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【小説】 スクープ・ストライプ  vol.10

「よくわかんないけれど、カップル成立? ていうかもともと全校生徒公認だと思うけれど。男子の冷やかしだって、つまりそういうことでしょ。ふたりのあいだに入り込めないから、外野から声をかけるんだよ。あ〜、こういう脚本書いたらいいのかな」
「なあに、メイちゃん。演劇部のためにわたしたちをダシにしようっていうの? そのために遊びに来てたの?」
 冬夕が上目遣いにメイのことをにらんで、指差す。
「いやいや、そんなことはないよ。ただ、新しい台本が煮詰まってる」
 露骨にあわてる谷メイ。本当はネタ探しにきていたな?
「煮詰まっているならいいじゃない」
 冬夕に指摘されてメイはぽかんとした顔をする。
「なんで、よくないよ。台本がさっぱり先に進まない」
 聞けば、秋の学園祭に向けてオリジナルの脚本を作っているらしい。政治的に正しくて新しいヒロイン像を描きたいらしい。
「それは行き詰まるだね。煮詰まっているならもう少しでできあがるってことだよ」
「さーすが、冬夕はあったまいいね!」
「そうやってごまかさない」
 指差すポーズをとっているけれど、メイの顔は焼けた肌でも分かるくらいに真っ赤だ。
「でも、わたしたちも行き詰まっているんだよね」
「へえ、めずらし。うまく作れない?」
「ううん、違うの。フィルグラのアカウントをとったのだけど、なかなか素敵な写真が撮れないんだよね」
 そう、わたしたちの目下の悩みは商品写真の撮影だった。わたしのママに頼めば、ライティングのしっかりした撮影セットを用意してもらえる。ただ、紅茶のコーディネート写真はカメラマンにお願いしているから、カメラなどの機材は任せっきり。
 そのうえ、わたしたちふたりには、どうも絵心みたいなのがないみたい。わたしはともかく、冬夕が写真を撮るのがへたくそだったのが意外だった。スマホで撮影してみるんだけれど、実物より数段見劣りしちゃって、がっかりするんだよね。
「え、それなら、ヒーコがいるじゃん」
「誰? ヒーコ」
「文系のB組。写真部の高階柊。あたし、友だちだから呼んでくるよ。待ってて」
 いうやいなや、家庭科室を飛び出してゆくメイ。
「友だち多いのな」
 静かになった家庭科室でわたしたちは、お互いの顔を見合わせる。
 そして見つめ合ったまま沈黙をする。ごくりと唾を飲み込む。意を決して切り出す。
「さっきの」
「うん」
「大学の」
「うん」
「がんばるよ」
「うん。わたしもがんばる」
「うん」
 窓の向こうを見る。音もなく人が走り、ゆっくりと雲が流れる。鳥の飛ぶ影が窓際に一瞬、よぎる。

