#3-3 定性的プロダクト指標と定量的プロダクト指標の考え方 | マーケティングアナトミー™
※2/23 #3-4の公開とともに、バスモデルの説明を引っ越しました。
こんにちは。BOXの阿部です。
すでに5回目を迎えたマーケティングアナトミー™連載、じわじわとビュー数が伸びており、少しほっとしています。こんなキラキラしていない地味オブ地味なマーケティング連載を見てくださっている方がいて、地味に嬉しいです。
さて、直近の#3-1と#3-2ではマーケティングアナトミー™の6要素のうち、マーケティング計画についてお話してきました。#3-1では、浸透率を分解すると配架率などのフィジカル指標と認知率などのメンタル指標を捉えられることを説明し、#3-2ではそれらを逆算して、コミュニケーション計画上必要な認知率や店頭購入率などを求めるアプローチを解説してきました。
#3-3となる今回は、#3-1と#3-2で詳説してこなかったプロダクト指標について噛み砕いて行きたいと思います。
1. マーケティングアナトミー™的、プロダクト指標の考え方
さっそくですが、マーケティングアナトミー™ではプロダクト指標を定性的プロダクト指標と定量的プロダクト指標にわけて捉え、直接は数値化できないプロダクト力を定性的に捉えつつ、いっぽうで売上への貢献力もある程度定量化していく両面的なアプローチを採ります。なお、ここでいうプロダクトとはサービス等、無形のプロダクトも含みます。
「カッコいい」「使いやすい」「なんか居心地良かった」といったプロダクトの定性的な良し悪しと、プロダクト力がもたらす新規顧客の増減や既存顧客のリピートといったプロダクトの定量的な貢献度をつなげて考える、マーケティングアナトミー™ならではの統合的なスタンスです。
マーケティングアナトミー™が考えるプロダクト指標の概念を、下記の図2に示しました。定性的プロダクト指標は数値化が難しい要素ですが、これらが総合力として、売上につながる数値的指標である定量的プロダクト指標に寄与していくイメージをまずは持っていただければと思います。
2. 定性的プロダクト指標
さっそく、まずは定性的プロダクト指標の要素をみてみましょう。定性的プロダクト指標は、おおむね下記の図3に示す3つの要素にわけて考えられます。
それぞれに強いブランドの例は後述しますが、まずは3つの要素について簡単に説明します。
①エクスペリエンス
1つめは、エクスペリエンスです。エクスペリエンスは物理的および非物理的なUX(ユーザーエクスペリエンス)やUI(ユーザーインターフェイス)、デザイン、顧客が受ける接客やカスタマーサービス、パッケージなどが含まれます。
古くはいわゆる「情緒価値」と言われていたような、どこかわくわくするような仕掛けや経験をもたらす要素をイメージしてください。
②パフォーマンス
2つめは、パフォーマンスです。これは情緒価値に対して古くは「物性価値」と言われていた、純粋な製品としての性能や問題解決力の要素です。例えばアパレルであれば伸縮性や保温性、耐久性などがこれに当たります。ソフトウェアの場合は備えている機能がこれに当たりますが、例えば動作俊敏性のようにパフォーマンスとエクスペリエンスの双方に当てはまる要素もゼロではありません。とはいえ、ひとまずは「えいや」っと分類して考えておくと、後々の改善ポイントや訴求ポイントが明確になります。
ちなみにぼくは、日本のメーカーがスマートフォンの市場で世界的なプレゼンスを失った理由はこのパフォーマンスに意識が傾きすぎたためと思っています。どんなにカメラの画素数が高かろうと、先進的な(ほとんど使わない)機能がついていようと、ユーザーはソフトウェア、つまりエクスペリエンスに同等かそれ以上の価値を求めていた。機能の差別化はほどほどにして、OSの使いやすさや操作感、躯体の洗練されたデザイン、箱を開ける瞬間のドキドキ感といったエクスペリエンスにリソースを投資出来なかったことが、衰退の大きな原因と考えています。長らくパフォーマンスに重きを置いてきた日本のものづくりが大いに学べる体験だったと思います。
また、ぼくは1回目の大学院で建築学を修めたのですが、印象的な言説のひとつにポストモダニズム勢によって1970年代後半に唱えられた「機能は終わった」というものがありました。20世紀は機能が中心の時代でしたが、21世紀はパフォーマンスの重要性は落ちなくとも、まさにエクスペリエンスがコア価値にきている時代でもあるように思います。
