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東京ネロ戦記⑦律子と倫太郎

「あなたは一体誰なの?」
椅子に座りなおして腰を据える。よし、ジタバタせずに現実に向き合うか。

「僕はメロ社のエンジニアで、青野倫太郎という者です。僕はもしかしたらとんでもないことをしてしまったかもしれない。
そのことであなたの命が危ないかもしれないと思ってコンタクトをとった。

僕のせいであなたが殺されたらちょっと立ち直れそうにないし。」

「説明して」

「今は説明している時間はない、PCをもって直ぐにそこから逃げるんだ。」

今説明している時間はない。

ヤバい、突っ込みたい。
ハリウッド映画か海外ドラマの見すぎじゃないの?とか思ったけどさすがに言えない。

「だめよ、これからお母さんがくるし、あなたをどう信じろというの。」

僕はカフェで歯噛みする。

「いいか、君のマンホールのアイコンが少し右にずれているだろ。それをずらしたのは僕だ。そして、そのことで、君に危険が迫っている。
僕にもまだ何が何だかわかってないんだ。

だけど、お願いだ。友達がそのことで先週殺されたかもしれないんだ。
きっと君のアイコンの裏に隠されたものがキーなんだ。」

そういわれて
私の中で、水曜日の出来事がフラッシュバックした。

「あなた、私がびしょ濡れになった理由がわかるの?」

「???ごめん、分からない、何の話か分からない。
でも君のPCが狙われていることは間違いない。
できればすぐに逃げてほしい、それか…」

「それか?」

「一度試してほしい、君のPCから君のアイコンをクリックできるか。」

「できるわ。」

え?今なんて?

「エラーはでてこないのか?」

「ええ。一度クリックしたことがあるの。そうしたら…
うまく言えないけど、多分ここじゃないところに飛ばされた。」

何だって?彼女のPCにはセキュリティがかかっていないのか。
これは何を示しているのか。

「そのあとは?」

「一瞬だけよ。次の瞬間この部屋に戻ってた。」

それを聞いて僕の頭の中である考えが閃いた。

「あのさ、それってシングルクリック?」

返答はなし。

「つまりさ、やっぱこういうときって、ダブルクリックじゃない?」

私はなんだかすごくどっと疲れた。
なんじゃそれ?

すると、再度家のインターホンが鳴った。
まあ、放っておいていいだろう。と思っていたら、廊下の向こうで、ガチャガチャと鍵を開ける音がした。

え?お母さん?じゃないことだけはその足音の重さで分かった。

誰かがこの部屋に迫っている。そしてメールのメンション音。
私はもうパニック寸前だ。

私は意を決して、アイコンをダブルクリックする。
私の中を何か光の塊が迫ってきて、おもわず目を瞑る。

「どうなった?君はまだ部屋にいるのか」

返答はなし。
5分待つ。
まだ返答はない。

僕はさらにXR内に戻り、さっき既に手に入れていた彼女の電話番号をゲットする。

僕のスマホから電話してみる。
呼び出し音が鳴る。

何回目かで彼女が出た。

「もしもし?僕です。青野です。」

えー!!聞こえない!
ってゆーか、ちょっと凄すぎ!!マジでマジで!

うっひゃー、イエーーーーイ!ヤッホー!

彼女がとにかく、めちゃくちゃ叫んでいるのが聞こえる。
そしてなんだ、この後ろの音。すごいうるさい。

「もしもし?黒瀬さん?聞こえる?」

全然応答がない。だが、後ろの音の正体がはっきりとしてきた。

海だ。波の音がする。彼女は今海にいる。

「ねえ!聞こえる?見える?ここ、沖ノ鳥島だよ!沖ノ鳥島の観測所の上に今私立ってる!!
めっちゃ風凄い!日差しヤバい、気持ち良すぎ!!」

僕は沖ノ鳥島という単語がすぐに映像として結びつかなくて、とりあえず画像検索とかしてみる。
そして、その位置を確認し、なぜこの女性は、すぐにそこが沖ノ鳥島だとわかったのだろう。また、こんな孤島にとばされてどうして喜んでいるんだろうと、疑問に思った。
僕なら、マジで無理かもしれない。だってどこにも行けないじゃないか。

「やばい、やばい、私の夢が叶ったんだけど。これは現実なの?まあ夢でもいいわもう。今、私は間違いなく沖ノ鳥島の観測所の上にいる。」

事実だけを整理しよう。

事実①彼女のアイコンの裏には、地球1個分のデータがあり、彼女は今その世界にいる。

事実②彼女は今沖の鳥島にいる

事実③彼女のPCにはラマサミーや僕がみた、高次権限を要求されるエラーが出なかった。

事実④①~③から、彼女のPCと沖ノ鳥島が繋がっている可能性がある。

事実⑤彼女は沖ノ鳥島にいるが、電話は通じている。

事実⑥僕は少しだけ彼女をなんとかそこから救ってあげたいと思っている。

事実⑦なぜなら彼女はこのままだとそこで餓死してしまうから

スマホのスピーカー越しに彼女がしばらく観測所の上を走り回って喜びを爆発させているのを待つ。僕は僕でこの歴史的な偉業の瞬間にコーヒーのお替りを注文する。

彼女の描写によると、マンホールの面積はコロッセオの闘技場くらい大きくて、日差しは沖縄くらい強く、あと十数分は飽きないとのことだ。

海上保安庁なのか、海上自衛隊なのか不明だが、しかるべき箇所に連絡を取って、どれくらいの時間で救助がくるのだろうか調べておく。

Googleのアンサー。
「東京都心から南へ約1,700㎞に位置し、船で片道約4日の距離です。」

うーん。今連絡してもギリ無理なんじゃないか。
と、考えていたら、彼女から切り出した。

「ねえ、青野さん。なんで私の名前知ってるの?」

「僕は今僕のPCから君のアカウントをモニターしている。そんなことぐらいわけないさ。」

「わたし。どうなるのかな。」

しばらく無言が続く。ただ風と波の音だけがAirPodsを通して聴こえる。

そして彼女のスレッドのアカウントを観察していた僕はあることに気付く。

「あれ?君のSNSの位置情報が、XR内になっている。」

呟いたつもりだが、彼女にもはっきりと聞こえていた。

「え!?それってつまりどういうこと!?」

「うん、そこはつまり、まだ仮想現実かもしれない。」


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