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第5回「加害者と被害者が入り乱れる”流動化”が進行中」

〈2つ目のキーワード〉

いじめ研究の泰斗、故・森田洋司(鳴門教育大特任教授、大阪樟蔭女子大元学長、大阪市立大名誉教授)は晩年の講演会で、いじめの現状について2つのキーワードで解説した。
一つ目は、「いじめの一般化」第3回第4回noteで詳述した通り、学校生活で、いじめがいかに身近にあるかを表す。そして、二つ目は「いじめの流動化」だ。被害者も加害者もぐちゃぐちゃに入り乱れているという。
その事例を、今、急増中の“ネットいじめ”で見よう。


〈ネットいじめ〉

今や高校生のほぼ全員、中学生の約8割、小学生でも高学年の過半数が持っているスマホ。いじめに与えるインパクトは年々大きくなっている
文部科学省の「問題行動調査」でも、インターネット上で誹謗・中傷が行われるなどの“ネットいじめ”は増えていて、平成30(2018)年度は16,334件。平成26(2014)年度調査では7,898件だったから、わずか4年で倍増した。

 平成30年度文部科学省「問題行動調査」

中学教員として約20年の勤務経験がある兵庫県立大学の竹内和雄准教授は、毎年全国を巡りながら講演し、関西圏を中心に小中高生や大学生たちと「スマホサミット」を開催し、スマホを巡るトラブルや解決方法を探ってきた。


いじめ5-1

(兵庫県立大学 竹内和雄准教授)

竹内准教授が実際に関わった、小学6年生の間での“ネットいじめ”がある。あるクラスの女子18人のうち15人がLINEをしていた。花子は母親のスマホを借りてそのLINEグループに入った。そんなある日、花子は、クラスのリーダーA子から遊園地のお土産として、クマのぬいぐるみをもらった。
夜、LINEにはA子の書き込みがあった。

A子:「今日のアニメ、面白かったぁ・・・」
B子:「塾で見てない。これから見よ!」

花子はA子がLINE上にいるのを見て、お礼を言おうと、くまの写真をアップして

花子:「このぬいぐるみ、かわいくない」

と書き込んだ。すると全員「既読」になったのに、なぜか誰からも返事が来ない

図①

(独立行政法人教職員支援機構オンライン講座「校内研修シリーズ」より)

翌日以降、学校でも無視されるいじめに遭い、結局、花子は不登校になった
何が問題になったのか。そうだ。LINE初心者の花子は「かわいくない」のあとに「?」をつけ忘れ、A子らから誤解され、怒りを招いてしまったのだ。
LINEには退会させる機能があるが、A子はそんなリスキーなことはしない。花子以外の新たなグループを作って、

A子:「最近、花子調子乗ってる」
B子:「そうそう」
C子:「ほんま、それ~」

と、ターゲットを花子に決めて、他の子も賛同していった。

図②

(独立行政法人教職員支援機構オンライン講座「校内研修シリーズ」より)

竹内准教授は、こうした事例で、いかに“ネットいじめ”が身近にあるかを示し、その上で「いじめの流動化」についても続けた。
昔はいじめのターゲットが次に移るのには1年~2年かかったが、最近は非常に早く2カ月、短ければ1カ月、2週間で変わることも多い。だから、いじめ被害に遭っても「騒ぎを大きくしたくないから」と誰にも言わず、我慢してしまう傾向もあるという。
例えば先ほどの花子やA子もいる“仲良し”6人グループでは、ターゲットが花子からEに行き、Fに行き、Bに行き、Cに行く。

いじめ対象1

(独立行政法人教職員支援機構オンライン講座「校内研修シリーズ」より)

その繰り返しの中で、最後はどうなるか。
ちなみにリーダーのA子は、自分には矛先が向かないように5人とトイレにも一緒に行くなど行動を常に共にしていた。しかし、それでもLINEでは密談を防ぐことはできない。A子以外の5人が、“密談LINE”を始めた。

B子:「A子のこと、どう思う?」
C子:「どうって?」

などと探りあった末に、

B子:「最近、やりすぎと思わない?」
花子:「みんな言ってる」
D子:「やりすぎだよね」

こうして5人が結託して反逆、最後はA子を猛烈にいじめた

図④

(独立行政法人教職員支援機構オンライン講座「校内研修シリーズ」より)

竹内准教授は「誰もがいつでも被害者や加害者になりうる。こういう緊張感の中で子どもたちは日々、スマホと向き合って生活している。だからLINEでは“即レス”(すぐに返信)する。楽しみというより一生懸命LINEしている子どもも多い」と解説した。

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文部科学省『学校における携帯電話の取扱い』有識者会議で同席する故・森田洋司(左)と竹内和雄准教授(右)(2019年7月)


〈いじめの流動化〉

「いじめの流動化」は、数字でも浮かび上がっている。森田洋司は講演で、2013(H25)年の1月~2月にかけて行われた東京都の大規模調査、通称「1万人調査」のデータを示した。

東京都教職員研修センター『いじめ問題に関する研究報告書』2014(H26)年2月

図ー⑤

(森田の講演スライドより)

