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街の本屋さんが見たコロナ【第32回マスクの向こう側】

<まえがき>伊坂幸太郎さんの『終末のフール』だったと思いますが、世紀末の寂れた商店街で「本屋さんが開いているのを見るとホっとする」という表現が出てきます。この自粛期間中、私はまさにその気持ちを味わいました。あの時、休業要請の対象から外された街の書店で、どのようなことが起こっていたのか。インタビューでお聞きしました。

●親子3代続く歴史ある書店
●自粛期間中に売れた本ってどんな本?
●本屋の前に長蛇の行列が…

―自己紹介をお願いします。
東京都中央区で書店を経営しています。祖父の代から3代続く、歴史のある書店です。単にお店で本を販売するだけでなく、近隣の問屋さんに雑誌を配達したり、逆に卸してもらった文房具、雑貨を店内で販売したりしています。規模は小さいかもしれませんが、ヴィレッジバンガードみたいなお店を意識しています。

―マスク、除菌スプレーなども扱っていますよね。いつぐらいから置くようになったんですか?
3月に、お取り引きのある問屋さんから「売れ残った消毒液を書店で取り扱ってもらえないか」と頼まれたのがきっかけです。一般的なアルコール消毒液ではなく、「じあえん…さん」とか言う難しい名前の消毒液で、最初は正直「こんなの売れるのかな」という感じだったのですが、驚くことに置いたその日に売り切れてしまいまして……実はこの消毒液というのが、当時コロナウイルスに効き目があると言われていた次亜塩素酸消毒液だったんですね。その後も、1日に50~100ぐらい飛ぶように売れていきます。「お客さんに喜んでもらえるなら」ということで、それ以外の問屋さんにも色々と声をかけ、何とかマスクや除菌スプレーなど感染対策グッズを用立ててもらうことにしました。

―書店としての、コロナの影響はどうだったんですか。
3月、おそらくは一斉休校の影響だと思いますが、子供のお客さんの利用が増えました。実は、近年の出版不況と言われる中でも、子供向けの本は唯一伸びている領域なんです。うちの店では、以前から多数取り扱っていたこともあり、その間の売上は好調でしたね。4月になって、緊急事態宣言が出されましたが、書店は当初より休業要請の対象から外されていました。大型書店や商業施設に入っている書店など、店によっては自粛したところもあったようですが、うちは普通に続けました。ただ、出版・物流への影響は大きかったようで、それまで2,3カ月に1度だった休配日が週1になったり、雑誌がすべて合併号になってしまったり、色々影響はありました。

―4月、5月で、一番、印象に残っていることは何ですか。
4月の緊急事態宣言後は、店頭だけ見ると、もはや本屋というより、感染対策グッズのお店です。連日、マスクと除菌スプレーを求めて、多い時では1日500人もの人が押しかけて来ました。父から店を継いで15年になりますが、レジの前から店の外まで行列ができたのは初めてです。入力のしすぎで、レジのエンターキーが壊れてしまいました。感染者が出たら一大事ですので、行列に並ぶ人に間隔を空けてもらったり、レジ前にビニールのシートを貼ったり、感染対策は念入りにほどこしました。スタッフも大変だったと思います。それにしても、緊急事態宣言の最中、閑散とした街の中で、うちの店だけ人があふれているっていうのは、異様な光景でしたね。

―自粛期間中、「これは売れた」という本があったら教えてください。
子供向けの本を除けば、小説や文庫はほとんど売れませんでした。売れたのは、もっぱら実用書です。たとえば、NHKの語学講座テキストやペン字練習帳、それから子供向けの学習ドリル、高額な図鑑など。いつもなら絶対に売れないようなものがたくさん売れた感じですね。それだけみなさん、自宅で過ごす時間を持て余していたのかもしれません。

―「巣ごもり需要」の一環で、小説・文庫も売れているかと思っていましたが。
そういう需要はあったと思いますが、Amazonなど、インターネットを通じて頼んだのではないでしょうか。外出自粛と言われている中、わざわざ書店に足を運ぶのはちょっと考えづらいですね。以前から言われていることですが、これを機に、ますます「リアル店舗なんかいらないんじゃないか」となりそうで怖いです。

―リアル店舗の良さはどこにあると思いますか。
…どこにあるんですかね(笑)。今、出版業界では年間7万点の新刊が出ると言われていて、大手の書店では「今月の新刊」などコーナーを設けて、毎月ずらずら並べて売られています。でも、うちみたいな小さい規模のお店はそんなことできません。新刊に限らず、できるだけ自分達が「いいね」と思ったものを置くなど、本は全部、厳選するようにしています。本に限らず、雑貨もそうです。カリスマ書店員じゃないですけど、そういうところで価値を感じてもらえると嬉しいですね。

―どうしたら、今後、もっと本が読まれるようになると思いますか。
国民的なヒット作が出ると少し違うのかな、と思います。たとえば、お笑い芸人の又吉直樹さんが『火花』を書いて、芥川賞を受賞した時はすごかったです。普段本を読まないような人までもが店にやってきて「火花ありますか?」と聞いてきました。残念ながら、あれ以降、一度もそんなことは起こっていませんが、ああいう風に、普段本を読まない人でも本に興味を持ってくれる機会があるといいですね。

―今後、お店をどうしていきたいなど、あったら教えてください。
店を継いで15年。本だけの売上を見れば、年々落ち込んできています。それを雑貨や今回のマスク・消毒液など、本以外の商材で何とか補っている状態です。将来的には、本屋を続けていきたいのであれば、本以外の部分で収益をたてないといけないんでしょうね。今はそれを真剣に考えているところです。緊急事態宣言中のことですが、コロコロコミックの発売日にそれを買うために、お金を握りしめてお店に来る子供がいました。見ていて微笑ましかったですね。ああいう子が一人でもいるなら、やっぱり、店は続けていきたいなと思います。(Kさん/書店経営)

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コロナ前後で大きく世界は変わると思います。1年後、5年後、10年後、「あの時、何があったのか」をしっかり振り返ることができるように書き残していきたいと考えています。フォローしてもらえるとすごく嬉しいです。twitterもやっています。

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