【作品紹介】陸前國 海宝參品 -変わりゆく海に想いを馳せて-
ようやく「(仮称)南三陸 海宝参品 」改め「 陸前國 海宝參品 」が完成。豊穣の海で育った魚介類が産物となる場面を彫ってみました。
本作の主役は 良型のカレイ 。そして脇を固めるのは、珍味の誉れ高き ホヤ と、万能の食材 ホタテ貝 です。彼らは、三陸沿岸の海域を代表する海産物でもあります。(そして何より、僕の好物だったりして … 。)
1:根付で記録する試み
根付に取り組むようになってから、早々に自分ならではのテーマを見つけたいと考えていました。しかし、それは容易ではありませんでした。振り返ってみれば、古典的題材が内包する魅力が強烈なことに加えて、優れた先達の手による数々の名作に気圧されてしまっていたからなのかもしれません。
こうした逡巡の中で、ようやっと恒久的なテーマが見つかりました。テーマとは、変わりゆく故郷の山河・海で暮らす生き物や、それらと深く結びついている人間の営みの場面を根付で記録していくということです。その一環として「 陸前國 」をシリーズ化することにしました。
「 陸前國 海宝參品 」は、当該シリーズの初作となります。このシリーズの中で、変わりゆく三陸沿岸地域の環境や食文化・慣習の一端を記録していけたらと考えています。
2:三陸沿岸で起きていること
黒潮と親潮がぶつかる三陸沿岸海域は、長らく ” 海産物の宝庫 ” と称されてきました。しかし、この豊穣の海にも地球規模の気候変動の影響が顕著に現れ始めているようです。
昨今の サケ や サンマ の漁獲高の減少は、多くの人々が知るところですが、今後更に海水温の上昇が進めば、カキ や ホタテ といった貝類や ホヤ のような脊索動物の生育にも影響が出ると指摘されていることもまた、深刻な課題になりえる要素だと言えるでしょう。
3:身近な海の変化は静かに進行していた
ここ数年来、地元の海(仙台湾)に生息する魚の顔ぶれに、想像を超える変化が起き始めているという事実を知る機会が幾度かありました。
あれは3年位前だったでしょうか、仕事の仲間(釣りキチ)から「伝吉さん、七ヶ浜の〇〇港で、防波堤から タチウオ が釣れたらしいっすよ!」と聞いた時のショックは忘れられません。
また、つい最近も「気仙沼の 釣りYouTuber が、地元の漁港で カサゴ を釣ってたよ。」なんて話が聞こえてきたから驚きました。
何しろ、双方共に広い範囲で生息していると言われるものの、少なくとも宮城県以北では滅多に釣れない魚達でしたから … 。
「それまで釣れなかった魚が釣れるようになる。」それは、釣りを嗜む人間にとって好ましいことの様に思われるやもしれません。がしかし、我が心はさに非ず。(※ちなみに僕もアングラーです。)
やっぱり悲しい。そして一抹の不安を感じてしまうのです。
さしもの僕も、海水温の上昇が招く環境変化を、自身の趣味に絡めて前向きに捉えられるほど能天気ではないと言うことにしておいて下さい。
4:閉塞感の中にある平々凡々とした想い
と言った具合に、シリアスな話に始終してきましたが、一介の凡庸なる手仕事人としては、こうした地球規模の気候変動による影響 … 即ち ” 抜本的な解決策が見い出せない壮大な課題 ” について、本稿で論じるつもりは微塵もありません。
ただただ「マコカレイの煮付けが食べられなくなるのは嫌だっちゃ!」とか「ホヤの酒匂で一杯やれなくなるのは辛すぎるべや。」とか「魚屋に行ったっけ、生ホタテ高すぎて買えないっちゃ!」ってなくらいのささやかな危惧や庶民的な願いを込めて根付を作ったという ” 試みの話 ” を綴らせていただいただけなのです。
※表現の一部に、著しい方言が見られますがご勘弁を。
5:食文化に想う
