ったカメとの写真が出てきて。カメが潜在意識にすりこまれていたようです。ちなみに親はまったくカメに興味は持っていません(笑)

愛おしすぎるカメの幼体

自然なカメの姿を知りたい!

小学生時代にカメにはまった菅原さん、カメの研究を夢見てユニークな理系教育を掲げる 東京都立多摩科学技術高等学校へ進学しました。高校でカメの研究は叶わなかったけれど、 研究の基本を学べたといいます。

菅原:高校卒業したての春に、ウミガメ産卵で有名な小笠原諸島に行って、初めて野生のアオウミガメを見たんです。「あぁ、やっぱりカメが大好き!」と再確認しました。
屋久島の孵化調査ボランティアにも参加して、そこでカメとの「大人の関わり方」を知りました。保護活動、レクリエーション、ペット、デザインのインスピレーション源……。
「じゃあ私はどう関わりたい?」と自問したときに、自然界でのびのびと生きているカメの生態を知りたいと気づいて、生態学の道を選びました。

美しい屋久島にて ウミガメとのツーショット!

ーいろいろな関わり方を知った上で、進路を選ぶのは大切ですね。なぜ岐阜大に進まれたのでしょうか。

菅原:岐阜大には淡水ガメの研究で有名な先生がいらっしゃるんです。ただ、その先生の研究テーマは繁殖学だったので、なんとか生態学ができる研究室を探して、今の先生に頼み込んでカメの研究をさせてもらえることになりました。

ー頼み込んで、とは何か事情があったのですか?

菅原:実は、先生が扱うテーマは植物の花や昆虫だったのですが、そこへ私一人が「カメの研究をさせて欲しい」ってお願いしたんです。折衷(せっちゅう)案として、植物の種子が、カメに食べられることで散布されているのでは、という「種子散布者」としてのカメ研究に落ち着きました。受け入れてくださって感謝しています。

ーカメを研究している人が誰もいない環境、不安ではなかったですか?

菅原:それが、思っていたより恵まれていて、むしろ広い視野からカメを研究できる環境なんです。神業レベルでカメを捕まえるのが上手な先輩(研究対象はアリ)がいたり、植物標本の作り方を応用してサンプルを乾燥できたりと、いろいろと恩恵に預かっています。
「この研究をやるんだ」という信念があれば、多少分野が離れた研究室でも大丈夫なんだ、異分野の人と研究すると視野が広くなるんだ、という学びがありました。

カメの糞は「布団乾燥機」で乾かします

カメを扱う人が皆無の環境で、一人カメの生態を観察し始めた菅原さん。一体どんな研究をしているのでしょうか。

カメ飼育の様子

ー研究対象のカメは、特別なカメなのですか?

菅原:いいえ、大学の裏にある川に生息している、ごくごく平凡な野生の淡水ガメです。カメを捕獲するので、漁協や自治体に許可をもらっておきます。
まず、捕まえてきたカメが何を食べているのかを調べました。カメを1匹ずつプラスチックケースに入れて、絶食状態で排出した糞を採取します。ペーパー類ではさんだ糞を布団乾燥機で風を当てて乾燥させました。

糞の採取実験の風景

ー布団乾燥機?!

菅原:予算がないので、限りある資源の中で知恵を絞るのが研究室の方針です。この方法は植物標本の作り方と似ているんです。植物を扱う研究室だからこその手法だと思います。種子のタンパク質を壊さないよう、熱でなく風で乾かすことにしました。

布団乾燥機で風を送る

乾燥させた糞を目と顕微鏡で分類してみると、何を食べたかはっきり見えました。カメは雑食で、捕まえたカメが排出した糞中には、エビ・カニ類、昆虫の破片、貝の殻、鳥の羽、藻類、それに20種類以上もの植物の果実や種子が含まれていました。体が大きいと糞の量も多かったです。

乾燥させた糞 ザリガニの殻らしきものが見えます

ーいろいろなものを食べているのですね。目視で分かるものなのでしょうか。

菅原:結構はっきりと分かります。それに、カメを捕まえるときにどんな植物があるのか、周囲の環境を観察します。フィールドワークは環境全てがヒントです。注意深さが鍛えられます。

とあるカメを捕獲したあたりには柿の木が 観察力が大切

次に、種子を含んだブドウやヤマグワを与えて、排泄にかかる時間を調べました。体が大きいほど、ゆっくりと排泄されることが分かりました。最初はリンゴの果肉にレモンの種子を入れ込むなど、様々な方法を試しました。けれどもカメが種子を上手に飲み込んでくれず、苦戦しました……。
ブドウの三枚おろし(写真中央)は種子と果肉が繊維でゆるく結合しています。そのため、カメも種子を飲み込みやすいようで、やっとたくさん食べてくれました!

