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【本という名の大樹】大好きな絵本#01

 いよいよお盆休みが迫ってきました。
 そんな時節に頭をよぎるのは、本棚を占拠している蔵書や押入の中を埋め尽くす様々な荷物の整理です。それは云わば「宿題」であり、自ら解決しなければなりません。とかなんとか言いながらも、整理(分別・処分)する気持ちになれないのが、実は思い出深い絵本の数々だったりします。
 さりとて、いずれは家族の判断によって処分されるのは必至。そう考えると、絵本に育ててもらった一人の人間として、何某かの思いを遺しておくべきだと考えた次第です。

 と言うわけで、昭和の小父さんが子どもだった時代(1960年中盤~1970年代)に愛読した名作絵本を紹介させて頂くついでに、幾許かの感想や思い出を綴らせて頂こうと思います。
 今回は、シンプルに「子どもの頃に大好きだった絵本」という括りで7冊の絵本をピックアップしてみました。いずれも名作の誉れ高い絵本たちなので、今更感いまさらかんは否めませんが、時間という普遍的な評価軸に耐えてきた絵本を再確認する機会になれば幸いです。相変わらずの長文駄文になりますが、お時間のある方はお付き合い下さい。


本稿の画像について
以下の画像は、私が所蔵している絵本をスキャンしたものとなります。激しく痛んでいるのは、私と姉が読んだ後に、従妹や甥・姪を経て、私の息子達に受け継がれたことに因ります。今から50余年前に両親が買ってくれたこと、そして複数の子ども達の手を渡ってきた経緯を鑑みれば、絵本の形を保ってくれているだけで十分です。悪しからずご理解下さいませ。


1:きかんしゃ やえもん

人生の中で一番「音読」した本かもしれません。
情感豊かに読み聞かせてくれたお袋の薫陶もあって、私もまた「顔芸」を交えながら息子たちに読み聞かせたものです。

私が幼少の時分、神田にあった交通博物館で「やえもん」のモデルになった緑色の小型機関車(国鉄150形機関車)を初めて見た時に感じた「想像していたのと違う!」という微妙な感想は忘れません。こうした酸っぱい記憶もまた、絵本が与えてくれたと考えると愉快な気持ちになりますね。

かくいう私も、時代の変化に伴って活躍の場を失った機関車の憤懣やる方ない想いを心底理解できる御年頃になってしまいました。きっと、親になりたての頃よりも現在の方が感情移入して読み聞かせすることができるかもしれませんね(笑)。

きかんしゃ やえもん
文:阿川 弘之 絵:岡部 冬彦
初版:昭和34年12月5日 発行:岩波書店 
※私の本:昭和47年2月10日第13刷 当時の値段:180円

2:ひとまねこざる と きいろいぼうし

世界で一番有名な「おさるさん」の物語です。シリーズ化された絵本の中でも、息の長さでは随一ではないでしょうか。
愛くるしい絵に加えて、好奇心旺盛なジョージが巻き起こす物語は、喜怒哀楽の全てが詰まっていて、息子達を退屈させることなく読み聞かせできたと感じています。

「ひとまねこざる・シリーズ」は、本当に愉快な物語です。
ロケットに乗って宇宙を飛んだり、パンクした自転車を器用に乗り回したり、刷毛を手にして内装工事中の室内をジャングル化させたり、はたまた映画俳優になってみたり … とにもかくにも奇想天外であると同時に、絵本に必要不可欠な天真爛漫さを備えている点が素晴らしく、時代を越えて愛され続けているのも合点がいきます。

この黄色い表紙を本屋さんで目にすると、何かしら心が晴れ渡るような気がしてきます。きっと「ひとまねこざる」が持っている圧倒的な明るい力が作用しているのでしょう。それは、第二次世界大戦の戦火を逃れ、フランスから米国に渡った著者夫妻の苦渋と無関係ではないと私は想像するのです。
(※著者夫妻はドイツ人)

ひとまねこざる と きいろいぼうし
文・絵:エッチ・エイ・レイ 訳:光吉 夏弥
初版:昭和41年11月16日 発行:岩波書店 
※私の本:昭和46年3月10日第5刷 当時の値段:180円

3:ちびくろ・さんぼ

1980年代後半になって物議を醸すこととなった絵本ですが、このような形で掲載させて頂くことに対して不愉快に感じる方はいないと考え、心明るく掲載させて頂いた次第です。(万が一にも不愉快に思われる方がおられたならば深くお詫び致します。)

私の中では「ちびくろ・さんぼ=ホットケーキ」の等式が成立しています。そして、ホットケーキといえば、後述する「ぐりとぐらのカステラ」を連想してしまうわけですが、本作品のトラが融けてできたバターを使って調理したホットケーキは別格です。何しろ、サンボが196枚も食べれてしまうホットケーキですから。美味しくないわけがありませんよね。

本作の素晴らしさは、紙面の使い方がダイナミックかつユニークで、物語と頗る同期している挿絵が分かりやすくてカラフルなところ。
改めて大人の目で読んでみると、日本語版を出版するにあたって、挿絵と共に描かれている擬音の翻訳や、それらの配置に苦慮したことが窺われます。こうした完成度の高い絵本作品を手にすると、本作品に関わった大人たちの拘りや熱い思いが伝わってきます。

