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心の回復力:レジリエンスの変遷

 今回は、「回復力(レジリエンス)に関するお勉強」というテーマで書かせていただきました。

 TechDoctor のデータサイエンティストの杉尾です。
 どんな小さなことであれ、人は誰しも失敗や不幸を経験し、落ち込み、悔み、それでも前を向いて立ち上がり、生きています、という方が多いですよね。その人生の過程を一括りに表現することは難しいですが、その過程の一つにある立ち上がる際に必要な力を「回復力(レジリエンス)」というのかな、と私は思っています。
 その回復力(レジリエンス)に関して調べていくと、回復力とは言っても、「心肺機能強度としての回復力」と「こころの回復力(レジリエンス)」というものがあることがわかりました。
 今回は「心の回復力(レジリエンス)」に関して、noteとして書き留めさせていただきました。よろしければどうぞご一読ください。

 あと、冒頭に失礼いたします。弊社へのお問い合わせはコチラになります。「こんなことはできないか?」、「こういうサービスまたは研究をしたいんだけどサポートしてくれないか?」など、何なりとお申し付けください。

1. 「レジリエンス」とは何か

 ここ最近、メディアでもレジリエンス(Resilience)という言葉を見たり聞いたりするようになった方も多いと思います。今のところ、一意となる解釈はないようですが、大凡のところ「回復力・抵抗力」と説明している書籍やメディアが多いようです。例えば、

①"the ability to bounce back or cope successfully despite substantial adversity"
→重大な逆境にも関わらず、跳ね返す、またはうまく対処する能力

Resilience in the Face of Adversity, Protective Factors and Resilience to Psychiatric Disorder.[1]

②"The Ability to recover quickly from illness, change, or misfortune; buoyancy"
→病気や変化または不幸から素早く回復する能力、または浮力

The American Heritage College Dictionary(1995)[1]

と述べられていたりします。東京パラリンピックの選手の特集で、「あなたのそのレジリエンスを支えるものはなんですか」という質問があったのを覚えています。それは①に近い文脈で定義された言葉を使っていたのでしょうね。

2. 精神医学におけるレジリエンス

 さて、レジリエンスという言葉は、以前から心理学分野ではよく使われていたようで、精神医学分野でもこの用語・概念が注目されています。一般的に精神医学等の分野では、例えば、ある人々(集団)に対する共通のストレスや外傷体験があった場合、その集団の中で心的外傷を負う人もいれば、そうでない人も存在することがあります。そして、その過程の中で、「なせこの人は心的外傷を負ったのか」という観点から分析・研究が行われることが多いようです。[1]
 しかし、昨今の精神医学におけるレジリエンスの概念は、そのように発症の原因に着目するのではなく、同じような外傷体験を持ちながら、心的外傷を負わなかった人々に対して、「なぜ心的外傷を負わなかったのか(抵抗できたのか、回復できたのか)」と着目し分析していくようです。[1]

 次に、レジリエンスがどのように研究されてきたのかを簡単に整理しました。

【1970年代】

 レジリエンスが社会的に検討された始めたのは、Freud, A.(アンナ・フロイト)が第二次世界大戦後の孤児収容所において、多くの子供の心身の発達に何らかの障害があらわれている一方で、重い障害を持たない子には一定の特徴があることを報告したことから始まったと言われています。これを皮切りに研究の対象は、逆境から成長する・回復する個人を支援する因子や特徴に焦点が向けられました。これらは、intrapersonal facorsとenvironmental factorsと言われています。(表1、表2)[1]

表1 intrapersonal factors[1]
表2 environmental factors[1]

【1980年代】

 1980年代になって、上記の要因に加え、精神疾患に対する防御因子と抵抗力を意味する概念も導入され、研究されていきました。[1]

表3 防御因子[1]