***

「ヘイ! ウィンターズ、連れてきたぜい」
 メイが、じゃーん、と両手をきらきらさせて呼び込む。
「あ、こんにちは。高階柊です。スプスプのふたりに会えるんだ。嬉しい」
 あらわれるのは小柄な女子。あ、この子、夏休みの校舎でカメラを抱えてダッシュしていたの見たことある!
「柊ちゃん、て呼んでいい?」
「ヒーコでいいよ。スプスプのふたりはウィンターズって呼ばれているの?」
 わたしは、またか、と思いながら自己紹介をする。
「それ、メイしかそう呼ばないから。こちらが三角冬夕。わたしは松下雪綺。冬夕と雪綺でいいよ」
「冬夕ちゃんと雪綺ちゃんか。ほんとだ、ウィンターズ。ふたりはすごいよね。わたしもお小遣い貯めたらお願いしたいと思っているんだ。あ、そうだ、ブラじゃないんだけれど、手袋って作れる?」
「手袋?」
「あ、うん。わたしカメラを使うのね。結構、指とか日焼けしちゃうんだよね」
「いいじゃん、日焼け!」
「うーん。メイちゃんは似合ってるけどね。わたしはあんまり焼きたくないから。と言っても本格的にカメラと向かい合うようになったらそんなことも言っていられないとは思っているけれど」
「手袋、考えておくね。でも、今はちょっと難しいと思うの。ランジェリーのアイテムを揃えるのでいっぱいいっぱいなの」
 ああ、と困った顔をして両手を振る高階。
「ううん、いいのいいの。ちょっと思っただけだから。それよりも、」
 慌てながら、言葉を続ける。 
「ふたりがわたしにお願いがあるって聞いたんだけれど」
 冬夕がゆっくりとうなずいてこたえる。
「うん。あのね、わたしたち、フィルグラのアカウントを取ったのね。そこでブラを紹介してゆきたいんだ。
 スクープ・ストライプの公式アカウントだから、ブランドらしく素敵な写真を載せたいんだけれど、どうもわたしたち写真をうまく撮れなくて。それで写真の上手な人におねがいできないかな、と考えていたの」
 高階はあごに手を当てて考える仕草。
「そうか。うん、わたし、この夏休み中に写真の勉強をしたので、少しは上手に取れる自信はあるよ。でも、きっと大事なのは写真じゃなくてスタイリングだよね。モデルを使うのも必要なのかも、だけど、ブラだと結構気を使うよね」
「そうなの。そこも悩みどころなんだよね。医療用のブラに関しては、雪綺のママとわたしのママにお願いしようと思っているんだけれど、一般の方は、どうしようかな」
「それなんだけど、冬夕、」
 わたしは今日一日考えていたことを伝える。
「夏休み中に、それと、それまでにも結構いろんな種類のブラを作ったよね。友達のリクエストにもこたえた。
 でも、オンラインで展開するのにいちど初心に戻った方がいいとおもうんだ。
 ううん、これはわたしのわがままなのかもしれない。受験勉強というプレッシャーが大きくなったのが、たぶん理由のひとつではあるんだけれど。
 でも、いちど、医療用のブラだけに集中しない? 文化祭の展示も医療用ブラの変遷、みたいな展示にしたいと思っていたし、そうしたらモデルのこととかシンプルに考えることができるようになると思うんだけれど」
 冬夕も高階みたいに、あごに手をあてて考えこんでいる。
 自分の顔がみるみるこわばってゆくのがわかる。間違ったことをしゃべったかな? 冬夕の一挙手一投足がやたらと気になってしょうがない。
「うん、わかった」
 わかった?
「確かに医療用に集中したほうがいいかもしれない。SNSでのトラブルを避けるという意味でもいいかもしれない。女子高生がブラを作って販売するというのは、今の日本だと、結構リスクがあるように思うから。医療用に絞るなら無用なトラブルを避けることができるかもしれない。モデルをママたちだけに限定できるというのも大きいし」
 うん、とうなずいて冬夕は高階の方を向く。
「ヒーコちゃんにお願いしたいことが決まりました。
 あのね、わたしたち、医療用のブラ、平たく言うと乳がんで乳房を失った人のためにブラをつくっているのだけれど、それって、わたしたちのママのためなんだよね。まだ、ふたりに了承は取れていないのだけれど、彼女たちにモデルになってもらおうと思っている。
 それで、その写真を撮影してもらうことはできるかな?」
「……そうだね。人物撮影か。とても緊張するけれど、うん。いいよ。わたし、これからたくさんの人物を撮影して行きたいと願っているんだ」
「ありがとう。これはビジネスだから、ちゃんと報酬はお支払いします」
「……報酬。報酬か」
 高階が沈黙する。エアコンの音が低くうなっている。
 なんどか口をひらいてはつぐむ。静かに漏れる息が足元にたまってゆく。
「わたし、お金のことって苦手だな」
 眉を困らせて、高階が口を開く。
「わたしの方はまだ、仕事としては受けたくないみたい」
 そう、とつぶやき、冬夕はまた思案をはじめる。
「うーん、それなら現物支給はどう?」
「現物支給? それってブラのこと?」
「うん、もちろん」
 一瞬、高階の瞳がくるっとまたたくように閃く。
「あー、やば。それ、やばい。なんだかどきどきするね。スプスプのブラでしょう? めっちゃ自慢したくなっちゃうじゃん!」
「それじゃ、露出狂じゃん!」
「誰が見せるの! メイちゃん、発想がエロすぎ」
 じゃれあうふたりを見つめながら、わたしは、心の底に驚きがあるのを感じている。スプスプのブラ、もちろん自信を持ってつくっているけれど、そんなに特別?
 わたしは冬夕を見る。冬夕はわたしの視線に気づいてうなずく。
「自慢、できるよ」
 そう言って微笑む。
 そうか。そういう自信を持ってもいいのか。それならなおさら品質の高いものをつくらなくてはいけない。素敵なものをわたしはつくることができるだろうか。家族以外に届けても、それは、掛け値なしに素敵と言ってもらえるものになるだろうか。
「あ、いけない。ふたりにまだわたしの写真を見てもらってなかった。本当にわたしでいいのかな?」
 早速フィルグラで高階をフォローする。現れる彼女の写真にわたしたちは息をのむ。
「最高すぎる」
 ふわりと飛び立とうとしている蝶の写真。構図もさることながら、その色合いが独特だ。
「これ、ヒーコカラーだね」
「あ、嬉しい。わたし、とても色づくりにこだわっているから」
 写真は、完璧。あとはモデルを探さなくちゃ。

( Ⅲ. Shooting!  続く)

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