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こんなときは「在宅医療」が選択肢になる

 実際のところ、それまで病院にかかったことが一切なく、いきなり在宅医療をスタートするという例が少ないはずです。
 多くの場合、病院で何かしら治療を受けていたけれども、それまでの入院・通院治療がだんだん難しくなってきて、在宅医療を考え始めるケースが大半でしょう。
 それではいつ、どのようなタイミングで在宅医療を検討しはじめればいいのでしょうか。
 以下に具体的なシーンを挙げて、整理してみます。

家族などの付き添いなしには通院が困難

 まず、高齢者や要介護になった人が、「一人で通院するのは困難」になったら、すでにそれは在宅医療の対象です。
 例えば、関節痛や足腰の筋力低下などにより、長い距離を自力で歩けない、歩行が不安定になっている、という人は「通院が困難」と考えていいでしょう。脳卒中の後遺症で足に麻痺が残っている人や、歩行器・車椅子を使わないと移動できないという人も、もちろん対象になります。
 また高齢者では、認知機能に不安が出てきたというのもあります。歩行などは問題がないけれど、物忘れがあって、医師の指導や薬の受け取り、会計等を本人に任せておくのは不安だという場合も、一人での通院が難しい状態といえます。

 そもそも「通院が難しい」というのは、本人の状態や家族の状況、周囲の環境などさまざまな要素が関係するため、こうでなければならないという厳密な規定があるわけではありません。要介護いくつ以上でないと、あるいは、医師の診断や紹介がないと、在宅医療を始められないということではないのです。
 高齢者本人やご家族が「病院へ行くのがしんどい」「これ以上、通院を続けられるのか心配だ」と感じたら、在宅医療を検討するときが来たのだと思ってください。

通院の回数や負担を減らしたい

 通院がまったくできないわけではないけれど、その回数や負担を減らせないかと考えはじめたときも、在宅医療を検討しましょう。
 高齢になると、複数の診療科で治療を受けている人が多くなります。心筋梗塞を経験したので循環器内科に定期的に通っていて、そのほかに膝も悪いので整形外科に行き、白内障があって眼下に、歯の治療では歯科に行くという具合です。通院だけで月に3、4回か、それ以上になることもあります。
 こうなると、身体の衰えてきた高齢者にとってはもちろんですが、家族が付き添う場合、家族にとっての負担も小さくはありません。
 仕事をしている人が月に3回も4回も仕事を休まなければならないとなると業務にも支障が生じるうえ、パート勤務の場合は休みが増えればそれだけ収入も減少します。

 こういうときは、「この診療科だけは、この病院のこの先生に診てもらいたい」というものを一部残して、それ以外を在宅医療に切り替えるということも可能です。
 在宅医療を導入することで、月4回だった通院回数が月1回で済むようになれば、高齢者、ご家族いずれの負担もぐんと少なくなります。
 実際に、在宅医療を導入しながら、一部の診療科については通院治療を続けている高齢者もたくさんいます。

急性期病院で治療を終え、施設入所を勧められた

 本書の読者のなかには、高齢のご家族が骨折や脳卒中の発作などを起こして現在も入院している、という人もいるでしょう。
 高齢者の場合、突然の入院をきっかけに要介護となることも珍しくありません。1、2ヶ月の入院でも、高齢者は心身の機能がガタッと低下してしまうことがよくあるからです。
 寝ている時間が長くなれば筋力も低下しますし、「また転ぶといけない」「発作が起きたら怖い」といった不安から体を動かすことが減ってしまう人や、入院生活によるストレスで認知機能が低下ししまう人も多くいます。
 そのため、入院前は一人で自立した生活を送っていた人でも。退院時には「元の一人暮らしに戻すのは難しい」と判断されて、主治医や病院のソーシャルワーカーに、介護施設などへの入所を勧められることがあります。こういう場合。ご家族は「医師も勧めているし、施設に行くしかないだろう」と考えてしまうがちです。

 しかし、その際には注意が必要です。
 急性期病院の医師やソーシャルワーカーと本人、家族で十分な話し合いが行われないために、施設入所となってしまうケースも少なくありません。急性期病院にいられず、自宅での生活も不安なら、施設しかないーーーそういう理由のみで勧めていることも多いのです。
 介護施設がすべて悪いわけではありませんが、介護のスキルや入居者の扱いは、各施設によって大きな差があるのが現実です。運悪く質の低い施設に入ってしまい。あっという間に寝たきりや認知症になってしまったという例も多いことを知っておいてください。
 もともと、退院後の療養生活を支えるのは。在宅医療の得意分野です。病院を退院したあとの生活が不安・・・・・・というときには、住んでいる地域で在宅医療が受け入れられないか調べてみましょう。

入院治療を続けるより、家で療養したいという希望がある

 心筋梗塞や脳卒中などの病気では、発症してからの経過が長くなれば、徐々に全身の状態が悪化してきて、入退院を繰り返すことが多くなります。
 がんの治療でも、病状が進行してくると、抗がん剤が効かなくなるなど治療の手立てがだんだんと限られてきます。高齢者の場合、体力的に手術や化学療法が行えないこともあります。
 こういう段階になると、患者さんの意識にも少しずつ変化が表れてきます。「もう治療は十分。これからは家で穏やかに過ごしたい」という感情が強くなってくるのです。時には「家に帰りたい」と訴える高齢の患者さんと、「もう少し頑張って治療を続けよう」とさとすご家族の間で葛藤が生まれることもあります。
 ご家族としては、病院で治療を受けてもらっていた安心、という気持ちが働くのだと思いますが、そういうときこそ在宅医療を検討しましょう。
 いつまでも病院でも治療にこだわり続けて、いよいよ意識が迫ったときに家に帰るというのでは。患者さんが住み慣れた自宅でくつろいで過ごしたり、家族や親しい人と穏やかな時間を持ったりすることが不可能になってしまいます。
 患者さん本人に「家で過ごしたい」という希望があるなら、思い切って在宅医療に挑戦してみてください。

将来、自宅で最期を迎えたいと考えている

 高齢者の介護をするご家族にとって、看取りの場所をどうするか、というのはなかなか難しい問題です。介護を始めたばかりであれば、看取りなんて縁起でもないしまだ考えられない、というのが正直な思いではないでしょうか。
 ただ、どんな人でも最期のときは必ずやって来ます。
 高齢者本人が「自宅で最期を迎えたい」と考えていて、ご家族もできるだけ本人の希望を尊重したいと思われるのであれば、早めに看取りに対応できる在宅医を探しておくことをお勧めします。在宅での療養を通して、在宅医療のスタッフとの間に信頼関係ができていれば、将来、いよいよ看取りというときも安心して見守ることができます。
 また、自宅で療養していて容態が急変したときの対応も、在宅医と話し合っておく必要があります。急変時に慌てて救急車を呼んでしまうと、搬送先では延命措置が行われます。その結果、「最期は自宅で」と考えていたにもかかわらず、意識がないまま人工呼吸器で生かされる、ということもあり得るのです。
 最近は、ただ命を長らえるだけの延命治療を望まないという人も多くなっています。できれば折を見て、最期をどこで過ごしたいかをご家族で話し合っておきましょう。

引用:
『1時間でわかる! 家族のための「在宅医療」読本』
著者:内田貞輔(医療法人社団貞栄会 理事長)
発売日:2017年11月2日
出版社:幻冬舎