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【1話完結小説】古井戸

クスクス クスクス

「ホントに来ちゃった」
「怖いよ」
「やっぱりやめない?」
「今更だめだよ」
「やるって言ったじゃん」
「みんなで覗けば大丈夫だよ」
「怖くないように手ぇ繋ご」

クスクス クスクス

師走の夕方。7人の少女たちが神社裏手にある古井戸の前に立っていた。

7人は同じ小学校のクラスメイトで、噂話を確かめるためこの寂れた神社にやってきたのだった。

『神社の古井戸を7人同時に覗くと怪異が起こる』

5年生ともなると女子は細かいグループに分かれて行動するので、7人もの大人数がこうやって集まるのは稀だった。たまたま休み時間に、噂話のことで盛り上がり結成された急ごしらえのグループ。

いつもと違うメンツ、怖いもの見たさの好奇、滅多に訪れない神社という場所の非日常感。全てが混ざり合い、少女たちは異様なほど昂っていた。

怪異が起こった後のことなどカケラも考えていない。怪異など無い、と正常性バイアスを働かせ楽観的に考えている。例え何か起こったとしてもそれは自分以外の誰かに、だろう。責任も、起こるかもしれない災厄も、全てその重みは少女たちの中で7等分され随分と軽く見積もられている。

7人で肩を寄せ合い手を繋ぎ輪になると、ちょうど井戸をきれいに囲めるサイズ感。背後の竹林がザワザワと風に揺さぶられている。

「いっせーのせ!」

全員同時に井戸を覗き込む。

眼下5メートル、井戸の中には意外なことに水がなみなみ張られていた。変わったところはないかと暗い水面に目を凝らす7人。竹林でカラスがギャァと鳴いた。

目が慣れてくる。水面はじっと止まって、鏡のように少女たちの顔を映している。

「あっ!!」

誰ともなく叫び声をあげる。7人のうち1人だけ、水面に姿が全く映っていないのだった。その少女の映るべき場所だけ、ポカリと黒い水面になっている。

7人は同時くらいに井戸から身を引いた。

「やだぁ」
「今の見たよね?」
「怖い怖い怖い」
「映ってなかった」
「なんで?」
「わかんないよ」
「…なんで私だけ映ってないの!?」

映らなかった1人の少女は半泣きで取り乱している。7分の1の災厄にまさか自分が該当するとは、今の今まで夢にも思っていなかっただろう。

7分の6の方の少女たちはこの事態に薄気味の悪さを感じながらも、自分ごとではない事実に少し安堵していた。竹林が風で大きく揺れている。

「ね、見間違いかもしれないし、もう一度だけ覗いてみよう」

7分の6は好奇と優越と憐れみの混じった気持ちで、7分の1は何かの間違いであって欲しいと祈るような気持ちで。再び手を繋いで古井戸を覗き込む。

「ああ…!!」

やはり先ほどと同じ1人だけが水面に映っていない。映らなかった者の末路は一体どうなってしまうというのだろう。呪われるのだろうか不幸になるのだろうか病気になるのだろうか死ぬのだろうか…。

7分の1の方の少女が絶望に打ちひしがれたその刹那、周りの6人の少女たちが井戸に吸い込まれるように次々と落ちていった。

トプン ドプン トップン
トプン ドプン トップン

7分の1の少女はあまりのことに固まって、ただ呆然とその様子を見ていた。6人はいずれも訳がわからないという風な顔をしたままあっという間に暗い水の中へ消えた。

背後の竹林でガサリと音がして振り向くと、ボロきれのような茶色い服を着たお爺さんがいつの間にか立っている。そうしてニコニコ笑いながら、

「神様の井戸はいらない子供は映さんよ」

それだけ言うとすぐ竹林の奥へ消えていった。カラスが数羽、ギャァと鳴きながら空に飛び立った。

古井戸の前に1人取り残された7分の1の少女は、泣き笑いの顔でいつまでもそこに立っていたが、やがて井戸の中からクスクスクスクスと笑い声が聞こえてきて、結局自分も井戸に飛び込んだ。



翌日、古井戸の中で1人の少女の遺体が発見された。残り6人の少女は行方不明のまま、未だ見つかっていない。

end

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