見出し画像

ウェアラブルデバイス x 「糖尿病予防」の研究を斜め読み

 閲覧ありがとうございます。データサイエンティストの杉尾です。主にデジタルバイオマーカーの開発プラットフォームである(SelfBase)の機能開発や、そこで収集されたデータの解析を担当しております。

 今回は、生活習慣病のうち「糖尿病」の予防に着目し、ウェアラブルデバイスを活用した研究事例を整理させていただきたいと思います。これから研究や実証実験を進めていきたいと考えていらっしゃる方々の情報収集の助けになればと思います。


1. はじめに

 本記事を読む前に、少しだけ用語の定義と認識を揃えさせて下さい。
本記事ではわかりやすさのため、以下のように用語を定義しています。

  • 腕時計型ウェアラブルデバイス

    • Fitbit や Apple Watch のような腕に装着するコンピューターデバイスをこのように呼称しています。

    • 特徴としては、非侵襲的性(生体を傷つけない性質)があります。時計をつけても、身体に傷などはつかないですよね。

  • ウェアラブルデバイス

    • その他装着型コンピュータデバイスをこのように呼称しています。

    • 特に今回の記事では、CGM(Continuous Glucose Monitor, 連続血糖モニター)のことを指す場合が多いです。

  • CGM(Continuous Glucose Monitor, 連続血糖モニター)

    • 皮下に針状の細いセンサーを刺し、皮下の間質液中の糖濃度(間質グルコース値)を持続的に測定する医療機器です。1日の血糖変動を観測することができます。

    • 国内では、FreeStyleリブレが有名です。

FreeStyleリブレフラッシュグルコースモニタリングシステム [1]

2. 糖尿病とは

 糖尿病は、国立国際医療研究センターによると、

インスリン※1が十分に働かないために、血液中を流れるブドウ糖という糖(血糖)が増えてしまう病気です。

[2]より

とされています。さらに血糖値を高いままで何年間も放置すると、血管が傷つき、将来的に心臓病や、失明、腎不全、足の切断といった、より重い病気につながることがあります。この合併症も糖尿病の怖いところです。糖尿病患者数は厚生労働省の「平成28年国民健康・栄養調査結果の概要」[3]によると約1千万人に達しており、増加傾向が続いているようです。糖尿病の病型には1型糖尿病・2型糖尿病・ その他があり、それぞれについて遺伝的要因と環境要因とが発症に関与しています[4]。

※1:インスリンは膵臓から出るホルモンであり、血糖を一定の範囲におさめる働きを担っています。

3. 研究事例

 では、その糖尿病に関する研究事例を2つ取り上げ、内容に関して言及したいと思います。

事例1:
糖尿病の管理のためのウェアラブルデバイスの利用方法に関する研究事例[5]

背景/目的
 この研究は、糖尿病管理におけるウェアラブルデバイスであるCGM(Continuous Glucose Monitor, 連続血糖モニター)データのモニタリング方法を改善することを目的としています。適切なモニタリングを行うことで、糖尿病の予防につなげることができます。CGMのモニタリングでは、不安定な血糖レベル、頻繁な高血糖や低血糖の発生、血糖値の急激な変動などが発生することは望ましくないパターンと考えられています。

何をしたのか
 この論文では、それらを長期間のCGMデータから発見するための「GlucoMine」というアルゴリズムを開発されました。54人の糖尿病患者のデータを分析し、従来の短期間のデータでは見落とされがちな良くない傾向のパターンの特定しました。データは、平均して約3~6ヶ月のデータで、比較的長期間のデータを利用しました(図1)。

図1. CGMデータの時間軸での可視化例

 「GlucoMine」アルゴリズムは、長期間のCGMデータを分析し、糖尿病管理に関連する隠れたパターンを特定するためのアルゴリズムです。詳細は読み易さのために割愛しますが、下記のような計算過程によりCGMデータを加工し、CGMの悪い発生傾向を特定するアルゴリズムとなっています(図2)。

図2. GlucoMine アルゴリズム

結果

  • 糖尿病管理における悪性のパターンを見つけることに成功しました。

    • 短期的なデータの利用では困難でしたが、長期的なCGMデータの利用によりそれが可能になりました。

    • 研究に参加してくださった糖尿病患者の長期間のCGMデータ分析による、その96%に共通する悪性のパターンの特定をすることができました。

  • アンケートで調査した結果、医師の89%がCGMデータの長期間分析から不良な血糖事象のパターンを抽出するアルゴリズムに利点があるポジティブな回答が得られました。

  • CGMデータの長期間モニタリングにおいて一定の価値を示すことができることが確認できたという内容の論文でした。

コメントなど

  • 今回は1型糖尿病患者を対象としており、今後はより多くの患者や異なるタイプの糖尿病患者に関するデータを含めることで、結果の一般化とアルゴリズムの適用性を高める必要性があると書かれています。

  • 我々としては、CGMデータのみではなく、腕時計型ウェアラブルデバイスから取得できる心拍数や歩数や睡眠を組み合わせることで、より詳細な分析が可能だなと感じております。弊社でもFreeStyleリブレを利用したCGMデータの分析を進めており、実験設計含め、取り扱いが可能です。興味があればご連絡下さい。

事例2:
イスラエルの「800人・5435日・46,898食・150万回分の血糖値」のデータを活用した糖尿病の管理に関する大規模研究[6]

背景/目的
 この論文の背景課題は、食事による血糖値の反応(Postprandial Glycemic Response, PPGR)に対する従来の管理方法である「炭水化物カウンティング※2」では十分に糖尿病を管理できないという観点です。

