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2つの党大会で問われたもの ~ウソと誇張とレッテル貼り~

異例ずくめだった2つの党大会

大統領選の今後を予見するような言葉だった。ミシェル・オバマ氏のスピーチである。

「この4年間、多くの人に聞かれました。『相手のレベルが、とても低俗なとき、まだ”高潔”に向き合うのが本当に有効か?』と。私の答えはこうです、高潔に向き合うことが、有効な唯一の方法です。なぜなら、もし私たちも低俗になり、相手を貶め、非人間的に扱う同じ戦略を取れば、私たちも他の全てのものを消し去る、醜い騒音の一部になってしまうから」

写真 ミシェル オバマ氏スピーチ

(ミシェル・オバマ氏)

異例ずくめの民主、共和両党大会が終わった。コロナ禍によって、日程や場所の変更が続き、民主党は史上初の「オンライン開催」となった。共和党も、トランプ大統領が最後までこだわっていた数万人規模の大規模集会を諦めた。両党ともに月曜日から木曜日の4日間の日程。民主党は、テレビの特別番組のように有名女優が司会進行を務め、自宅などでの事前収録と生放送のスピーチで構成した。一方の共和党は、演台でのスピーチを中心に、トランプ氏の実績を強調する動画を挟みながら、ハイライトとして、小規模だが支持者を集めた場所から生放送を行った。特にトランプ大統領の指名受諾演説では、ホワイトハウスの庭に支持者を約2000人集めた。そのほとんどがマスクをせず、社会的距離も取らなかった。こうした党大会の形式からも、両党の新型コロナへの姿勢が読み取れた。
党大会は、視聴者が多い夜の時間帯に、3大ネットワークやニュースチャンネルで放送され、両大会ともに1日平均2000万人前後が視聴したという。前回よりも視聴者数は落ちているが、ネット上でのストリーミングや動画配信サービスで見た人も多いとされる。11月3日の投票日に向けて、有権者の判断に少なからぬ影響を与えるだろう。

存在感が際立ったミシェル・オバマ氏・・・「Going high=高潔に」とは?

民主党大会の初日のトリを飾ったのが、ミシェル・オバマ氏だった。政治活動こそ行っていないが、去年、自伝的な書籍を出版、最近は自らの名前を冠したポッドキャスト番組も始め、女性やリベラル層への影響力は今も大きい。今年5月に公開されたNETFLIX制作のドキュメンタリーでも、彼女が人種差別などの問題に真摯に向き合っている姿勢が映し出されている。「ミシェル・オバマ氏が出馬するのであれば、このドキュメンタリーは選挙戦に欠かせない」と評されるなど、政治家転身への期待も根強い。
そのミシェル氏が、2016年の民主党大会で語った言葉に、“When they go low, we go high”=「相手が低俗なら、我々は高潔に」がある。トランプ氏が、共和党の指名争いで勝ち抜くために、「メキシコ人は麻薬密売人や強姦魔だ」などと激しい言葉や民主党への攻撃を繰り返していた態度を踏まえての発言だ。
結果として、ミシェル氏が支持したヒラリー・クリントン氏は落選。以来、この4年間、周囲から「今も”高潔に”対応するのが有効か」と多くの人に問われたという。それでも、ミシェル氏はこう明言した。

「高潔に向き合うのが、唯一の方法です」

自分たちも低俗になれば、騒音になってしまうとしたうえで、「高潔」であることの厳しさを指摘する。

「”高潔に”向き合うということは、悪意や冷酷さに直面したとき、笑顔で良いことを口にすることとは違います。高潔に向き合うというのは、より厳しい道を行くことです。山の頂上まで、懸命に進むことなのです。高潔に向き合うというのは、私たちが神のもとの、一つの国であることを心に留めながら、憎悪に断固として立ち向かうことです。生き残りたいのであれば、私たちは共に生きる道を見つけ、違いを乗り越えて一緒に働いていかなくてはなりません」

低俗に対して、「高潔」と言うと、自らに向けられる罵詈や悪巧にも寛容であるべき、と考えがちだが、そうではないという。

「高潔に向き合うということは、私たちを真に自由にしてくれる唯一のもの、つまり冷徹な真実によって、ウソと不信という足かせを外すことなのです」

「冷徹な真実」を突きつける、これが、彼女の示した方法だった。

バイデン氏のトランプ大統領批判は?

