碧空戦士アマガサ 第3話「マーベラス・スピリッツ」 Part7
前回のあらすじ
広場での雨狐による襲撃により、病院には多数の人々が担ぎ込まれた。特にひどい精神ダメージを負った者はいまだに昏睡状態にあり、それは晴香の父・マーベラス河本も例外ではなかった。
湊斗とカラカサによる追跡により、雨狐の再出現地点に目星をつけた一同は、行動を開始する。河本の正義感に報いるために──
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現場検証を行う警察、騒ぎを聞きつけて集まったマスコミや野次馬──先ほどの広場には、2時間前と同じくらいの人々が集まっている。
「次から次と、どこから集まってくるのかしら」
羽音(ハノン)はそんな人だかりを見渡しながら呟き、側にいる子供の狐の背を押した。
「さあ、今度は大丈夫よね? <つたう>?」
「はい、ハノン様」
感情のない声で答え、雨狐<つたう>は袖口から取り出した物を空に掲げた。それは日の光を受けて虹色に輝く、ビー玉サイズの球体である。<つたう>はそれを人差し指と親指で握りしめ、砕いた。
パキンと澄んだ音が辺りに響く中、<つたう>は歌と共に歩き始めた。
「雨、雨、降れ、降れ、母さんが──」
虹色の欠片が空気に溶けて消えるのと同時に、天気雨が振り始める。カメラや通信機が不能になり、突然の事態に人々は不安げな言葉を口にする。
「あれ……カメラ映んないな?」
「トラブルですか?」
「ん……雨?」
周囲の人々が声を上げ始める中、<つたう>は歌いながら人混みへと近づき──少しの間をおいて、現世に顕現した。
「うわっ!? バケモノ!?」
はじめに声をあげたのは近くにいた警備員だった。その言葉は周囲の人々の注目を集め──一瞬落ちた沈黙の中で、<つたう>は言い放つ。
「こんにちは、人間のひと。そこを退いてもらえますか?」
「ひっ──」
恐怖が、伝染する。
天気雨を介して広がる恐慌と狂乱の波。その中で、<つたう>は広場の中心にあるステージへ向かい歩みを進める。
「ぴっちぴっち、ちゃっぷちゃっぷ、らんらんらん」
モーセが海を割るかの如く、人波が割れていく。人間たちの恐怖心は高まり続け、互いに殴り合いを始める者や自傷を始める者、失禁する者──様々な恐怖の形が顕現していく。
<つたう>は、人間たちの抱く恐怖を同じように感じている。しかし彼の感情は極限まで削ぎ落されており、影響を受けることはない。歌いながら淡々と歩を進めるその異形はステージ前へとたどり着き、振り返った。
「羽音(ハノン)様。着きました」
<つたう>は虚空へと声を投げる。少しの間をおいて、そのなにもない空間が滲み──ガラン、と下駄の音と共に、羽音(ハノン)が姿を現した。
「はぁい、良くできました。やっぱりこの下?」
「はい、この下です」
頷く<つたう>の言葉に羽音(ハノン)は「オッケー」と笑い、手にした鉄扇を開いた。それをテニスのラケットめいて振りかぶる。
「そぉれ!」
羽音(ハノン)は気の抜けた声と共に、それをステージに叩きつけた。
ゴッ──
さしたる力を込めたようには見えなかった。それにも関わらず、辺りには耳が潰れるほどの轟音が響き渡り、鉄パイプと木材で組まれたステージがいとも簡単に弾け、吹き飛んだ。
そしてそれは空中でバラバラになり──広場へと降り注ぐ。
天気雨により恐慌状態にある人々には為す術などない。凄まじい音と共に瓦礫の雨が着弾し、湿った土埃が上がる──羽音(ハノン)はその様子をしばし眺めていたが、不意に首を傾げた。
「……あら? あらあら?」
天気雨が土埃を洗い、瓦礫の散らばった広場が姿を見せる。瓦礫の雨に貫かれ、多くの人々が血を流し絶命している──と思いきや、なぜか人々は無事である。
「羽音(ハノン)様、あれを!」
僅かな驚きを滲ませた声と共に、<つたう>が指さす先。そこには、青い空を滑空する謎の物体が見える。
「……なにあれ? 下駄?」
羽音が眉根を寄せた、その時。
────……──!!!
天気雨を介して伝わる感情が、揺らぐ。
羽音(ハノン)と<つたう>は振り返った。恐怖怒り悲しみ戸惑いに塗られていたそれが、急激に変異していく。遠くに居る者から順に、急速に近付くその感情は──"驚き"であった。
「なにか──」
ヴァン!
羽音(ハノン)の呟きをかき消すように、獰猛なエンジン音が鳴り響いた。人々が転がるように道を開け、そこに現れたのは──白いミニバン。羽音(ハノン)たちは知る由もないが、それは<時雨>の車である!
雨狐を轢殺せんとフルスピードで突っ込んでくるミニバンは、晴香の纏うものと同じ超常の風に包まれており、雨狐に対する有効打になりえることが見て取れた。
「あら、あらあら」
しかし羽音(ハノン)は余裕の笑みを浮かべ。
「奇襲のつもりかしら?」
そのミニバンを、片手で受け止めた。
涼しい顔で小首を傾げてみせる羽音(ハノン)の足元に、蜘蛛の巣状の亀裂が走る。コンクリートの壁に激突したかの如く、車体は真正面からひしゃげ、潰れ、ついにその動きを止める。
羽音(ハノン)はそこからミニバンのフロント部分を握り潰しながら掴むと、片腕で持ち上げ──そこで、気付いた。
「あれ、誰も乗ってない──」
ヴァン!!!
刹那、ひしゃげた自動車の背後からエンジン音が響く。獰猛な獣のごときその咆哮を聞き、羽音(ハノン)は咄嗟に持ち上げた自動車を手放すが──時すでに遅し。死角から飛び出したバイクは猛スピードで羽音(ハノン)の傍を通過した!
「なっ──!?」
驚愕の声をあげた羽音(ハノン)の視界の端で、白いレインコートが翻る。
バイクはそのまま後ろに控える<つたう>へと肉薄。ドライバーが手を伸ばし──その襟首を掴んで引き上げた!
「わッ!?」
バイクは速度を落とすことなく、羽音(ハノン)から急激に遠ざかってゆく。子狐<つたう>と共に!
「っ──待ちなさい!」
羽音(ハノン)は叫び、踵を返して駆けだそうとしたが──その背後、自動車の残骸の影から、晴香が飛び出した!
「っラァッ!」
「──ッ!?」
超自然の風を纏った晴香が放った全力のアッパーカットは、羽音(ハノン)の顎を打ち据えた。そして晴香が纏う緑色の風は、ヒットと同時にその出力を最大にし、拳を起点とした竜巻を形作り……羽音(ハノン)を上空へと吹き飛ばす!
「ガッ……」
呻いた羽音(ハノン)の周囲で、天気雨が消えてゆく。発生源である<つたう>が移動したことにより、雨が移動したためであるが──それは取りも直さず、羽音(ハノン)の敗北を意味していた。
「お、おのれ、人間が──」
羽音(ハノン)は竜巻によって装束を引き裂かれながら、呪詛を吐きながら空に溶け──姿を消した。
「……一昨日きやがれ」
晴香は呟き、湊斗を追って駆け出した。
──合流地点は5キロ先、無人の岩山だ。
(つづく)
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