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1時間でわかる! 家族のための「在宅医療」読本 はじめに

はじめに 

 近年、人口の4人に1人が65歳以上の高齢者という超高齢社会を迎え、日本では「 在宅医療」の重要性が高まっています。
 病院のベッド不足がますます深刻化しつつある一方、通院困難な高齢患者は今後急増する見通しです。何らかの疾病を抱える高齢者が通院困難になった場合に、自宅で病院と同じよう に治療を受けられる医療体制の確立が、喫緊の課題になっています。
 実際 に、在宅医療を行う診療所数は、2010 年には約30万件だったのが、2014年 には約65万件へと2倍以上に増加しました。さらに2025年には100万件に達するとの予測もあります。

 しかし、在宅専門医として勤務する私の実感では、 患者やその家族に在宅医療という言葉は浸透し始めているものの、利用についての正しい知識は十分に知れ渡っているとはいえません。

「どんな医療を受けられるのか不安」
「自分の家族が利用できるのかわから ない」
「家にいて、容体が急変したら怖い」
「どのくらい費用がかかるのか わからない」

 こうした不安や知識不足から外来通院に頼り続け、身体的・経済的に大きな負担となっている患者とその家族が少なくありません。

 例えば、通院の予約日に、身体に麻痺が残る親の身支度をし、手配しておいた介護タクシーに車椅子ごと乗せて出発する。やっとの思いで病院に着いても、 診察のために何時間も待たされたうえ、検査や診察を受けるために、車椅子 で院内を何カ所も回らされる。加えて通院にかかる費用も、往復の介護タクシー代だけで月に数万円に上る ─ ─。
 これでは体力の落ちた高齢の患者にとってもつらいでしょうし、通院に付き添う家族にとっても重い負担が続いて しまいます。在宅医療という選択肢があり、その受け皿も整ってきているにもかかわらず、無理に通院を続けてかえって身体を悪くしてしまったり、家族が負担に苦しんでいたりするケースは少なくありません。
 本来、このようなケースで真価を発揮するのが、在宅医療です。厚生労働省の定義では、在宅医療を利用できるのは「独力で通院が困難な人」となっています。ですから誰かに付き添ってもらわなければ通院できない人は、みな在宅医療の対象です。しかし残念なことに、利用できること自体が患者とその家族にはほとんど知られておらず、潜在的なニーズに対して実際の利用者が極めて少ないのが現状なのです。

 私は大学時代、リウマチ・膠原病を専門とするかたわら、在宅診療にもかかわってきました。リウマチというのは難治性の自己免疫疾患で、長い期間にわたって療養を続けなければならない病気です。そのため、病院で研修医として勤務していた時代から、リウマチのつらい症状をコントロールしてQOL(クオリティ・オブ・ライフ。生活の質)を保つために、退院後の患者の訪問診療なども積極的に手掛けてきました。
 そのなかで、患者の療養生活は「自宅」が中心であって、日々の生活の苦労や体調のちょっとした変化、不安などは、外来通院でのわずかな診療時間だけではとてもケアしきれないと痛感したのです。
 そして病院よりも、患者の生活に長く寄り添っていける「支える医療」に携わりたいという想いが強まり、2015年、静岡県に在宅医療支援診療所を開設。在宅専門医の資格を持った在宅医として24時間、265日、さまざまな状態の患者を支えていけるように診療体制を整備し、日常の診察から看取りまで、数多くの患者とその家族を実際にサポートしてきました。

静岡ホームクリニック

 在宅医療を始めた患者や家族の皆さんが口々にいうのは、「もっと早く在宅医療を始めていたらよかった」ということです。在宅医療を始めると、毎回の通院にかかっていた負担がなくなるうえに、入退院を繰り返すこともなく、生活がとても落ちつきます。何よりも「何かあれば医師が24時間、いつでも駆けつけてくれる」という安心感があれば、ほとんどの患者と家族は在宅で十分に療養を続けていけるのです。
 そこで、そもそも在宅医療とはどういうものなのか、在宅医療を始めるにはどんな手続きや準備をすればいいのか、実際の療養生活・介護生活はどのようなものになるのか、といった具体的な情報をわかりやすく伝えたいと考え、本書をまとめました。

 在宅医療は、決して皆さんが想像するほど利用が難しいものではありません。また病院で治療ができなくなったときの「最後の手段」でもありません。記念は介護保険制度が整備されており、日中、家族が仕事で不在の家庭でも、訪問介護などのサービスを活用して在宅医療を利用してもらえば、自宅でゆったりと療養生活を送れる例は多々あります。住み慣れた自宅に戻ると、それだけで病状が改善する高齢者も珍しくありません。

 今後、団塊の世代が75歳以上の後期高齢者になる2025年には、高齢者人口は3500万人に上ると推定されています。多くの家族が介護に向き合うようになるこれからの時代、在宅医療という選択肢の正しい知識を持っているか否かで、要介護の高齢者のQOLや家族の介護スタイルは、ずいぶん違うものになるはずです。本書をきっかけに「高齢社会の新しい医療の形=在宅医療」について理解してもらい、在宅医療を利用すべき人がもっと気軽に利用できるようになることが、私の願いです。

引用:
『1時間でわかる! 家族のための「在宅医療」読本』
著者:内田貞輔(医療法人社団貞栄会 理事長)
発売日:2017年11月2日
出版社:幻冬舎