カメムシのカメ子 第26話 侵略者~ 大事な約束。。。3/3

砕け散ったガラスは部屋に飛び散るのではなくその全体にヒビが入ると一瞬にしてその場にバラバラと音を立て崩れ落ちた。
ガラスにヒビが入り始めるとカメ子は足側に、カーメルは頭側に立ち二人で挟み撃ちする格好で一つ目の動きを見据えた。
この時カーメルもカメ子と同様に一つ目の動きを制する様に両手をかざしていた。
一つ目はカメ子とカーメルに挟まれた診察台の上でその頭を鈍く輝かせていた。
それはクリアガラスに覆われた中にいた時よりも一層不気味さがましていた。

逃げろと言われた丸男達四人だったが、どうしたらいいのかわからず部屋の隅に固まっていた。
丸男にしてみればあの時の状況が思い起こされるが、東岸や増田、お父さんはいきなり起こった事に整理がつかないでいた。

「あれがやったのか?」

東岸は震える声でそう呟いた。
それは誰に聞くのではなく呆然としながらいま目の前で起こってる事を整理するかの様だった。

一つ目と睨み合ったカメ子、そして一つ目を挟み反対の頭側に立ち両手で制するカーメル。
しばらく睨みあいが続いたが、先に口を開いたのはカメ子だった。
カメ子は診察台の上で沈黙を続けている不気味な銀色の頭に向けて言った。

「あなた生きてるんでしょ?」

カメ子の問いかけに不気味に光る銀色の物体は沈黙している。
その沈黙はこの場の恐怖を増加させた。
そしてそれは部屋の隅で固まっている四人の不安な気持ちと混ざり合うとカメ子とカーメルに伝わっていった。
丸男達四人は目に見えない何かが襲ってくるかもしれないという恐怖にまとわりつかれ、ただ黙って待っている事しかできなかった。
丸男にとってはまさにあの日あの秘密の場所で自分達が襲われそうになった時に感じたもので、一つ目がカメ子に向かってその針の様な鋭い指先を伸ばしていく様を見ていた感覚とも同じだった。

カメ子とカーメルにはわかっていた。
ガラスを砕いたのが一つ目だという事、体は抜け殻の様になってはいるが、この一つ目が生きているということを。
そして一つ目はこの沈黙を貫く事がこの場にいる全員の恐怖心を煽ることだという事をわかっている。
カメ子の問いに答えず沈黙を守る一つ目に次に声を掛けたのはカーメルだった。

「生きてるにしても、あなたもう動くことができないんでしょ?」

カーメルが問いかけると診察台の上の一つ目の頭が微かに動いた。

「う、動いた。少しだけど今動いた。東岸さんも見ましたよね?」

増田が驚きと恐怖に混じった声で言った。
東岸は声も出せずただ頷くだけだった。
恐怖に固まった四人は診察台の上の者の動きに注目した。
すると抜け殻の様になった体と一緒に置かれている一つ目の顔の中心に一本の線の様なものが入った。
そしてそれはゆっくりと開いた。

「これが一つ目?」

死んでると思われてた一つ目は再びその正体を現した。
カメ子は隅の四人に早くこの場から逃げる様に言ったが、四人、特に丸男以外の三人は初めて目にする一つ目に対する恐怖で体がすくんで動けないでいた。
カメ子の言う通りこの場から早く逃げなければとの思いはあったが恐怖のあまり体が反応しなかったのだ。
カメ子は隅の四人に注意を払いながらも、もう一度一つ目に話しかけた。

「やっぱり生きてたのね」

ガラスを砕いた後、沈黙を通していた一つ目だったが、ここでようやく自分の意思を伝えて来た。
それは秘密の場所で対峙した時と同様に言葉を発するというのではなく、直接頭に響いてくるものだった。
東岸は直接頭に響いてくる言葉にも驚いたが診察台の上からカメ子に向かって話しかける一つ目が生きていた事がわかるとただ呆然とするしかなかった。

