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第8回「“いじめゼロ”って本当? 認知件数の多さは子どもを守るために向き合った証」

<近くの学校が“いじめゼロ”なら・・・>

文科省「いじめ防止対策協議会」座長を2014年から亡くなるまで務めた、いじめ研究の泰斗・森田洋司(1941-2019)は、「いじめの認知件数は確かに増えてきたが、まだまだ少ない」と嘆いていた。
全国の児童生徒数は、小中高校で約1300万人いるが、いじめ認知は61万件(2019(R1)年度調査)。全体の児童生徒数からすると5%にも満たない。
これだけ国も “いじめ認知を!”と積極的に呼びかけているのに、未だに6校に1校(16.3%)は、「うちの学校には1件たりともいじめはありません!」と言う。
“認知ゼロ”を宣言するなら児童生徒や保護者にも公表を、と毎年のように文科省も通知で呼びかけているが、「認知件数ゼロ」学校のうち、公表しているのは半数に過ぎない(総務省による勧告の際に行われたサンプル調査・平成27年度)。

■「平成30年3月26日 いじめ防止対策の推進に関する調査結果に基づく勧告を踏まえた対応について(通知)」

1(2)「いじめの認知件数が零であった場合は,当該事実を児童生徒や保護者向けに公表し,検証を仰ぐことで,認知漏れがないか確認すること」とある。

公表すれば、被害児の保護者らは「いやいや、あるでしょ?」「うちの子のケースはどこに消えたの?」と声をあげやすくなるかもしれない。

実際、いじめの中には巧妙に隠されたものもあり、そのような場合、教職員の観察やアンケートだけでは気づけない。だからこそ「いじめゼロ」を公表し、保護者や地域住民に検証を仰ぎながら、“漏れ”がないか、確認する必要がある。それは子どもたちの安全・安心な学校を実現するためだ。

いじめあるのに・・・

(森田の講演スライドより)

<いじめ認知件数=“心の傷”に寄り添った数>

森田は「教育は全て中心には子どもがあります。だから子どもたちにとってどうなのか。そこを照らして考え、行動するのが大事なポイントです」と言っていた。

森田洋司

森田洋司(1941-2019)
愛知県立大学・大阪市立大学・大阪樟蔭女子大学・鳴門教育大学などで教育・研究を行う。2003年から日本生徒指導学会の会長を、2014年から文部科学省「いじめ防止対策協議会」の座長を、亡くなるまで務めた。  (写真提供:鳴門教育大学)

私たち地域住民も、学校のいじめ認知件数や推移を冷静に見守りたい。ある学校で件数が増えると、“あの学校はいじめが多い”などと校長が批判されることもあるというが、その評価の仕方を変える必要がある。
いじめの認知件数が増えたら、積極的・肯定的に評価する。逆にこれだけ定義が広くなったのに“いじめゼロ宣言”を出されるなら、「本当ですか?」と疑って気にしてみる。認知件数の多さは、教職員が子どもたちの命を守るためにきちんと認知し、寄り添い、対応した証とも言えるからだ。
生徒指導の専門でもあった森田は、「不登校や暴力行為といじめは数え方が違う」と言う。曰く、いじめ認知件数は子どもたちの“心の傷”の数であって、その傷に対応しようとした分、数も増える。全体の児童生徒数からすると、わずか5%という認知の現状からすると、もっと掘ろうとすれば、いくらでも出るはずだ。
まずは「認知件数の増加」に対する誤解を解く。認知とは“気づき”であり、いじめ解消に向けた取り組みのスタートラインに立てたことを示す素晴らしいこと、と理解されなければならない。
講演の度に森田は、こうした“認知”の問題について触れ、「認知とは出発点です。気づかないと、何も始まらんのですよ!」と声を大にしていた。

認知件数を少なくしたい

(森田の講演スライドより)

<総務省からの勧告>

いじめの正確な認知が不十分であることは、「いじめ防止対策推進法」制定後も重大事案が後を絶たないことなどから、総務省が文科省に勧告した際にも指摘されていた。

(2018(H30)年3月、総務省勧告)

総務省が60教育委員会を調査したところ、「学校間で認知件数の格差がある」と8割近く(46教育委員会・77%)が回答。法の定義とは関係ない「継続性」や「集団性」といった要素で、勝手に限定して解釈したケースも少なくなかった。「数名から下着を下げられてひどく傷ついた」と相談されたのに、“単発行為で継続性がない”として認知しなかった例もあった。
 こうした限定解釈による見逃しが、自殺や長期の不登校などの「重大事態」へのエスカレートにも繋がってしまう。総務省が「重大事態」の66事案も検証すると、その多くは「冷やかし・からかい等」から発展したものだった。
66の重大事案の半数以上で(37事案・56%)、いじめの認知等に係る課題があった。やはり、いじめの定義を限定して捉え、“悪ふざけ”や“じゃれあい”で問題ないと軽視したケースや、被害者本人が「大丈夫」と言ったので“いじめではない”と判断したケースもあった。初期の対応に問題があり、いじめ対応のスタートに立てなかったことが、重大事態を招いていた。