私が所蔵している「ちびくろ・さんぼ」には、二篇の物語が掲載されており(前出のホットケーキの話と猿に誘拐された妹を救う話の二篇)、読み聞かせしていても子ども達を飽きさせることはないでしょう。頓智頓才とんちとんさいに富んだサンボの活躍は、幼い子どもであっても十分に楽しめるはずです。

ちびくろ・さんぼ
文:へれん・ばんなーまん 絵:ふらんく・とびあす 訳:光吉 夏弥
初版:昭和28年12月10日 発行:岩波書店 
※私の本:昭和48年6月20日第23刷 当時の値段:220円

4:ぐり と ぐら

誰もが知っている名作。「日本の宝」と言える絵本ですね。
私も、多分に漏れず「ぐりぐらシリーズ」が大好きでした。

きっと、本作を読まれた方ならば、この歌を覚えておられることでしょう。

ぼくらの なまえは ぐりと ぐら ♬
このよで いちばん すきなのは ♬
おりょうりすること たべること ♬
ぐり ぐら ぐり ぐら ♬

奇をてらわない詩だからこそ、子どもの心に残り続けるのかもしれません。

著者のご両人(姉妹)は、さぞかし「食いしん坊」だったのでしょうね。
著者は、前出「ちびくろ・さんぼ」のホットケーキを越えるべく、あのフワフワしたキツネ色のカステラを捻りだしたという裏話は、日本人の絵本作家の矜持を感じさせる物語として語り継がれることでしょう。

ぐり と ぐら
文:なかがわ りえこ 絵:おおむら ゆりこ
初出:昭和38年12月1日 発行:昭和42年1月20日 発行:福音感書店 
※私の本:昭和43年10月31日第21刷 当時の値段:300円

5:だるまちゃん と てんぐちゃん

だるまちゃん と言えば、加古 里子かこさとし
もし、私が「貴方が一番お世話になってきた絵本作家さんは誰ですか?」と問われたなら、迷わずに「加古里子です。」と答えるでしょう。
2018年5月に天に召された彼ですが、亡くなる直前まで作品を手掛けていたとのこと(NHKの番組でも特集されました)。彼の創作に対する意地と執念を感じさせますね。

物語の秀逸さは勿論ですが、豊かな表情を持つ魅力的な登場人物(しかも可愛い)に心奪われた子どもも多かったことでしょう。時を越えて支持されるのも分かりますよね。事実、私も息子たちに何度も読み聞かせました。
長く愛されてきた多くの名作絵本がそうであるように、この「だるまちゃん シリーズ」もまた、子どもが自分自身を客観視できるようになるための導入になる絵本だと言えるでしょう。(幼いだるまちゃんは、みんなの教材になってくれているのです。)

読み聞かせながら、子ども達と穏やかに対話することができる「だるまちゃん と てんぐちゃん」は、これからも多くの子ども達を育んでいってくれると確信しています。

だるまちゃん と てんぐちゃん
文・絵:加古 里子
初出:昭和42年2月1日 発行:福音館書店 
※私の本:昭和48年10月31日第15刷 当時の値段:300円

6:けいてぃー

雪の季節を迎えると思い出す絵本です。
日本にも「働く乗り物系の絵本」は数多ありますが、本作品ほど忘れ難い絵本はありません。

本作の特長を1つ挙げるとすれば、物語に極端な抑揚がないところだと私は感じています。主人公のけいてぃーは、淡々粛々と自らの役割をこなすだけ。しかし、その活躍の様子を俯瞰するように描いた挿絵が素晴らしく、子ども達の想像力を大いに掻き立ててくれるのです。ですから、文字が読めない子どもでも、十二分に楽しむことができるでしょう。

本作を買ってもらった時分、私は父の仕事の関係で、東京から松本(長野県)へ引っ越したばかりでした。当時の東京は、光化学スモッグが酷く、外で遊べない日もあったくらいでしたから、緑豊かな松本市へ引っ越ししたことは、様々な面で好影響をもたらしてくれました。

松本で暮らし始めて「初めての雪が積もった日」のことは忘れません。
家の窓から眺めることができる公民館の広場が真っ白になっていて、駅に向かう大人が履いていた長靴が埋まるくらいまで雪が積もっていました。
その光景を目にした私は、思わず「けいてぃーが来るかもしれないよ!」と興奮して叫んでしまいました。結局、けいてぃーらしき除雪車が周ってくることはありませんでしたが、絵本の世界と自分が暮らす世界が繋がっていると思えた出来事となりました。

閑話休題。
大雪のために身動きが取れなくなった雪掻きトラックの代わりに大活躍するけいてぃー。酷い積雪によって麻痺してしまった街の交通網を復旧させた立役者は、その功績に鼻息を荒くすることもなく、誇示することもなく、それは静かに車庫へ戻っていくと … 。
本作は、親子で「真のヒーローとは?」「縁の下の力持ちとは?」を語り合える素敵な絵本です。「しょうぼうじどうしゃ じぷた」「のろまなローラー」などと合わせて読み聞かせするのも良いでしょう。