【1990年代】

 1990年代になると、社会情勢な背景の変化も相まってか、レジリアンスの概念に逆境だけではなく、生活上のストレッサーが含まれるようになりました。
 さらに、レジリエンスは個人の固定的特性と考えるのか、また個人によって異なるものなのか、また成長過程で変化するものなのか、に関する議論が始まっています。ここでの結論は、レジリエンスが高い人には特徴が見られるといった研究結果が出ているため、同質的というよりは異質的なものであると考えられます。

【2000年以降】

 2000年代になってから、うつ病をはじめとするその他の精神疾患を対象としたレジリアンスに関して研究し始められました。
 また、脳画像や神経伝達物質・ホルモンなどを扱った生物学的な研究も始まり、新しいアプローチでの研究が活発に行われています。

3. レジリアンスの評価

 このような概念の整理と並行して、評価尺度の開発も進んでいきました。現在使われている尺度は、例えば、

  • Connor-Davidson Resilience Scale

  • Resilience Scale

  • Adolescent Resilience Scale(ARS)

  • Resilience Checklist

  • Bidimensional Resilience Scale(BRS)

  • Temperament Character Inventory(TCI)

などがあります。このように多様な尺度が存在するので、これらに関しては、別の記事で具体的に整理したいと思います。

4. レジリエンスの構造モデル

 研究の結果、我々がどのようにレジリエンスを発動されることになるのか、つまりその構造が整理された研究があります[2]。その研究では、特に精神障害者を対象として分析と考察が行われたため、「精神障害者の〜」となっていますが、健常者においても同様な構造でレジリエンスが発動しているように感じます。

 レジリエンスは、病気の発症とそれに伴う不安や恐怖などの「重篤なストレス」、あるいは個人にとって深刻な逆境となる【健康上の不利】という局面において発動します。
 この時、【個人に内在する力の発動】を中核として、全ての人がもつ【回復を支える個人的要素】と支援者の姿勢を含む【多側面からのエンパワー】との間に相互作用が発生し、状況を克服するための力を奮い立たせます。
 その結果、病気の予防と悪化の防止などの【自己コントロール感の再獲得】や地域社会との再結合などの【社会への再適用】、そして自らの人生に肯定的な意味づけを行う【人間的な成長】をもたらすと考えられました。
 このようにレジリエンスは、自己と他者さらには環境の力を結集して、逆境の中で一度は低下させた力を再び発動させるという特徴があると考えられました。このことから、レジリエンスは、「重篤なストレスや健康上の不利を抱える個人が、個人に内在する力の発動、回復を支える個人的要素、多側面からのエンパワーとの間で相互作用し発生させる力によって、再び社会に適応し人間的に成長する過程」と定義されています。[2]
 図解すると図2のようなものになるようです。

図2 精神障害者のレジリエンス概念モデル[2]

異質性(個人差があること)を捉える

 これからの研究やサービスができることは、上記のような概念整理された因子によって構造化されたモデルをベースに、個々人によって異なるレジリエンスの強さ、またはストレスが及ぼす影響度をデータによって解析的に捕捉し、個々人のレジリエンスなどを正確に測ることができる技術とそれをベースに最適な回復支援を実行できるような仕組み・環境を作ることが、重要なのかな、と思いました。

3. 今後の記事に関して

 次回以降は、「心の回復力(レジリエンス)の評価尺度」について整理したいと思います。

 今後も、継続的にこの領域に関してキャッチアップした上で、発信をしていきたいと思います。ご興味を持っていただけたならば、「スキ」していただけると中の人が喜びます。

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参考文献

[1] 田 亮介, 田辺 英, 渡邊 衝一郎, "精神医学におけるレジリエンス概念の歴史", 精神経誌, 2008, 110巻9号
[2] Sachiko Ohira, Mitsunobu Matsuda, Ayumi Kohno, "A Concept Analysis of Resilience in Patients with Mental Illness", 日本看護科学会誌 J. Jpn. Acad. Nurs. Sci., Vol. 40, pp. 100–105, 2020 DOI: 10.5630/jans.40.100

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