もう早、40年以上も前の話になります。初めて ホヤ を目にした知人に「こんなゲテモノ食べれるの!」と言われたことがありました。また、サンマ を刺身で食べると話したら「えっ!サンマ なんて生で食べたらお腹壊すんじゃないの?!」と驚かれたこともありましたっけ … 。
情報網や流通事情が整った現在では信じられない話ですが、こうした ” 素直な驚き ” こそが、地方各々の食文化の異なりを表していると言えるのでしょう。(※ホヤが一般化した大きな要因として、東北新幹線の車内販売で扱っていた「ホヤの燻製」が挙げられるはずです。これでホヤの存在が一気に関東圏へ広がったように思います。)
カレイ にしても ホヤ にしても、その風体や味においては個性的な部類に入る海産物だと言えるでしょう。僕が暮らす宮城県の食文化(特に沿岸地域の食文化)は、こうした季節の折々に旬を迎える個性的な海産物によって育まれてきたわけです。
因みに、僕が生まれた宮城県では、年越しにはナメタガレイの煮付けを食し、焼き干しを施したハゼの出汁で作るお雑煮で新年を祝う … といった食文化が遺っています。
我が家も、震災の前までは、家族で釣ってきた ハゼ を自宅で焼き干ししてお正月の雑煮をこさえていました。カツオ出汁に慣れた口には物足りなく感じたものですが、これもまた仙台のお正月風情なのだと考えると、平素とは違う旨味や趣を堪能できたのだと感じています。
このように ” ハレの日の食卓 ” には、各地域で培われた食文化が遺っている場合が多いものですが、それらを連綿と受け継いでいけるか否かは、人間の意識と食材の双方が揃ってこそ。” そこ ” に、古から遺る食文化を継承していく困難さが存在している様に思われてなりません。
いずれにしても、人知の及ばぬ地球規模の働きが続いていく中で、それまで食べれた物が食べれなくなることの喪失感を乗り越え、そして、今まで食べたことのなかった産物を口にすることになる状況を、前向きに容認していくこともまた庶民の現実だと言えましょう。
この様な状況に置かれた一地球人としては、理化学的な理解を深める必要を強く感じる一方で、一表現者としては情緒に寄り添った対応をしていきたいとも思うのです。こうした経緯から、僕自身が適切な解像度で把握できる地域の食文化や慣習を、何らかの形で遺していこうと考える至りました。
少々大げさな話に始終したように思います。けれども、宮城県各地の漁協や水産加工会社では、水揚げされる海産物の変化に対応せざるえない困難さに直面している模様です。こうした現状が、数多のメディアで伝えられている以上、身近な現実問題として認識する必要がありそうです。
当たり前が当たり前ではないこと、そして平穏無事であることが実は奇跡であることを、常日頃から心に留め置きたいと思うのです。
6:最後に
此度は、魚介類を彫りたいという欲求よりもむしろ、ある種の情緒(感傷や郷愁)が動機になったと言えるでしょう。
さわさりながら、本作を創考していく中で、人間の営みと生き物が邂逅する一場面を表現する妙味を堪能し、更には、無表情にも見える魚介類を表現する楽しみをも再確認できたように思います。
今後も、こうした製作体験を糧にして、僕自身が置かれている環境といった時間的・状況的な要素も作品に添加していこうと考えているところです。
なお、興味のあるかたは、下記リンク先もご覧になってみて下さい。
【使用材料】
本体:黄楊(ツゲ:御蔵島産)
目の素材:水牛の角(象嵌)
仕上げ材:染料(ヤシャブシ)、イボタ蝋
付属品:桐箱、手作りクッション、正絹組紐
【サイズ・長さ】
本体サイズ:長辺 H 52㎜ × 短辺 W 35㎜ × 厚みD 19㎜(最大部分で計測した凡その寸法)
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