③プライス
3つめはプライス=価格です。価格を1%上げる(下げる)ことによる売上の減少(増加)率を価格弾力性と呼びますが、ある文献によれば価格弾力性は広告による弾力性よりも20倍以上あるそうです。それくらい、ビジネスにおける価格のインパクトは大変重要で、コンサルティングの世界でも変動価格などを扱うプライシング専門のチームや会社があるほどです。
多くのビジネスは営業利益率が5%〜20%程度です。これはつまり、例えば営業利益率5%の会社が5%値引きすると営業利益がすべて吹っ飛び、逆に5%値上げすると営業利益が2倍になることを示しています。
ブランドの観点からも、上記の利益の観点からも、エクスペリエンスやパフォーマンスと合わせて総合的に価格の検討を行うことが重要です。繰り返しになりますが、この3つが定性的プロダクト指標を構成し、後述する新規顧客の獲得力や既存顧客のリピート率といった定量的プロダクト指標に総合力としてあらわれてきます。
ぼくはプライシングの専門家ではないので緻密な調査を通じたプライシングを行ったことはありませんが、競合商品と自社商品を一同に並べて、生活者の立場からパッケージやUX/UI、細かな気配りを一通り追体験してみるだけでも、自社のプロダクトがいくらだったら選んでもらえるか、おおよそ見えてきます。街やお店をぐるぐる回って、売れているブランドの価格を、エクスペリエンスやパフォーマンスとあわせて見てみるのもとてもよいと思います。
また、コンサルティングの経験でも自分の事業の経験でも、価格を高く設定して後悔したことはありませんが、安く設定して後悔したことは何度かあります。価格とは、そういうものかもしれません。
定性的プロダクト指標の比重はさまざま
少しだけ、定性的プロダクト指標についてよりイメージを持っていただくために、いくつかの例で具体的に説明しておきたいと思います。
例えば、どこか1つが秀でているブランドはどれでしょうか。
ぼくがパッと思いつくのは、エクスペリエンスに秀でたスターバックスです。素人からすると、コーヒーとしての品質や味(=パフォーマンス)は他のカフェとそこまで違いはなく、プライスはむしろ他よりもずっと高い。しかし店内の居心地や清潔感、スタッフの接客、季節のグラフィックが入ったカップ、フラペチーノのかわいさ、などのエクスペリエンスにおいて秀でており、カフェという業態ともマッチして、定性的プロダクト指標の総合力が高いなぁ、といつも感心させられています。もちろん、フィジカル指標やメンタル指標もとても優れています。
対して、複数の定性的プロダクト指標に強みを持っているブランドはより多くあります。
例えば、ダイソンはエクスペリエンス×パフォーマンスの好例でしょう。デザインやストーリーはもちろん、ぼくは坊主頭なので縁がないのですが、聞くところによれば掃除機だけでなくドライヤーも相当性能がいいらしいですね。
ユニクロはプライスに秀でた好例でしたが、近年はクリストフ・ルメールなど世界トップクラスのデザイナーやクリエイターらを中に招聘している上、先進的な素材の開発や調達も続けていますし、2016年頃から表面化してきた(構想を含めると10年以上前から動いているはずです)デジタル投資への成果も相まって、パフォーマンスやエクスペリエンスでもアパレルの中では突出していると感じます。
みなさんもご自身が関わっているビジネスやブランドについて、フィジカル指標やメンタル指標を考慮せずに、純粋にこの3つの定性的プロダクト指標だけでどれだけプロダクト力があるか、ぜひ考えてみてください。良い面も悪い面も、面白い発見が見えてくるはずです。
そうして、この定性的プロダクト指標の整理をある程度進めておくと、マーケティングアナトミー™の右側にあるバリュープロポジションやWhat to Sayの整理が大変スムーズになります。①エクスペリエンス②パフォーマンス③プライスのうち、何が他社にない提供価値であり、何をコミュニケーションやクリエイティブで描いていくべきかを考えるステップで、事前に整理されているとクリアな論点を与えてくれます。
3. 定量的プロダクト指標
