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【1話完結小説】文化祭(午後原茶太郎シリーズ)

高校生活最後の文化祭。俺はベタながらお化け屋敷をやりたかった。男子はほとんど俺の味方をしてくれたけど、女子の大半が「メイドカフェをやりたい」と譲らない。

「文化祭と言ったらお化け屋敷だろ!」
「そんな暗いしキモチワルイの絶対イヤ!」
「メイドカフェ、一回くらいやってみたいし!」
「そんなもん女子しか盛り上がんねーだろ!」

意見は平行線で、出し物は永遠に決まらず、明日、改めて仕切り直すことになった。


俺は休み時間、窓辺の席で本を読む午後原の元へと駆け寄った。
「なぁ、お前賢いし女子ウケもいいし、文化祭でお化け屋敷ができるよう明日男子代表としてみんなを説得してくれよ。」
彼は読んでいた本に栞を挟むと顔を上げ、涼やかな目で僕を見据える。
「それは難しい相談だね。」
「何でだよ?午後原はめちゃくちゃ本とか読んでるし、こないだのディベート大会も1位だったじゃないか。出し物をお化け屋敷にすることくらい余裕だろ?」
「そうだね。確かに僕はたくさんの本を読んで言葉を知っているし、これまで様々な考え方に触れてきた。でも、『だからこそ』難しいんだ。」
「どういうことだよ?」
「この世にはたくさんの考え、主義主張が溢れている。そしてそのどれもが正しいし間違っていると言える。…この場合、お化け屋敷とメイドカフェ、だね。文化祭の出し物としてどちらが正しいか、それはそんなに簡単に決められることじゃない。みんなの高校生活最後の文化祭。一人一人が思い描く理想の文化祭があり、それはどれ一つとって否定されていいものではないんだよ。」
「…?…?なんだよ。よく分かんないけど結局午後原は個人的にどっちがいいんだよ?」
「強いて言うならメイドカフェ、かな。」
「…んだよ!お前まさかのそっち派か!!」
「僕は美味しいコーヒーを淹れることでカフェの売り上げに貢献できる自信があるし、実際に僕のオリジナル・ブレンドがどれだけの人に受け入れてもらえるか、興味があるからね。」
「…いやいやちょっと待ってくれ!そこを何とか、お化け屋敷サイドに味方してくれよ!お前の言い分だとお化け屋敷だって否定されていいものじゃないんだろ!?」
「そうだね。ところでどうして皿屋敷君はそんなにお化け屋敷がやりたいんだい?そこのところを僕に詳しく聞かせてくれないか。」

「それは…俺の個人的都合だからこんなことみんなの前では話せなかったけど…俺には小学生の妹がいて…菊乃ってんだけど…。俺んちって皿屋敷なんて名前だからほら、あの怪談・番長皿屋敷のお菊さんているじゃん?最近、菊乃がそれでからかわれて塞ぎ込んでて…『キモいお化け』って言われてて。菊乃も自分のこと『どうせキモいから』って言い始めて…。だから俺考えたんだけど、文化祭でお化け屋敷をやって、お菊さんの井戸の仕掛け作って、そこにクラス一美人の雪歩世ゆきほよさんを配置して菊乃に見せたら『お菊さんてめっちゃ綺麗じゃん』て元気になるんじゃないかなって…」

「ブラボー!!!」

いきなり午後原が手を叩きながら立ち上がり俺の肩を抱いた。午後原はコーヒー派のようだが、この時の彼からはふわっとアールグレイの紅茶のような爽やかな香りがした。

「君の兄としての優しさに僕は感動したよ!いつだって人の心を動かすのは感動!まさにそれしか方法はないんだ!」
「…へっ?」
「君は今の話を先ほどの話し合いの場で言うべきだったね。」
「…そうなの?」
「ああ。少なくとも僕の見立てではこのクラス内に“からかわれて落ち込んでいる小学生女児”をバカにしたり更に追い討ちをかけたりするような浅はかな人間はいない。みんな進んで協力してくれるだろう。勿論僕もだ。」


翌日の話し合いで、午後原は約束通り俺に協力してくれた。彼の司会進行の元、俺は昨日の正直な気持ちをみんなの前で話して、改めてお化け屋敷をやりたいのだと語った。するとみんなは昨日と打って変わって快諾してくれた。
読者モデルもやってる雪歩世さんの案で、お化け屋敷を楽しんだ後はおばけ風きれいめメイク体験コーナーもやることになったから、メイドカフェを猛プッシュしていた女子はそこでメイド風コスプレ姿でスタッフとして働くことにした。