けいてぃー
文・絵:ばーじにあ・ばーとん 訳:いしい ももこ
初版:昭和37年11月1日 発行:福音館書店 
※私の本:昭和45年8月10日第13刷 当時の値段は未記載

寄り道小話

絵本の伝道師・絵本の虫さんも「けいてぃー」をご紹介されています。
因みに、この記事を拝読させて頂いたことをきっかけに、フォローさせて頂きました。私の「noteライフ」にとっても忘れ難い記事になっています。

7:たいふう

さて、本稿のトリも 加古 里子 作品です。その名も「たいふう」で、彼が得意とした科学絵本シリーズ(知識の本)に属する作品となります。

因みに、本稿の見出し画像は、本作品のP18~19「がけくずれ」の場面を使わせて頂きました。紙面の半分を占める蒸気機関車から時代の隔たりを感じてしまうかもしれませんが、大雨によって崖崩れが起きて線路が不通になるという現象は、21世紀の今も各地で頻繁に起きています。即ち「自然災害による被害が今も変わらない」という点において、この作品の恒久性が証明されたと感じています。そしてまた、本作品が「災害を乗り越えるのもまた人間である」という普遍的な現実についても、温かみのある絵と誠実な文章で示唆してくれていることに触れておく必要があるでしょう。

私は、加古 里子の科学絵本(知識の本)が大好きで、本作以外にも沢山読んできましたが、残念なことにその殆どが紛失(恐らく破損して処分された)してしまい、現在は手元にありません。
特に大好きだったのは「ならの大仏さま」でした。この絵本のお陰で廬舎那仏座像の正史を知ったと言っても過言ではないでしょう。あの巨大な仏像を鋳造するのに必要なお金と資材を勧進するために全国を巡り歩いた僧侶達や、名も無き職方達の命(大仏の表面を金でメッキを施すために水銀を使用したことで重金属中毒になってしまい、多くの職方が亡くなっている。)の存在を、子どもの時分に知ることができて良かったと感じています。

余談が過ぎました。話を「たいふう」に戻しましょう。
加古 里子は、本作品のあとがき「小さな台風の絵本」の中で、本作品のコンセプトを下記のように記しています。

台風の個々のこまかな現象の絵ときや、知識の断片を提供するのではなく、台風とはどんなもので、どこからどこへ行き、何をするものかということを大づかみにでも一本の柱として、えがきたいということです。

P29「小さな台風の絵本」より抜粋

また、彼は本作品の前段として童話・記録画・詩・紙芝居といったあらゆる表現方法で「台風」を表現しようと試みていたようです。こうした飽くなき挑戦の様子から、彼の好奇心と探求心の尋常ならざる強度を思い知らされる同時に、万人に危機をもたらす自然災害について「子ども達に正しい知識を身に付けて欲しい」という、彼の直向きひたむきな願いを垣間見ることができます。

加古 里子の作品から滲み出る「子ども達に対する嘘偽りのない思いやり」は、世の大人が持つべき姿勢だと思われてなりません。子ども達に健全に育って欲しいと願う気持ちは、永遠に劣化することなく、時間という壁を軽やかに飛び越えられることを、加古 里子の絵本は教えてくれているのです。

ネット上に溢れる動画で「現実」を容易に知ることができる昨今ですが、経験や知識が不足している小さな子ども達に対しては、早い段階で「誠実な大人の知見」に触れさせておく必要を感じています。「加古 里子の科学絵本」は、そんな機会に相応しい教材だと私は確信しています。

たいふう
文・絵:加古 里子
初版:昭和42年9月1日 発行:福音館書店 
※私の本:昭和47年12月15日第9刷 当時の値段は300円


§ まとめ と お知らせ

 「やっぱり、絵本っていいな!」と思うのです。
 思慮に思慮を重ねて生み出された物語の素晴らしさは当然として、海外の名作を日本の子ども達に紹介しようとする先人達の情熱を想像するだけで、その有難さに低頭するばかり。

 改めて、絵本の頁を捲るたびに思うのは「日本語の豊かさ」です。ひらがな・カタカナ・漢字を駆使することで、物語の表情が豊かになり、そこに優れた挿絵が加わることで、更に物語の解像度が上がるのです。

 日本という国は、あらゆるメディアを母国語で完結させてしまう稀有な島国である一方、そうした特徴が、時としてデメリットを発現させてしまう要因になってしまうわけですが、それでも私は日本語を愛おしく思い、そして丁寧に扱っていきたいと思うのです。
 そんな気持ちにさせてくれた絵本たち。名実ともに、私という人間の「屈強な根っこ」になってくれたと感じています。
 これからも感謝を込めつつ愛でていきたいですね。

 さて、今回は「子どもの頃に大好きだった絵本」を選りすぐってみたわけですが、今後は何某かのコンセプトで分別しながら備忘していこうと考えているところです。(あくまでも、手元に残っている絵本になりますが。)
 これらの絵本が、誠実な大人の皆様の琴線に触れんことを願うばかりです。最後までお読みいただき、有難うございました。

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