ーおおぉ……!リアルな研究過程ですね。論文に書かれないこういった部分をこのnoteで伝えたいんです。

ブドウの三枚おろし 中央を餌として与えました
糞に含まれていた種
体が大きいほど、時間をかけて種子を排泄する

菅原:また、糞に含まれていた種子が発芽することも確認しました。

発芽試験の風景

この実験から、カメは果実や種子を食べて、移動しながら糞として排出することで植物生態系の維持に貢献している可能性があることが分かりました。これまでは哺乳類や鳥類がメインと思われていた種子散布ですが、カメもメンバーに含まれているかもしれません。

ー小学校の頃の「カメ交換日記」がついに論文に……!!

菅原:「このラボには自分しかカメを研究している人がいない」という環境を逆手に取って、「私がやるしかない!」「早く書かないと日の目を見ない!」「誰かに先を越されちゃう!」って腹をくくって論文を書き上げました。
思っていた以上に行動範囲が広そうなので、カメにデータ記録装置をつけて(話題のバイオロギングと呼ばれる手法)、行動を詳しく調べたいと考えています。現在は、笹川科学研究助成と日本生態学会中部地区会研究助成を受けて、ラジオテレメトリーによる調査を試み始めました。

第53回種生物学シンポジウムで河野昭一ポスター賞を受賞
そちらを受けて岐阜大学大学院自然科学技術研究科長表彰を受けました

カメの生態をもっともっと知りたい

ー菅原さんの研究のモチベーションは、どこからわいてくるのでしょう

菅原:とにかく、自然界に生息するカメのことをもっと知りたい!という気持ちです。先日うっかりカメに噛まれてしまったのですが、とても嬉しかったんです。

ーえ……?! 噛まれて、嬉しい……?! 

菅原:もちろん痛いし、危険なのでほめられたことではないのですが、カメが防衛のために噛む状態を目の前で観察できる喜びが勝りました。噛んだあと首を引っ込めるのか、それともそのまま食いちぎろうとするのか、じっと見てしまいました。亀に踏まれて人生の最後を迎えたいな、とまで思っています。

カメに噛まれた手

ー噛まれても観察しちゃうほど、踏まれてもいいほど、カメのことが好きなのですね。 

菅原:指導してくださっている先生に、「『好き』ではできない、『大好き』じゃないと研究はできない」と言われたことがあります。本当にその通りだと心から思います。

楽しそうに見えますが、フィールドワークは首から撮影用の2kgレンズを提げ、炎天下でも真冬でも、じっと草むらに潜んで観察する過酷な研究です。いくらでもサボれるし、反対にぶっ通しで観察を続けて体を壊してしまうこともあります。研究と休みのバランス感覚も必要です

カメウォッチング三種の神器 (双眼鏡・望遠カメラ・偏光グラスのサングラス)

もしこれを読んでいる方が、「本当に大好き!」と言い切れる何かがあるなら、ぜひ研究の世界に飛び込んで欲しいなと思います。

調査風景 じっとイベントが起こるのを待ちます

―これからの研究生活の展望をお聞かせください。

ブログでカメのことを発信し続けていたら、いろいろな方から反響をいただけるようになりました。そのご縁がきっかけとなり、西表島でカメの研究に携わるチャンスをいただきました。2023年の春から琉球大学の熱帯生物圏研究センターで博士課程に進学を考えています。またとないチャンスですから、3年間みっちり研究生活を頑張ろうと思います!

菅原さんおすすめの本

「植物の描き方」盛口 満

植物を対象にしたフィールド調査が中心の研究室に配属となったときに、植物に関する本を探していたところ、たまたま書店に並んでいたこの本を手に取りました。
植物やカメだけでなく、生物全般を「見る」ポイントを教えてくれます。見方が変わると、視野が広がり、世界がまるで違って見えるようになります。ただ、公園を散歩するだけでも、これまでとは異なる視点で生き物を見られるようになりました。
自分の視野を広げる手助けとなってくれた本です。


編集後記

「カメの生態を知りたい!」と試行錯誤しながら着実と結果を出してきた菅原さん。その秘訣は、持ち前の粘り強さとコミュニケーション力、そしてなにより「そのままのカメが好き」というカメへの純粋な愛情にあると感じました。

ご縁をいただけた自身のブログ「亀に踏まれて」

ブログ「亀に踏まれて」のイラストは、岐阜大の寮で知り合った先輩・marmerry(まーめりー) さんに依頼。人との縁を大切にする菅原さんのお人柄がうかがえます。
そして研究内容を発信する大切さにも気づきました。このnoteが若手研究者さんたちの情報発信のお手伝いができればと思います。


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