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神話の聖地巡礼 戸隠編

 本日のおすすめテーマは、みんなでつくる秋アルバム。秋は、気候が安定してきて、涼しく、空気も乾燥するため、おでかけにぴったりな季節です。
 今回は、紅葉の写真をお送りいたします。舞台は長野市戸隠。

戸隠

 長野駅からバスで70分。長野市北西部にある戸隠地区。2005年1月1日に長野市と合併した旧戸隠村。戸隠神社を中心に発展した街です。戸隠信仰の舞台で参拝客が集まります。

戸隠信仰

 海原の荒神スサノオの素行の悪さに怒った姉の太陽神アマテラスは、岩戸に隠れ、晴れなくなりました。このままでは農業に影響が出るなど、世の中も真っ暗になり、大混乱に陥ります。早くアマテラスを岩戸から出すため、知恵の神オモイカミなどの神々が会議をしました。そこで出た結論が、アマテラスを再び外へお連れするため、歌や踊りの祭りを開くこと。その主催者として選ばれたのが、踊りの神、アメノウズメ。アメノウズメの踊りがあまにりもダイナミックで、神々は大盛りあがり。その賑わいが気になり、アマテラスが少し顔を出したところを、手力雄命( たちからおのみこと) が岩戸を押し開き、アマテラスをお連れ出しました。その岩戸が下界に落ちてできたのが戸隠山という伝説があります。ちなみに、アマテラスが隠れていた岩戸は、宮崎県北部の高千穂町の岩戸神社にあります。高千穂についての記事はこちら。

 元々、古代人の山への信仰から発展した戸隠信仰。仏教の宗派の一つである天台密教のもと、神仏習合の顕光寺(現存せず)が創建されました。これにより、戸隠信仰は修験道と神道が合一体になり、山にこもって修行し、悟りを開く大道場として栄え、修験道を中心に江戸時代まで信仰が続きました。
 しかし、明治初年の神仏分離令により、神道か仏教かの選択を迫られ、神道を選択し、今に至ります。

戸隠神社

 戸隠山(標高1904m)のふもとにあり、奥社・中社・宝光社・九頭龍社・火之御子社の五社で構成。そのうち4社は、それぞれ神話にまつわる神々をまつっています。残りの一社は、地元の神をまつってます。詳細は、各社の紹介でお話しします。

奥社

御祭神 
天手力雄命(あめのたぢからおのみこと)

 アマテラスが岩戸に引きこもっていたとき、力で天の岩戸を開き、アマテラスを外に出した天手力雄命を戸隠山の麓にまつったことが始まり。
 戸隠神社の御本社。開運、心願成就、五穀豊熟、スポーツ必勝などの御御利益あり。
 参道は約2キロ、徒歩40分かけて、樹齢400年以上、天然記念物の杉並木の中を歩き、石段を駆け上がってようやく本堂が姿を現します。途中、萱葺きの赤い随神門があり、その先は天然記念物にも指定されている樹齢約400年を超える杉並木が続いています。

社殿に続く杉並木
随神門

中社

御祭神
天八意思兼命(あめのやごころおもいかねのみこと)

 アマテラスが岩戸に引きこもっていたとき、アマテラスを外に出すために踊りで興味をひきつけることを提案したのが、知恵の神オモイカネ。
 ご利益は学業成就・商売繁盛・開運・厄除・家内安全。
 境内には、樹齢700年〜800年の御神木である三本杉、社殿の天井に描かれた龍の天井図が壮大です。(2003年復元)
 戸隠神社の社務所があり、お守り、御朱印をいただくことができます。

宝光社

御祭神
天表春命(あめのうわはるのみこと)

 杉の古木の中、270余段の石段を登ると現れる社殿。神仏習合時代の面影を残します。
 中社祭神オモイカネの子孫をまつっており、開拓、学問技芸、裁縫の神、安産の神、女性や子供の守り神として御神徳があります。

九頭龍社

九頭龍大神(くずりゅうのおおかみ)

 水と豊作の地主神、九頭龍大神をまつっています。戸隠信仰の始まりの神社といわれ、生物にとって不可欠な水、繁栄に不可欠な農業であり、両者特別な信仰を集めています。水の神だけではなく、雨乞いの神、虫歯の神、縁結びの神として尊信されています。

火之御子社

ご祭神
天鈿女命(あめのうずめのみこと)
高皇産御霊命(たかみむすびのみこと)
栲幡千々姫命(たくはたちちひめのみこと)
天忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)

 岩戸の前で舞われたアメノウズメが主祭神、さらに三柱の神様を祀っています。
 神仏習合の時代も、火之御子社だけは神社として存在。戸隠神社太々神楽は、この神社に仕えていた社人によって古来より伝えられ現在に至っております。舞楽芸能の神、縁結びの神、火防の神として尊崇されております。
近年は参拝される方が多く、境内には樹齢500年を超える『夫婦の杉(二本杉)』と有名な西行桜があります。

戸隠そば

 長野県は、標高の高い山々に囲まれ、寒冷気候で日中の気温差も大きく、土地も痩せ気味で稲作が不向きな環境でした。米の代わりに盛んに栽培されていたのが蕎麦。そのため、県内各地でそれぞれ特徴をもった蕎麦が味わえます。その最高峰として君臨しているのが、「戸隠そば」。日本三大そばの一つに数えられています。

歴史

 平安時代、山岳修験者の携帯食としてそば粉が利用されました。当時は、お湯で練った団子状のそばがきを作って食べられていました。
 江戸時代になると、寛永寺から当時の戸隠山・顕光寺に蕎麦切りの技法が伝えられ、戸隠の参拝者へのおもてなし料理として広がりました。

特徴

 1口大に分けて1束つくり、それを5束並べたそばの盛り付け方。地元では、「ぼっち盛り」と呼ばれてます。これは戸隠神社5社の数に合わせており、神様へのお供え、参拝客へのおもてなしとして作られたためと言われています。
  戸隠そばのお店の情報は、下の記事へアクセスすると、分かります。2〜3時間も並ぶことのある戸隠一の人気店、「うずらや」など29店舗が掲載されています。

岩戸屋

 今回は、岩戸屋へ訪れました。中社から下って3分のところにあります。
 一口大、束ねられているため、食べやすいです。香りもコシもよい戸隠そば。シンプルなざるそばがおいしいです。

 長野市戸隠、10月下旬には葉が色づき、所々で紅葉が見られます。

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