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TEDxKeio High School Youth -Catalyst- Blog4 -Chris-

「カメラマンお願いできる?」

僕のTEDxKeio High School Youth実行委員としての長いようで短い旅はカメラマンとして始まりました。



「わきさんさ、3月くらいにカメラマンお願いできる?」
7月のある日のラクロス部朝練終わりに僕は友人にそう頼まれました。

「おう、全然いいよ」

この言葉が僕をここまで変えるとは思ってもみませんでした。


ここで簡単に自己紹介をしたいと思います。
慶應義塾高校出身、現在総合政策学部1年の脇村悠樹です。初めましての人は初めまして、そうでない人はどうも笑俺がこんなの書くなんてって笑ってると思います。

-ラクロス部引退

高校では3年間ラクロス部に所属していました。高3の4月22日、僕にとって大きな変化が訪れました。左鎖骨の骨折です。ちょうど自分史上最高調を塗り替え続けていた時期のことでした。手術を終えて退院した後も3ヶ月弱ほどは練習に参加できませんでした。その後公式戦のシーズン前に復帰したものの以前ほどの力は出せず、何よりも骨を折ったトラウマで自分の全力にストッパーがかかっていました。
そんな選手はチームに必要とされるはずもなく、公式戦での出場機会はほとんどありませんでした。引退試合ではチームメイトの怪我などもありいつもよりも出場時間は長かったものの、ほとんど成果を出せずに僕のラクロス部生活は幕を下ろしました。試合後の涙は支えてくれた家族と友達への感謝と、悔しさと寂しさと後悔の味がしました。

-TEDの仕事

11月に引退してから、本格的にTEDの仕事が始まりました。カレンダーを見返すと11月からいきなり質量が桁違いになってて自分でもびっくりします笑
TEDでは高い目的意識を持った人たちが主体性と協調性を持って全力で仕事をしていて、毎日が刺激に満ち溢れていて、とにかく仕事をするのが楽しかったです。今思うとこの時の僕の原動力はラクロスへの未練でした。全力を出そうと思ってもあの時の自分に追いつけない、そういう無力感があったからです。だからこそ全力で取り組めるTEDの仕事が僕の心の支えになりました。

そんなこんなで仕事ばっかりしてたら気づいたらどんどん仕事の量が増えてったわけです。代表の昌原曰く「この組織は仕事ができる人のところに仕事が集まってくるからね」だそうです。うまいことを言って調子乗らせるのがうまいですね。こんなこと言われたらもっと仕事頑張っちゃうわけで、気づけばTEDxKeio High School Youthに存在する3つのグループ全てに加入し、その中にあるチームを合計6個掛け持ち、2つのチームのリーダーになってました。

カメラマンとして写真撮るだけという昌原の言葉はどこへやらって感じですよね。でもとにかく楽しくて、ほぼ毎日4時間睡眠で3ヶ月働き続けても不満どころかその環境に感謝していました。


最後に伝えたいこと

とにかく何が言いたいかというと、このTEDxKeio High School Youthというイベント・組織は空っぽになった僕の心を埋めてくれたかけがえのない存在です。一緒に走ってくれたメンバー、先生方、支えてくれた家族、そしてこんな素晴らしいきっかけを与えてくれた代表の昌原に心からの感謝の言葉を送りたいと思います。本当にありがとうございました。そして、こんなにも感情に任せて書いた稚拙な文章を最後まで読んでくださったそこのあなたにも何かしらのきっかけを与えられたらと思います。

人生のどこかでまたお会いしましょう。

TEDxKeio High School Youth実行委員 Chris

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