「また会えたな。 会いたかったぞ」
「あたしは会いたくなんかなかったわ」
「そう言うな。 せっかく会えたのだから。 まあ、生きてると言っても この体ではこうして話すだけが精一杯だがな」
「あなた死んだんじゃなかったの?」
「確かにお前にやられた時は死んだと思ったが、運が良いのか悪いのかそう簡単には死ねないようだ。 目が覚めた時には逃げ出す事も考えたがこんな体ではそう遠くまで行けるはずもない。そう思いここで待つ事にしたのだ」
「待つ? 何を待っていたの?」
「お前をだよ。 お前にもう一度会えると思って待っていたのだ」
「あたしを待ってた?」
「そうだこんな惨めな体になってもお前に会えると思い、ここの奴らには死んだと思わせておいたのだ。それが何故だかわかるか?」
「わからないわ。わかる訳ないじゃない」
「わからぬか。それでは聞こう。 この星の奴はみんなお前の様な力を持っているのか?」
「力?」
「とぼけるな。 時間がないのだ。 力とは私をこんな体にしたお前の力の事だ」
「あたしにはそんな力なんてないわ。あたしにあったのはあなたが殺したコロに対しての怒りだけよ」
「怒り? とぼけるのもいい加減にしろ。 たったそれだけの事で私をこんな体に出来るわけはなかろう。いいか、こんな体でもこれくらいの事はできるのだぞ」

一つ目はそう言うとその大きな目を細め何かに集中した。
その瞬間、床に散らばるガラスの破片が宙に浮きカメ子めがけて飛んでいった。

「カメ子!」

丸男はカメ子の名を呼ぶと同時に走り寄り一つ目との間に入ると両手を広げカメ子を守る様に立ちはだかった。
そこに一つ目が放った無数のガラスの破片が向かって来た。

「やめてー」

その様子を見ていたカーメルはそう叫ぶと体中に力を込めた。
すると部屋にカメムシ特有の苦い臭いが立ち込め始めた。
しかしカーメルの放った臭いは部屋全体には広がるとうよりは一つ目だけを包む様に纏わりついた。
その場で見ているもの達にはわからなかったが、カーメルはその臭いで一つ目だけを襲っていた。
この時周りにも臭いは届いていたがカーメルが放つ臭いの対象は一つ目だけだった。
臭いに纏わり付かれた一つ目は苦しそうにその頭を左右に何度か振ると一度だけ大きく目を開くと奇妙な言葉で何かを叫ぶとゆっくりとその大きな一つ目を閉じた。
その最後の叫びも直接その場の全員の頭の中へ響いてくるものだった。
一つ目の目が閉じた後、カメ子に向かって飛んで来たガラスの破片は何粒かは丸男の体に当たりはしたがそのほとんどは途中でその威力を失いこぼれる様に床に落ちた。

「大丈夫丸男?」
「僕は大丈夫だよ」
「カーメルは?」

カーメルは両方の手のひらを一つ目に向けたまま肩で大きく息をしていた。
その両手の先にある一つ目は診察台の上で目を閉じたままもう一言も発することも目を開ける事もなかった。
そしてもう不気味な光も感じさせなかった。

「あたしも大丈夫。でも丸男あんたねぇ、あそこでいきなり飛び出して来て何考えてんの? 何かあったらどうするつもりだったの?」
「僕もわかんないよ。ガラスの粒が宙に浮いた時危ないと思って体が勝手に動いてたんだよ」

そのやり取りを見ていたお父さんが丸男のそばまで来て頭から足まで怪我がないか確認した。
丸男は当たった感触はあるけどそんなに強くなかったから大丈夫だと言った。
丸男の声を聞きお父さんもカーメルと同じ様に丸男の行動をたしなめた。

「カーメルちゃんの言う通りだよ。 あんな化け物相手に向かっていく様な真似をするなんて・・・」

言葉の最後は涙が混じっていたが、お父さんはそう言うと丸男を抱きしめた。
そしてカーメルの頭を撫で、カメ子の肩にそっと手をのせ軽く揺すると、みんな無事で良かった。
小さくそう言うと目に浮かぶ涙をこぼれる前に拭った。