写真 バイデン氏 民主党大会

(ジョー・バイデン前副大統領)

「現在の大統領は、あまりに長い間、あまりに激しい怒り、恐怖、分断によって、米国を暗黒のなかに覆い隠した」

党大会のフィナーレ、指名受諾演説で、ジョー・バイデン前副大統領は、冒頭から、トランプ大統領をこう批判したが、名指しはしなかった。団結を呼び掛けながら、「恐怖ではなく希望を、虚構ではなく事実を、特権ではなく公正さを」とトランプ氏と自らを、こうした対立の構図に重ねた。

「現在の大統領が再選されれば、何が起きるのか、わかっている。(新型コロナの)感染者と死者は多すぎるままになるだろう。さらに多くの小さなビジネスが閉鎖する。中間層は生活に苦しみ、上位1%の富裕層が新たな減税で数百億ドルも得る。医療保険制度改革法が破壊されるまで攻撃が続くことになる」

このように、トランプ再選がもたらす影響などを述べているが、それほど攻撃的な内容ではない。また米国が直面する4つの危機、新型コロナ、経済、人種差別、気候変動を挙げて、政権の失敗を指摘し、自らが取り組む意志を示した。
さらに、バイデン氏の演説には、民主党が重視するキーワードが盛り込まれた。

写真 再送 民主党大会ロゴ

(民主党大会のロゴ)

「人権と尊厳という価値のために立ち上がる」
「より安全で平和な、繁栄する世界という共通の目的のために働く」

そして、今回の演説で、「決めのフレーズ」となったのが、この3行である。

「Love is more powerful than hate.=愛は、憎しみより強い。
Hope is more powerful than fear. =希望は、恐怖よりも強い。
Light is more powerful than dark. =光は、闇よりも強い。」

演説の途中に拍手も歓声もない。トランプ氏は「熱狂がなかった」と揶揄したが、むしろオンライン開催が奏効して、目の前に聴衆がいない、落ち着いた雰囲気だからこそ、メッセージ性が強まったと感じた。米国全体が、未曾有の危機に瀕している事態だからこそ、これまでのような〝祭り騒ぎ〟は不要だったかもしれない。バイデン氏が語る理念は、現大統領の色合いとは対極とも言える、氏が目指す「米国のあるべき姿」が際立ったのではないか。ミシェル氏が言う「高潔に」民主党大会は終わったと言っていい。

トランプファミリー 2人の女性の演説に見える「戦略」

写真 イヴァンカ氏 演説

(イヴァンカ・トランプ氏)

では、共和党大会はどうだったのか? 最終日、トランプ大統領の直前という重要な位置で、長女で大統領補佐官の要職も務めるイヴァンカ・トランプ氏がホワイトハウス南庭の特設ステージに立った。20分近いスピーチだったが、トランプ陣営の「戦略」とも思える言葉を口にした。

「私の父のコミュニケーションのスタイルは、誰もが好きになるものではないことはわかっています。そして、父のツイートが、少し、生々しく感じられることも知っています。しかし、結果こそが物語っているのです」

時に、激しさが伴うトランプ氏の言動をかばう。メラニア夫人のスピーチでも、同様の趣旨の発言があった。

「ドナルド・トランプが、自分がどう感じているかについて、隠さないことを私たちは皆知っています。…あなたが、好きだろうと好きではなかろうと、いつも、彼が何を考えているのかを知っているのです。…彼は、この国を繁栄させること以外に何も望んでいません」

品位や人柄、言葉遣いよりも、結果を見て欲しい、というメッセージだ。
さらに、イヴァンカ氏のスピーチでは、米国の政界を意味して「ワシントン」というワードが目立った。

「政治家たちが、信念を口にせず、厳しい戦いを避ければ、容易に生き残れるということを『ワシントン』で見てきました。これほど、多くの政治家達が、問題を解決することよりも、批判する方を本当に好むことが信じられませんでした」

政治家たちを痛烈に批判したうえで、こう述べた。

「しかし、ドナルド・トランプは、従来の政界エリートから称賛を得るために、『ワシントン』に来たわけではありません。ドナルド・トランプが『ワシントン』に来た理由は、たった一つ、アメリカを再び偉大にするためです」「もし、問題が簡単に解決できたのなら、以前の大統領がやっていたでしょう。しかし、同じやり方では、結果は変わりません。『ワシントン』は、ドナルド・トランプを変えてはいません。ドナルド・トランプが『ワシントン』を変えたのです」

4年前、既存の政治エリートと対決する「アウトサイダー」として登場した構図を、今回も強調する戦略が見て取れる。既得権益、エリート、旧来の政治家を、変える、壊すという図式は、左右を問わず、〝ポピュリズム〟で、よく使われる政治手法だ。

トランプ大統領の演説にあった「ウソ、誇張」とは?

写真 トランプ氏 演説

共和党大会のハイライトとして、トランプ大統領は1時間10分にわたって演説した。主な内容は報じられているので、今回、焦点を当てたいのは、バイデン氏への”攻撃”と”真実性”である。

「今回は、我が国の歴史上、最も重要な選挙だ。2つの党、未来像、哲学、政策で、これほど明確な選択に、有権者が直面したことはない。この選挙は、アメリカンドリームを救うのか、社会主義者の計画が、我々の大切な運命を破壊するのを許すのか、が決まる」