何をしたのか

  • イスラエルの大きな病院で実施された実験です。

  • 被験者は800人の健康な18歳から70歳までの個人で、5435日間のデータ収集が実施されました。

  • 収集したデータは以下です。

    • CGMデータ:5435日間にわたり150万回以上の血糖測定データ。

    • 活動のリアルタイム記録:食事摂取、運動、睡眠などの日常活動を、スマートフォンに適応したウェブサイトを使って記録されたデータ。

    • 食事内容の記録:各食事のカロリーのデータ。イスラエル保健省のデータベースに基づく6401種類の食品のデータベースを利用しました。

結果

  • 食事に対する血糖応答(PPGR)の個人差があることがわかりました。

    • 同じ食事を摂取したとしても個人によってPPGRに高い変動性があることが明らかになりました。

  • 個人に合わせた食事介入の有効性が示唆されました。

    • 機械学習アルゴリズムによる個人に合わせた食事介入が、PPGRを改善するかどうかの検証が実施されました。

    • 26人の新たな参加者を対象に二群のランダム化比較試験が実施されました。

    • 機械学習モデルの精度は、800人の被験者コホートでR(相関係数) = 0.68、検証用の100人のコホートでR = 0.70となりました。

    • この結果は、従来の炭水化物カウンティング(R = 0.38)と比較して、アルゴリズムが個人化されたPPGRの予測が高い精度を持つことを示しています。

    • 食事介入の評価は、実際の介入によるPPGRと予測されたPPGRの比較は、iAUC(食後血糖応答の増分面積下曲線)という指標を用いて行われました。こちらも介入に対する良い結果が得られ、個人に合わせた食事介入の有効性が示されました。

図3. 研究概要図
図4. 血糖値データとPPGRの可視化例

コメントなど
 この研究結果は、利用されたデータの規模からなかなか真似のできないものです。一方で、比較的簡単に装着可能な腕時計型ウェアラブルデバイスデータの活用が乏しいことに我々としては関心が向きました。個人の活動量や睡眠は、スマートフォン操作による自己申告のため、それらが腕時計型ウェアラブルデバイスなどから収集された客観性が高いデータになれば、より品質の高い機械学習モデルや介入施策フレームワークの検討結果が得られたかもしれません。現在は以前よりも安価で高性能なデバイスを用意することが可能になっているため、後続の研究を実施したいものです。

※2:炭水化物カウンティングとは、特に糖尿病の管理において用いられる栄養療法の一つです。この方法を用いることで、食事に含まれる炭水化物の総量に対して、食後の血糖値の上昇量が想定することができます。それにより、糖尿病患者は健康的に食事を摂ることができます。

4. 最後に

 糖尿病という疾患は、腕時計型ウェアラブルデバイス及びデジタルバイオマーカーと相性が良いのではないかと考えています。1つは、生活習慣が関連する疾患であることから、日々の心拍・活動量データと親和性が高いことです。特に2型糖尿病は生活習慣が大きく関係することから、腕時計型ウェアラブルデバイスなどを通して、日々のデータを収集し、それらを活用することは非常に有意義な可能性があるのではないかと思っています。
 次に、血糖値という確かな既存バイオマーカーが存在する一方で、[6]の論文で示されてたようにその指標だけでは十分な性能ではない可能性も見えてきていることです。血糖値の取得は、侵襲的な観点から負荷が高いです。つまり、非侵襲的で既存バイオマーカーの補助的な役割を果たす、非侵襲的な指標のデジタルバイオマーカーの価値は高いと思います。

 腕時計型ウェアラブルデバイスを活用した糖尿病に関する研究は想定よりも多くはありませんでした。それはCGMデータが存在するが故かとも思います。ただ、そのデータの収集は負荷が高く、健常者の方々が簡単に利用できるものではないはずです(細針を刺す必要があるので、私もちょっと怖い…)。だからこそ、糖尿病患者・健常者のどちらにも比較的容易に適用できるの非侵襲的な腕時計型ウェアラブルデバイスをフルに活用した糖尿病の新たなデジタルバイオマーカーの存在が必要だと感じています。

 弊社では、多くの腕時計型ウェアラブルデバイス・医療機器を扱い、データの取得・分析を実施しています。例えば、FreeStyleリブレを代表とする血糖値(グルコース値)測定デバイスと腕時計型ウェアラブルデバイスとのバリデーション試験など、統計的にデータを比較検証するなどの研究を独自で進めています。さらには、臨床試験のデジタル化、バイオマーカーの開発、必要なデータの収集・分析基盤などもご用意しております。少しでもご興味を持っていただいた方は、お気軽にご連絡ください。

参考論文

[1] FreeStyleリブレ商品説明, https://www.myfreestyle.jp/hcp/products/freestyle-libre/overview.html, accessed 2023/12/14
[2] 糖尿病とは, 国立国際医療研究センター 糖尿病情報センター, https://dmic.ncgm.go.jp/general/about-dm/010/010/01.html, accessed 2023/12/12
[3] 平成28年国民健康・栄養調査結果の概要, 厚生労働省, https://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-10904750-Kenkoukyoku-Gantaisakukenkouzoushinka/kekkagaiyou_7.pdf, accessed 2023/12/12
[4] 小林邦久. 2021. “生活習慣病の予防と治療 糖尿病.” 臨牀と研究 98 (10): 1172–76.
[5] Bartolome, Abigail, Sahaj Shah, and Temiloluwa Prioleau. 2021. “GlucoMine: A Case for Improving the Use of Wearable Device Data in Diabetes Management.” Proc. ACM Interact. Mob. Wearable Ubiquitous Technol., 90, 5 (3): 1–24.
[6] Zeevi, David, Tal Korem, Niv Zmora, David Israeli, Daphna Rothschild, Adina Weinberger, Orly Ben-Yacov, et al. 2015. “Personalized Nutrition by Prediction of Glycemic Responses.” Cell 163 (5): 1079–94.

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?