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【書評】 伊藤忠を支える「竹やり経営」

野地秩嘉『伊藤忠 財閥系を超えた最強商人』

読後感

  • 本書の半分は伊藤忠の歴史。現代も生き残る大企業の創業ストーリーは私の大好物ではあるものの、歴史書なども引用していたためところどころ冗長な印象だった。研究論文ではないのだから、もう少し噛み砕いて説明していただいても良かったのではないだろうか。

  • とはいえ学びの多い本だったことは否めない。特に現在の会長CEOである岡藤正広氏の華やかな昇進劇はしびれた。東京大学を卒業して伊藤忠に入ったものの、不遇の時代を経て営業に転身し成果を残す。商社パーソンではなくとも憧れの的になりそうだ。

  • 岡藤氏が社長時代、いかにして伊藤忠を「大きく」していったのかも興味深かった。無駄な書類や会議を減らしつつ、小さな事業を積み重ねて利益を創出するという、竹やりで突くような経営スタイルに惹かれた。華やかとは言えないが、大企業経営の一つのモデルになりうるケーススタディだろう。

Key Takeaways

岡藤正広、腐らずに耐える

  • 岡藤のすごさは認知力にあるのではないかと思う。東大の経済学部を卒業後、1974年に伊藤忠に入社。配属は大阪本社で、仕事は繊維部門の「受け渡し」。営業が取り付けてくる契約に基づき、綿糸の銘柄や数量、金額などを指図する仕事だ。

新人は、どこの部門でも受け渡しのようなバックオフィスの仕事を経験してから営業現場に出ていく。短くて1年、長くてもせいぜい2年といったところだ。しかし、岡藤は受け渡しを4年半やった。

P.199
  • お分かりいただけるだろうか。東大を出てバックオフィスで4年半。もともとは営業でバリバリ働きたくて商社に入ったのだから、普通の根性では早々に腐っていてもおかしくない。それを淡々とこなすだけではなく、受け渡しを卒業する際には先輩から「岡藤くんはほんと優秀や。優秀すぎる」と言わしめている。部内に不満を撒き散らすこともなかったのだ。

岡藤正広、シュンペーターの「新結合」を実践

  • たいそうな見出しをつけたが、本書にシュンペーターが登場するわけではない。岡藤の出世のきっかけになった出来事が、見事にシュンペーターが言うところの「新結合」に思えたのだ。

  • 繊維部門の営業をしていた岡藤は、伊藤忠が仕入れた生地見本を持ってアパレルを回っていたという。東京のデパートでスーツの展示会に顔を出していた時のこと。スーツを着る本人である男性は営業担当者と雑談に花を咲かせ、実際にスーツを見定めているのはその奥さんであることに気がついた。

それならフィンテックやハリソンズなどの英国製高級生地だけではなく、思い切って、サンローランとかエルメスとか、女性が好きなブランドの名前を付けたらええんやないか

P.204
  • 岡藤が実際にサンローランに頼み込み、生地に「サンローラン」のブランド名を付けてもらうまでのプロセスは本書に委ねるとして、ここで注目したいのは「新結合」だ。

  • 新結合にはさまざまな解釈があるようだが、ここでは最も単純に「既存の2つ以上のもの(A +B +C…)を組み合わせることで、新たなサービスや製品を生み出すこと」としておこう。

  • 岡藤はまさに新結合を実践した。スーツの生地に高級ブランドの名前を付けること(A)は何も新しいことではない。まして「サンローランとかエルメス」(B)は岡藤が生み出したブランドではなく、既存の有名ブランドだ。

  • 岡藤はスーツを品定めしているのが女性だということにいち早く気づき、生地にブランド名を付与すること(A)と、女性ブランド(B)を結合したことでイノベーションを生んだ。

岡藤正広の「竹やり経営」

  • 石油などの資源を輸入すれば電力会社にやすやすと売り捌ける財閥系の商社と比較して、伊藤忠はそうした「資源権益」がない分、非資源の領域で存在感を高めてきた。そんな伊藤忠を岡藤が分析した一説が以下の引用。

数千億円規模の利益を生み出し得る資源ビジネスの「大きな塊」はありませんが、確実にポイントを稼ぐ「竹やり」のような経営を行えば、たとえ一つひとつの商いを「コツコツ」と積み上げていくと共に、わずかな変化にも目を凝らし、きめ細かく方針を修正していくのです

P.152
  • 実はこれ、成熟期のスタートアップの経営にも似ている部分があるのではないか。社名を挙げることは控えるが、いわゆる「メガベンチャー」になり損ねたスタートアップは大規模なM&Aをする体力もなければ、自社で大手を振って新規事業を始めることもできない。

  • すると何が必要になるか。「確実にポイントを稼ぐ」べく、「わずかな変化にも目を凝らし」て商機を必死で探すのだ。

岡藤正広、賢くないから地道に「か・け・ふ」

  • 稼ぐ、削る、防ぐという岡藤の経営方針(理念?)はあまりに有名であるため、ここでは詳細を省く。興味深いのはこれが生まれた経緯だ。

  • 岡藤は社長就任が決まってから、総合商社の決算資料を眺めていたという。そこで気づいたのは、伊藤忠は粗利が高い一方で営業収益や純利益が低いということだった。以下、少し長くなるが引用する。

僕はあの時、気づいたことが今の伊藤忠を作ったと思う。僕はそんなに賢いわけでもないですし、経営の勉強をしたわけではありません。ただ、社長になることが決まり、焦って、どないしようと思った時、経費と特損の問題に気づいたわけです。これが「か・け・ふ」の元なんですよ…
選択と集中みたいな、カッコイイのがいっぱいあるでしょ。ところが、僕が言うたのは「か・け・ふ」。[最初は誰も言うことを聞かなくて]仕方ないから、少しずつ実行していったんです。

P .339-340

商社はカメレオン

  • 商社はカメレオンだな…「読後感」に書くべきことかもしれないが、こう強く感じた。ものを売るだけではなく、ものを運び、場合によってはものを「掘る」。そして商売の対象となるのは繊維であったり、石油であったり、コンビニで売るおにぎりだったりする。

商社の事業は時代や環境を反映したものとなる。戦前、戦後と商社の事業の中身が変わってきたのは、日本の産業構造が変化したこと、世界経済の状況に移り変わりがあったからだ。

P.334
  • 商社はカメレオン。時代の要請に合わせて色を変える。何でも屋だ。

See you next time…

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