しかし、上記した3つの定性的プロダクト指標のうち、どれがどのくらい数値として売上に貢献しているのか、という直接的な定量化は難しいのが現実です。回帰的に分析できなくもないですが、安定したデータが入手困難であったり、プロダクト指標以外の影響も出てくるため、あまり頼りにならないのが実情です。
しかし、定性的プロダクト指標が総合的に発露した結果として、ある程度は定量的にプロダクト力を捉えることが出来ます。それがマーケティングアナトミー™でいう、定量的プロダクト指標です。
マーケティングアナトミー™における定量的プロダクト指標は、下の図4に示す2つのドライバー、①推奨率と②次回購入意向率のどちらかまたは両方で把握することをおすすめしています。実はこの2つ以外にも、プロダクト力はメンタル指標である認知関心率(知ってもらったら関心を持ってもらえる割合)にも影響してきますが、メンタル指標の話をここで混ぜるとややこしいので、今はこの2つにだけ説明を絞ります。
推奨率と次回購入意向率について、それぞれ説明します。
①推奨率:新規顧客に影響
推奨率は、既存顧客によるそのブランドや商品に対する推奨の強さをあらわし、どれだけ新しい顧客を生むプロダクト力があるかを示します。推奨が強ければ強いほど既存顧客の影響によって新規顧客が生み出され、逆にネガティブな影響が強ければ新規顧客は生み出されません。後者の場合は後述する既存顧客の次回購入意向率も低く、顧客数は減少の道をたどります。
イメージしやすいのは、感染症の感染率です。実は、最もシンプルなマーケティングの普及予測モデルにおける人から人への伝播と、最もシンプルな感染症の感染拡大予測モデルにおける人から人への感染は、全く同じ数式で表現されます。前者はバスモデルや拡張バスモデル、後者はSIRモデルという予測モデルです。ネットにもたくさんの解説がありますので、興味のある方はぜひ調べてみてください。
前者のバスモデルを用いると、推奨率を実際の売上や客数のデータから解析的に求めることができます。ほかに、プラスかマイナスかだけならばアンケート調査からも占うことができます。しかし、経験上実務では「既存顧客の影響で新規顧客が増えているか(減っているか)」という感覚だけで十分です。顧客によるSNSの投稿をみたり、店頭の声を聞いたりするだけでもかなり手がかりになります。既存顧客の影響による新規顧客の増減とそのペースの緩急の「感覚」を持てるかどうかが、商売上の肝になってきます。机上の数字に溺れず、前線の感覚を持つことが大切です。
ちなみに、マーケティングの神と言われるコトラー(とはいえ、彼は実務家ではありません)が最近マーケティング4.0とやらで提唱している5Aカスタマージャーニーでも、購入行動(Act)の次に続く最後の指標として奨励(Advocate)がおかれています。購入後の顧客を起点に考えよう、というのは、学者にとっては比較的新しい感覚なのかもしれません。
※NPSには要注意
ちなみに、推奨を表すスコアとしてよく用いられるのがNPS(Net Promotor Score)です。しかし、NPSは要注意です。なぜならNPSはその名の通り、アンケート上のNet=差し引き後のスコアであって、実際の売上や顧客を分析した結果の推奨率ではないからです。
NPSは10段階で推奨度をアンケートで聞き、9以上を「推奨」、7〜8を「中立」、6以下を「非推奨」として、「中立」を無視して(「推奨」-「非推奨」)の割合をスコア化します。特に思い入れの無いブランドについて、人間は10段階で聞かれると5か6あたりをつけたくなりますから、多くの場合NPSは負の値が出ますし、売上シェアと相関しない場合も多くみかけます。
ぼくはかつてとある消費財メーカーのプロジェクトでNPSと売上の相関を分析したことがありますが、売上シェア1位のブランドはNPSが最下位でした。「シェア1位だから、とくに好きじゃないけど買う」というカテゴリも存在するのです。このように、カテゴリの特性によってもNPSは意味合いが異なりますし、最適なしきい値は異なるはずです。本来は10段階で聞いた後、どこをしきい値にすると実際の客数との相関が高まるかを見てから用いた方がよいでしょう。ぼくがNPSの会社ならばそういうコンサルティングをすると思います(笑)。
②次回購入意向率:既存顧客に影響