冒頭近くで、この選挙の重要性を強調したが、相手陣営を「社会主義者」”レッテル貼り”を堂々とした。共和党大会通じて、「社会主義者」はキーワードとなっている。

「ジョー・バイデン氏は、米国の魂の救世主などではない。雇用の破壊者であり、米国の偉大さの破壊者となるだろう」

直接的な攻撃だ。民主党大会で、バイデン氏は「この選挙戦は、単に票を得ようというものではない。心を、そして、アメリカの魂を得ようというものだ」と語ったことに応じている。トランプ氏は、演説のなかで、「バイデン」の名前を40回以上、言及した。深刻だと思われるのは、ウソや誇張を巧みに使って攻撃していることである。近年、米国では、大手メディアやNPO団体などによって、「ファクトチェック」、つまり、情報が事実かウソかを認定する活動が進められている。トランプ氏の演説についても、ファクトチェックが行われている。複数の米メディアで指摘されているものを列挙してみる。

写真 トランプ氏演説 聴衆

●「バイデン氏が当選したら、極左が米国全土の警察の予算をカットするだろう」
→バイデン氏は、「予算削減は支持しない」と明確に述べ、「もっと予算を付けるべき」とも述べている。
●「(新型コロナ対策で)私が、思い切って、中国との渡航禁止措置を、本当にかなり早い段階で取ったところ、バイデン氏は、この措置を、ヒステリックで、外国嫌悪と呼んだ」
→渡航禁止措置について、バイデン氏はそう述べていない。後に、科学に基づいた禁止措置については支持している。しかも、トランプ氏は、世界的に見て「かなり早い段階」では呼び掛けていない。
●「バイデン氏は、弱者に共感していると主張している。彼が率いる政党は、出産の瞬間まで無防備な胎児の、極端な後期中絶を支持している。
妊娠9ヶ月目で胎児の心臓を停止させることを問題としていない」

→バイデン氏は、中絶する権利を支持しているが、中絶は、一般的に妊娠20週から24週に規制されている。
●「民主党大会中、バイデン氏と支持者は 民主党が首長と務める都市で、騒乱を広げている暴徒と犯罪について、完全に沈黙したままだった」
→「大会中に」が条件となっている。大会後に、バイデン氏は、公表した
動画のなかで、ウィスコンシン州での暴動を非難している。
●「バイデン氏とバーニー・サンダース氏の公約では、現金保釈を廃止することを求めている。これは、即座に40万人の犯罪者を 街頭やあなたの近所に解放するということだ」
→全て誤り。現金保釈を廃止した州で、裁判待ちの被告人は釈放されていない。

バイデン氏を当選させれば、暗く酷い未来が待ち受けていると、ウソと誇張で不安を煽っていると言っていいだろう。さらに自らの実績についても、ウソが指摘されている。

●「米国は世界の主要国の中でも最も低い死亡率を誇っている」
→ジョンズ・ホプキンス大学によると、米国は人口10万人あたりの死亡者数では世界4位となっている。
●「アフリカ系アメリカ人コミュニティのために、初の共和党大統領、エイブラハム・リンカーン以来、どの大統領よりも多くのことをしてきたと控えめに言おう」
→歴史家によると、最も重要な功績を成し遂げたのは、投票権法、公民権法などを成立させた民主党のリンドン・ジョンソン大統領で一致する。

写真 共和党大会 ロゴ

(共和党大会のロゴ)

トランプ政権には、規制緩和、エルサレムへの在イスラエル大使館の移転、対中国外交、国境管理など、確かに実績がある。共和党支持者も高く評価する。それを否定するのではない。ただ上記で、トランプ氏が言及した問題は、民主党バイデン氏との選挙戦での、主たる争点である。その重要課題で、これだけのウソや誇張を並べるのは尋常ではない、と言わざるを得ない。
ウソや誇張によって、また一部事実を巧みに交えて、相手を執拗に攻撃する。相手陣営を「社会主義者」「極左」とレッテル貼りをする。前の政権を全面否定し続ける。事実に基づかず、あるいは、有利なデータのみを利用して実績を強調する。変化することの恐怖や不安を煽り、現状維持こそが最善の策というイメージを作る。こうした戦略を見抜く力が、有権者に求められているのではないか。

「冷徹な事実」で対抗するべきとミシェル・オバマ氏は語った。だが、〝ポスト・トゥルース〟の時代と言われ、「オルタナティヴ・ファクト=もう一つの事実」という概念をトランプ陣営が作り上げたように、「事実」が軽んじられている空気があるのも否めない。しかし、米国の歴史学者ティモシー・スナイダー氏は、著書『暴政』のなかで、こう警鐘を鳴らしている。

「真実があるのを信ぜよ。
真実である事実を放棄するのは自由を放棄することです。仮に何一つ真実たりうるものがなかったなら、誰一人権力を批判できないことになってしまいます。(中略)…誰よりもふんだんに金を使った者が、誰よりも人々の目を眩ますことができるのですから。(中略)…ファシストは、日々の暮らしのささやかな真実を軽蔑し、新しい宗教のように響き渡るスローガンを愛しました。歴史やジャーナリズムよりも、作られた神話の方を好みました。(中略)…「ポスト・トゥルース」とは「ファシズム前夜」のことなのです」


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ニューヨーク支局長 萩原豊

社会部・「報道特集」・「筑紫哲也NEWS23」・ロンドン支局長・社会部デスク・「NEWS23」編集長・外信部デスクなどを経て現職。アフリカなど海外40ヵ国以上を取材。