調査によると小学4年生から高校3年生までの9360人のうち、いじめ被害と加害、その両方を経験した子どもは4391人と全体の半数近く(46.9%)を占めた。さらに、被害経験者の7割(70.9%)が加害経験もあり、加害経験者の8割(81.4%)は被害経験もあった。全体の8割は、被害・加害、何らかの形でいじめに関わっていたことも分かった。
いじめの流動化が進む現状について、森田は講演でこう強調した。

森田洋司:
ちょっと前までは“立場の転換”というのがあって、加害の子が被害にまわることもあると言われていましたが、それどころじゃない。これだけの子どもが入れ替わり立ち代わり…というのが現状なんです。大勢が、加害と被害、その両方を体験しています。多くの子どもが人の心を傷つけたり、自分が傷ついたりしながら学校生活を送っています

“立場の転換”なんて生やさしいものではなく、今はまさに“流動化”していて、いじめたらいじめられる、いじめられたらいじめる…。その連続だという。

いじめ5回


〈教員たちの実感〉

複数の現役教員に聞くと、やはり多くが、いじめの一般化や流動化を実感していた。

いじめの一般化を強く感じます。それは子供たちの環境の変化にも関係していると思います。スマートフォンの普及、SNS・オンラインゲームの利用などで、あらゆる場面でいじめが起こりうる環境にあると感じています。(兵庫県小学校教員・30代)
クラスでアンケートをとると「暴力や暴言や無視などでイヤな思いをしている」と数人は必ず被害を訴えてきます。それも、あんなに楽しそうなあの子が・・・という思いです。子どもの世界には大人のアンテナが行き届きづらいと実感しています。(小学校教員・20代)
善悪の判断がつかず、“なんでやってはいけないのか”を説明しなくてはいけない場面も増えています。“ルールを守る”とか“他の人の嫌がることをしない”という意識が薄く、悪気がなく暴力を振るってしまう場面も見られます。(東京都小学校教員・40代)
いじめの要因は、ストレスと排他性などと言われますが、様々な環境や情報のもと、毎日、ギリギリの生活をしている子どもたちが増え、余裕がなくなってきているのかもしれません。(大阪府小学校教員・40代)
女子のグループでは、誰か一人が無視される時期が終わると、別の子がターゲットになる事例を多く聞きます。(静岡県小学校教員・20代)
一人っ子が増え、核家族化が進み、多くの人と共同生活している子どもも減り、相手との距離感を掴むのが難しくなってきていると感じます。そもそも“いじり”と“いじめ”の境界線が難しく、“いじめ”を自覚していない子どもたちが多くいます。さっきまで仲良く遊んでいた子どもたちが、ちょっと目を離すとケンカしている。昨日まで、仲良く話していた子どもたちが、ちょっとしたきっかけで距離を置くようになる。立場があっと言う間に変わってしまうのは、現実として多くなってきているように感じています。(大阪府小学校教員・40代)

いじめ5-森田

故・森田洋司(鳴門教育大特任教授、大阪樟蔭女子大元学長、大阪市立大名誉教授)写真提供:鳴門教育大学

〈いじめ対策の見直し〉

森田洋司は、こうした現状を踏まえ、これまでのいじめ対策で、見直さなければならない点も出てくると語った。

「いじめの一般化と流動化を、私は非常に深刻に受け止めています。これまでのいじめのとらえ方には、若干限界が出てくるからです」

例えば、児童生徒の理解について。1980年代から2000年代のはじめまで、いじめっ子の性格、パーソナリティ、特性などの分析があった。被害者の特性も、行動と人格をくっつけて解釈していた。特に1980年代は、いじめっ子やいじめられっ子が、どういう子どもなのか、その間の関係はどうなのかを考える研究が盛んだったという。彼らに独特のパーソナリティがあるのではないかという捉え方をしていたのだ。

森田洋司:
その考え方はもう見直さないといけません。一人の子どもの中に、加害と被害、その両方を持つ、共存していると捉える必要があります。
だからこそ「あ、この子は加害者だ」と特定の子だけに目をつけて指導や支援をするのではなく、もっと広く多くの子を、いや全ての子を対象にしながらいじめ対策をやるべきなのです。
これまでの「問題行動が出たら対策を打つ」という方法だけでは不十分で、もっと基礎的な「いじめの未然防止」が現代では必要です。つまり単に問題に対応する「治す生徒指導」ではなくて、「育てる生徒指導」をどう展開するのか

このように、森田は「いじめ対策」といっても、いじめという行為だけに絞っての指導では物足りないと訴えた。
教職員だけでなく全ての大人が、何を子どもたちに培うのかを深く掘り下げて対応する必要があると述べたのだ。
いじめ対策の大きな方向性を「事後的対応」から「未然防止」へ変えていく必要があると提言した。

【兵庫県立大学の竹内和雄准教授が解説するオンライン講座⇩】


川上敬二郎さん

川上敬二郎 TBS報道局報道番組部ディレクター

ラジオ記者、報道局社会部記者、「Nスタ」・「NEWS23」・「報道特集」ディレクターなどを経て現職。2003年4~6月「米日財団メディア・フェロー」(アメリカ各地で放課後改革を取材)。2005年、友人と「放課後NPOアフタースクール」を設立(2009年にNPO法人化)。著書に『子どもたちの放課後を救え!』(文藝春秋・2011年)など。2019年6月に「ザ・フォーカス~いじめ予防」をOA。現在、続編を取材中。


【これまでの「いじめ予防・100のアイデア」はこちら】