昨日揉めに揉めたのが嘘みたいに色々な案が出て、話し合いはいい意味で白熱した。最終的にみんなの思いが収まるべきところに収まった…そんな感じがした。


文化祭当日、小学校のクラスメイトたちと共に菊乃がやってきた。キャーキャー言いながらお化け屋敷から走り出た菊乃たちは「お菊さんがめちゃくちゃキレイだった!」「女優さんかと思った!」「ニコってしてくれて全然怖くなかった!」と興奮気味に聞かせてくれた。

その後、おばけ風メイクコーナーでたっぷり30分かけて、どこがどうおばけだかよく分からない普通に可愛いメイクを施されて出てきた。
「お兄ちゃーん!」
菊乃が俺を見つけて駆け寄ってくる。丁度そこへ午後原がやって来た。サッと俺の横にしゃがみ、菊乃の目線になった彼は、手に持った紙袋から何かを取り出した。透明の袋に入り可愛いリボンで封をされたそれは、おばけの形のクッキーだった。

「初めまして菊乃ちゃん。お兄さんにはいつもお世話になってます。おばけメイク、とても似合ってるね。君みたいなステキな妹がいて、僕はお兄さんが心底羨ましいよ。」
そう言いながらうやうやしくクッキーを手渡す。
「さぁ、お友達もクッキーをどうぞ。大切な親友の妹、菊乃ちゃんといつも仲良くしてくれてありがとう。」
続けて菊乃のクラスメイトたちにも微笑みながらクッキーを配る。
菊乃たちは「あっ…ありがとう」とやたらモジモジし始めた。
これは一体なんなんだ。

午後原がカフェスペース(彼はちゃっかりお化け屋敷の横に自分のオリジナル・コーヒーの店を出していた)へ立ち去った後、菊乃たちが「さっきのお兄さんめちゃめちゃかっこいいね!」「菊乃のお兄さんの友達なの!?羨ましいー!」と盛り上がっている。俺は「娘を彼氏に取られた父親はこんな気持ちなのかな」なんて思いながらも、午後原の友人である自分が少し誇らしくて、何ともおかしな気持ちだった。

午後原は文化祭終了後、「お疲れ様」と声をかけながらクラスメイト全員にさっきのおばけクッキーを配っていた。驚くことにどうやら午後原の手作りらしい。女子が「カワイイ!午後原君マメー!」「家宝にしよっ!」なんてワイワイ騒いでいる。

ところがいつまで経っても午後原は僕の所にだけクッキーを持って来てくれなかった。何故なんだろう。午後原はそんな差別するようなヤツじゃないのに…菊乃たちにあげた分が俺の分って事なのか!?なんでもない顔でお化け屋敷のセットをバラしながら、俺は内心気になって仕方がなかった。


その日の帰り道、校門を出たあたりでいきなり後ろから呼び止められた。

「やぁ、皿屋敷君お疲れ様。今日は菊乃ちゃんが楽しんでくれてたようで良かったよ。」
振り向くと紙袋を下げた午後原が微笑んでいる。夕日を受けた彼の色素の薄い髪はキラキラと輝いていて、思わず俺は「うっ…眩しい…!!」と意味の分からない事を口走っていた。
それに構わず午後原は話し続けた。

「ついては今日の為に作成したオリジナル・アイシング・クッキーなんだけど…どうしても成功に失敗は付き物でね…君に半分受け取って貰おうと思って…」

おもむろに差し出された紙袋には、おばけクッキーが大量に入っていた。
「ちょっ、コレ…全部失敗作!?」
「何も言わずに受け取ってくれないか。もう半分の失敗作は僕の方でどうにかするから、君にもぜひ協力して貰いたいんだ…」

夕日の中で伏し目がちに喋る午後原を見ていると思わず笑みがこぼれた。
「なーんだ!お前も失敗とかするんだな!今回は俺の方が全面的に協力して貰ったんだから勿論手伝わせて貰うよ!逆にこんなにクッキー貰っちゃってありがとな!俺、見た目とかあんまり気にしないからさ!」
「それなら良かった。」
午後原も笑った。


さて、家で早速食べてみようと紙袋から失敗作のおばけクッキー達を取り出してみたのだが、俺は一瞬固まった。

「…え、めちゃくちゃ綺麗じゃん。コレのどこが失敗作?」
慌てて午後原にLINEで確認するとすぐに返事が返ってきた。

『どれもほんのり焼きむらやアイシングのズレがあるだろう?』

言われてまじまじとクッキーを眺めてみたが、俺にはさっぱり分からなかった。午後原…お前やっぱり最高だな。

end

※ヘッダー画像はノーコピーライトガール様より。
※午後原茶太郎って誰…という方はTwitterから@tea_taro55を検索して下さい🙏

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