少し話がそれました。推奨率に続く定性的プロダクト指標の2つめの要素は、次回購入意向率です。これは文字通り、既存顧客がもう一度買おうと思ってくれている割合です。次回購入意向率は顧客アンケート等で把握することも多いですし、実データから算出される次回購入意向率は単純に購入1人あたりの購入回数ですので、データが取れれば、ビジネスによってはこれを用いてもよいと思います。
推奨率が新規顧客の増減に影響する指標である一方、この次回購入意向率は基本的に既存顧客のリピートや離脱に影響する指標です(図4)。
リピートと離脱の観点について、それぞれ説明します。
リピートの観点からは、購入機会の回数はカテゴリ特有の購入頻度に左右されるため、次回購入意向率は日用品など、高頻度で購買されるカテゴリでより重要です。例えば、洗剤や歯磨き粉などは年に何回も購入されます。そのうち何回自社製品を選んでもらえるか、という購入1人あたり購入回数の観点で、日用品では次回購入意向率がより重要になってきます。
また、離脱の観点からは次回購入意向率はカテゴリ特有の購入頻度に関わらず、既存顧客が自ブランドを選択し続けてくれるか、次は他のブランドに移ってしまうかを示します。購入客数の増分は(新規顧客数-離脱顧客数)で表せるため、次回購入意向率が高いブランドは離脱顧客数が少なく済み、購入客数が増えやすい構造が作れます。要するに、これは「ダムの穴を塞ぐ」ことを示しており、実は離脱率は原理的にはシェアを決定する唯一のパラメータでもあります(#3-4で説明予定です)。
4. プロダクト指標のまとめ
フィジカル指標やメンタル指標に先立って、プロダクトを磨く
往々にしてマーケティングや経営の世界では、「プロダクトが良いから売れるのか、マーケティングが良いから売れるのか」といった些末な二項対立的議論が絶えません。しかし、統合解剖学であるマーケティングアナトミー™では二項対立や正解思考を棄ててより統合的に捉えるべく、今回ご説明したプロダクト指標とフィジカル指標、メンタル指標をつなげて考えることを推奨しています。
今回ご説明したように、プロダクト指標に秀でているとき、そのビジネスは原理的には顧客数が増えるポテンシャルを持っています。逆にプロダクト指標が秀でていなければ、マーケティング投資は単なる浪費になることもしばしばです。メンタル指標やフィジカル指標への投資を行う前に、そもそもプロダクトとして顧客が顧客を生むポテンシャルがあるのかを冷静に見極め、離脱の穴があるならばそれを塞ぐことが先決です。
プロダクトが強い場合の打ち手
また、プロダクト指標に秀でている場合の有効な打ち手としては、ウェブサイトに顧客がレビューを投稿できるモジュールを組み込んだり、レビュー機能のあるモールに出店したり、友人紹介キャンペーンを実施するなど、積極的に推奨の声を可視化していくアプローチが有効です。これにより、既存顧客の推奨をテコにして新規顧客を集めてくるメカニズムが働きます。
いっぽう、次回購入意向率が低いまま=離脱率が高いままプロダクトを放置しておくと、どんなに新規顧客を集めても穴はあいたまま、既存顧客の流出が止まりません。その状態ではいくら頑張ってもいずれシェアは低下の運命をたどるため、離脱につながっているプロダクトの弱点を改善することは非常に重要です。
指標の正しさよりも、商売感覚が重要
先に述べたとおり、推奨率と次回購入意向率はどちらかひとつ、観測しやすいほうを観測対象にすれば十分です。基本的にこれら2つの指標の出どころは同じ定性的プロダクト指標の総合力ですので、推奨率と次回購入意向率は高い相関を示すことが多いためです。
また、何度もしつこく「正解思考を棄てよう」と繰り返し述べているとおり、今回紹介した推奨率などの定量的プロダクト指標が「正しいかどうか」については、あまり懸念すべきではありません。予測した指標の正しさよりも、実際の売上や客数のほうが常に100%正しいからです。商売をしている限り、毎日お客様が増えたり減ったりします。そして、プラスにしろマイナスにしろ、さまざまな生の声が聞こえてくるはずです。それらの断片的情報をどのように構造的に理解して打ち手につなげていくかのほうが、予測した指標の「正しさ」よりもはるかに重要です。組織戦において、マーケティングアナトミー™がその相互理解の手助けになれれば、大変幸いです。
2/23 #3-4を公開しました:
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