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思考力は何歳になっても身につけることができる

こんにちは@tateshina_lifeです。

今日は論理的思考力はいつになっても身につけることができる、ということについて書いていきます。

インターネット技術(繋がる能力)とコンピューティングパワー(機械の処理能力)が発達したおかげで、私たちにとって固有の能力を発揮する上で最高の環境になっています。そしてそれは日々良くなっています。

一方で世の中が固有の能力をいかんなく発揮できる社会システムになっているかと言えばそうではありません。相変わらず知能という1つの能力に偏重されたシステムが社会に温存されています

技術環境を利用して固有の能力を発揮する際に、既存の社会システムに合わせた形でやらないと成功しない、ということです。

知能社会は理性・論理で成り立っていますから、論理的思考力を持っておくことは既存の社会システムを渡り歩く上で最低限の基礎体力、共通言語として位置付けられます。

言い換えれば、この基礎体力、言語さえ身に着けておけば、後は自分の好きなこと、興味のあること、得意なことを技術を利用して思いっきり育て、日本に留まらず世界に発信することにより、生きていくことができます

論理がしっかりしてさえいれば、YouTubeのコンテンツとして英語やスペイン語、中国語を使わなくとも世界中の人に自分の固有の能力を伝えることができるのです。

では、論理的思考力は先天的なものなのでしょうか?
後から身につけることはできるのでしょうか?

今の僕を知る人にはビックリされるかもしれませんが、僕は大人になるまで数学が得意ではなく、特に証明問題が苦手でした。もちろん好きでもありませんでした。ですから、高校や大学受験は力技の暗記で通してきました。

大人になり、奇跡的に思考することが仕事であるコンサルティングファームに入った後でも、諸先輩方から「お前は返事だけは良いけど、全く内容を理解していないよな」、「もっと考えろよ。考え抜け」と言われ続けてきました。

そんな僕が論理的思考力のプロとして仕事とすることができるまでに至った3つのポイントを紹介します。


”訊く”は一時の恥、”訊かぬ”は5年の損失

コンサルティングファームの新人は営業活動に関わりません(2000年当時僕が関わっていた会社の話です)。ですから”考える”作業は、先輩方が取ってきた案件について社内ミーティングで説明されるところから始まります。

先輩のことを腐すわけではありませんが、社内で若手を対象とする説明は、社外でクライアントにプレゼンする際よりも格段に丁寧さが下がります。そこで僕は”速く理解しているフリ”をしていたのです。分かっていないにも関わらず。

今論理的思考について熟練した立場で思い返せば、どんな些細なことであったとしても質問するべきでした。

考えるためには、与えられたお題やその前提条件について理解しなければならないからです。また、質問される側にとっても負担にはならず、むしろ相手が理解しようとしていることが分かるので安心できます。


最初から最後まで自分ごとを”考える”

僕が思考力を身につけることができたきっかけは2つあります。1つ目は日本におけるスポーツクラブの経営を考え続けたこと、2つ目は中国に駐在して営業からプロジェクト遂行、請求・入金確認までの一通りのプロセスを自分だけでやらなければいけない環境に置かれたことです。

僕はFC東京の熱狂的サポーターで、お世話になったコンサルティングファームの最終役員面接でFC東京の経営者になることを動機としていることを熱く語るほどでした。

先輩が営業して取ってきて、すでに建てつけられている案件を与えられ、自分の興味のあるなしに関わらず必死でキャッチアップしていく過程から離れて、自分が好きなこと、興味を持っていることについて徹底的に考え続けることができたことは一つの蓄積になりました。

後に中国に駐在員として現地の経営を任されることになったわけですが、売上・利益を自ら作り出さなければなりません。

営業はもちろんのこと、その前提としてどの業界、企業を攻めるかから考えざるを得ない環境に置かれたことで、最初から最後まで自分ごととして考え抜くことを毎日のように続けました


コップはいつの日か溢れる

続けることでいつの日か身に付きます。言葉で表現することは難しいのですが、だんだんと身についていくことはなかなか自覚できないのですが、ある日突然気づきます

雷に打たれたかのような感覚です。毎日ランニング、ジョギングを続けていて、日々達成感はあれど成長についての自覚がなかった人が、大会に出て去年よりも大きく順位を伸ばして驚く、と言った感覚です。

日々の実感がないので挫折しがちです。ここが難しいところで、皆最初から、もしくは途中で諦めてしまいます。

僕は皆さんに論理的思考力のプロとしてそれで食べてくださいと言っているのではありません。

皆さん固有の能力を発揮する基礎体力、共通言語として最低限の思考力を持っておくことが必須で、それは訓練の積み重ねによって習得できる、ということをお伝えしたいのです。

幼い子どもたちが言葉を覚えるように
皆さんも子どもになって学んでみてください

楽しそうな画が浮かんできませんか?

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