東岸と増田は動かなくなった一つ目に近づき様子を伺った。
これまでは調査として体のあちこちを見たり触ったり、刃物で体を切り裂こうとまでしていたが、今目の前で見た事を考えると動かなくなったとはいえ一つ目に触れるのは躊躇した。

「カーメルさん。ちょっといいかな? これはもう生きてはないんだよね」
「そうね。多分もう生きてないと思うわ。なぜかわからないけど、あの最後に叫んだのを最後に今度は本当に命が尽きたみたい」
「でも今まで我々は検査と称して色々やっていたけど、その時は生きてたって事だよね?」
「そうなるわね。良かったわね何もなくて」
「そうか。これは今まで生きていたのか。 まさかこんな体になってまであんな力が残っていたなんて。 君達が来てくれなかったらどうなっていたか、考えるだけでも恐ろしいよ。 そうだ、増田君。カメラを用意してこの状況を撮影しておいてくれ」

ここでも秘密の場所でカメ子と対峙した時と同じ様に断末魔の様な叫びをあげた一つ目だった。
しかし今回は本当の最後になった。

この後、同じことの繰り返しになるがとの前置きの後、東岸を中心にもう一度整理する上で秘密の場所であった事を細かく話してほしいという事になり用意された別室で当時の状況の説明をした。
今までと違うのは、その時一つ目はどうだったかという事が話の中心になり、その時々の一つ目の動きや話をとても詳しく聞かれた。
カメ子とカーメルと丸男三人同時に話を聞かれ異なった所一つ一つ話を詳細にまとめていった。

東岸や増田の二人だけではあったが研究所の人間が一つ目が実際に生きているのにあったおかげで丸男達が話してきた事が現実のものだという事が理解され今後の検査は今までより更に大規模なものになる様だった。

長い一日がやっと終わった。
僕達はこの日はお父さんのいった通り研究所に泊まる事になった。
東岸さんは二人部屋を二つ用意してくれ、僕はお父さんとカメ子はカーメルと一緒の部屋に泊まることになった。
僕達は研究所の食堂で食事をすませると、明日の朝帰る時間を確認してそれぞれの部屋へ戻った。
部屋に戻るとお父さんはもう少しだけ東岸さん達と話しをしてくるから先に寝てる様に言うと部屋を出て行ってしまった。
僕が電気を消して一人で先に寝ようとした所へ誰かが部屋のドアをノックした。

「丸男ちょっといい?」

寝る前の来客はカメ子とカーメルだった。

「今日はありがとう丸男。寝る時間なのにゴメンね。でもカーメルが一言いいたいっていうから・・・・」
「いい丸男。結果的になんでもなかったから良かったけどちょっとタイミングがずれたら大変な事になってたかもしれないんだから」

確かにあの時僕は後先考えず飛び出していた。
カメ子を守らなきゃ。あの時はそれしか頭の中になかった。
その事でカーメルは僕に一言いいたかったらしい。
この時どうしたらいいかわからなかったけど僕はとりあえず謝った。

「謝らなくてもいいよ。今度からあたし達も気をつけるから丸男も気をつけてね」
「ダメよカメ子そんな甘いこと言っちゃ。いい今度から後先考えずに行動なんてしない様にね。ちゃんと考えてから行動してよね。丸男にはそれが大事ね」
「わかったよ。 気をつけるよ」

夜寝る前になって二人が人の部屋まで来た理由はカメ子はお礼を言いに、カーメルは注意、というかお説教。
どうなってるんだとも思ったけど二人は二人で怖い思いもしてただろうしあの時はパニックだったんだろうと思う。
それで今日の事をしっかり気持ちの上で整理するために来たのかも知れない。

でも僕はいつもの事といえばいつもの事だけどカメ子とカーメルの言う事が対象的すぎてこらえる事ができなくて笑ってしまった。
僕が笑うとカメ子も笑った。
カーメルは僕達を見てなに笑ってんのよと言ったけど結局一緒に笑った。
疲れていたはずなのに三人で長い間笑っていた。


#創作大賞2023

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