森田:
今の法律の定義での「いじめ」を積極的に認知して欲しい。特にアンケートで直接「いじめ」となってなくても、子どもが「イヤな思い」とか「苦痛」を感じていたら、いじめとして認知、カウントしてください。それほどスタートの気づきは非常に重要なんです。

<認知した全てに対応を>

森田は、「いじめと疑われるもの全てへの対応」を求め、「絶対に徹底してほしい」と訴えていた。「いじめ防止対策推進法」の23条にも、「いじめの事実がある時」ではなく、「いじめの事実があると思われる時」に学校に通報する、とある。通報義務が課される。いじめが疑われたら組織で情報を共有して対応してほしい、ということだ。

■「いじめ防止対策推進法」

(いじめに対する措置)
第二十三条 学校の教職員、地方公共団体の職員その他の児童等からの相談に応じる者及び児童等の保護者は、児童等からいじめに係る相談を受けた場合において、いじめの事実があると思われるときは、いじめを受けたと思われる児童等が在籍する学校への通報その他の適切な措置をとるものとする。

森田によれば、よく学校現場であるのは、管理職が担任に「事実確認もしないのか? それはいじめと違うぞ」と言い切って終わってしまうケースだ。しかし個々の教職員の判断にゆだねるのはダメで、その場だけで判断してはならないと警告した。

まん延する間違った認識

(森田の講演スライドより)

森田:
事実は分からなくても、虐待事案のように、まずは児童相談所へ通報を、ということです。そしたらそこで事実確認をする。先生も保護者もそうする。おかしいぞ、となったら通報する。「本当かな? 事実じゃなかったら迷惑かけるな…」とか考えない! 「先生、あんなことがあったんや」と情報があれば、それをきちんと報告し、組織で事実確認をする。その体制をとるのが大事なんです。

<これまでと違ういじめ対応を>

森田は、「これまでと違ういじめ対応を!」と言っていた。これまでは、いじめの事実をまず確定し、それに基づいて対応しましょう、というパターンだったが、それをガラッと変える。今の法律が求めているのは、まず子どもが訴えてきた苦痛や状況に向き合うこと。状況に迅速、適切に対応しながら、事実を確定していく。
その初動がないと保護者や児童の苦しみが深まり、解決困難な事態に発展する恐れがある。今までのパターンだと、保護者からクレームが来てしまう。
「保護者からのクレームが多い」と嘆いていたある学校に、森田が「それなら初動対応を洗い直してみ」とアドバイスしたところ、やはりそこに課題があった。

森田:
事実確認してから、ではないんです。子どもが「しんどい」と言ったら、すぐその場で、すぐ集まって状況を聞くとか、対応していく。それが初動体制なんです。
初動体制は、大事ですよ。学校と保護者、お互いの不幸を避けるためです。「助けて」となったら、まず応える。起こった状況が必ずあるのですから。いじめであろうがなかろうがね。子どもたちの学校環境を良くするために、軽重を問わずやる

授業風景

(いじめ予防授業)

<いじめは見えにくい>

いじめは見えにくい現象だ。だから、「いじめだ」、「いや違う」という認知のズレから、往々にして悲劇が始まる。この認知のズレをなくすためにも、学校内の体制を組む。ちょっとした兆しを汲み上げて、みんなで共有して対応していく。いじめへの関心と、見ようとする意欲、問題意識をどう奮い立たせていくかが非常に大事で、森田に言わせれば、「いじめは“見ようとしなければ見えない”現象」なのだ。

森田:
先生方に見えるのは 軽いものとか、遊びかどうか判断がつかない疑わしいものです。それをその場で「どうでもいいや」と判断しないで、「あれっ?」と感じる。これを組織へ汲み上げて「ちょっとみんなで見ていきましょう。フォローしましょうよ」と情報を共有していきます。そして多くの先生方がご覧になって、いじめかどうかが判断できます。
軽微なものは往々にして先生方はその場で「大丈夫」とか「よくある。これぐらいのこと」と即断されるケースや、少し注意されるだけで終わるケースがあります。
しかし、軽微なものも過小評価せず、大袈裟にとらえてください。事実を調べていったら、重大事案が含まれているかもしれません。先生方に見えるものは、ほんの氷山の一角であると思ってください。漏れなく重大事案を汲み上げるために、軽微なものを過小評価しない必要があります。


川上敬二郎さん

川上敬二郎 TBS報道局「報道特集」ディレクター

ラジオ記者、報道局社会部記者、「Nスタ」・「NEWS23」ディレクターなどを経て現職。2003年4~6月「米日財団メディア・フェロー」(アメリカ各地で放課後改革を取材)。2005年、友人と「放課後NPOアフタースクール」を設立(2009年にNPO法人化)。著書に『子どもたちの放課後を救え!』(文藝春秋・2011年)など。2019年6月「ザ・フォーカス~いじめ予防」をOA。 houtoku@tbs.co.jp(番組メールで不正や怒り等の情報を募集中)

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