碧空戦士アマガサ 第3話「マーベラス・スピリッツ」 Part6
前回までのあらすじ
マーベラス河本のライブ会場に雨狐が出現した。天気雨を介して人々の感情が共有されるという能力により、会場中が恐慌状態に包まれた会場を救ったのは、マーベラス河本の体を張った芸であった。
ピッ……ピッ……ピッ……ピッ……
静かな病室に鳴り響くバイタルサインを聞きながら、晴香はベットに横たわる父親を──お笑い芸人・マーベラス河本を見下ろした。
「…………」
広場での超常事件発生から、2時間ほどが経つ。天気雨による強制的な"感情の共有"により、現場にいた多くの人々が病院に担ぎ込まれた。8割ほどの被害者はすぐに目を覚ましたが──マーベラス河本をはじめとした何名かは未だに昏睡状態にある。
しばし無言で父親を見下ろしていた晴香は、ぽそりと呟いた。
「……親父」
──まともに顔を見るのは、7,8年ぶりだろうか。
「……顔の皺、増えたな」
しかし、以前と違い肌ツヤは良くなっている。凛が"最近かなり売れてる"と言っていたが、本当にそうなのだろう。なんせ以前はどん底のどん底で、光晴に金を借りにきては追い返されていたのだから。
思い返せば、昔は父が好きだった。子供のころ、道場で稽古をつけてくれたのは父だった。よく笑い、よく笑わせてくれた。母親と三人の食卓はとても幸せだった。それなのに──
「……なんでお前は──」
コンコン。
晴香の言葉は、ノックの音に遮られた。慌てて「おう」と答えると、扉が開く。入ってきたのはタキだ。
「被害者の状況確認、ひと通り終わりました」
「サンキュ。悪いな、丸投げしちまって」
「いいんスよ」
タキは昏睡する河本に目線を遣ったあと、被害状況の報告を始めた。
「ご存知の通り、担ぎ込まれた人のうちの9割はすぐに回復してます。ただ、現場で起きた出来事の記憶がある人は誰も居ませんでした」
「あん? ……湊斗か?」
「いや、湊斗くんはやってないそうで……雨狐の副作用な可能性が高いです。で、今も昏睡している人は35名。顔写真撮らせてもらいましたんで、見てもらえません?」
そうしてタキは、手にしたタブレットを晴香に示した。そこには被害者の顔写真が表示されているが──
「……なんか見たことある顔ぶれだな」
昏睡者の一覧を観て、晴香が呟いた。例えば雨狐に向けた敵意が雨を介して"伝わった"ことにより、尋常でなく怯えていた男など、表示されているのはあのとき晴香たちの周囲に居た者たちばかりだ。
「要は、あの子狐の近く居た奴がでかいダメージ喰らってるってことか」
雨狐が近いほど精神ダメージが大きい。わかりやすい話だ。湊斗や晴香は九十九神の加護を受けていたので被害がなかったのだろう。
納得した晴香に、タキが疑問を投げる。
「んー、でもそうするとわかんないのは河本さんなんスよね……あの時ステージに居たって話でしたよね?」
その言葉を受けて、晴香はベッドの上へと視線を移した。そこで眠るマーベラス河本のあの時の行動を思い返し──呟く。
「……全員の注目を集めたから?」
あの時、会場中がステージを……その上に立つ褌一丁の河本を見ていた。全ての人の感情は河本へと向けられ、そしてそれは決して好意的なものではなかっただろう──
晴香はタキへと視線を戻し、言葉を続けた。
「精神的負荷が原因で昏睡しているのであれば、注目ってのも負荷になりうるんじゃないか?」
「ありえますね。ただそれ、相当デカい負荷なんじゃ……」
「だろうな……」
タキの言葉に、晴香はため息と共に同意する。
──なんだかすっごく怖いけどー! オイラは全! 然! こわくない!
頭をよぎるのは、あの時河本が歌った謎の歌。その行動は、確かに事態を収束させたが──あの時河本は震えていたし、その顔は真っ青だった。
「……無茶しやがって。馬鹿野郎」
晴香の言葉を受けても、マーベラス河本は動かない。
──病室には、しばしバイタル音だけが響き続けていた。
***
「湊斗、カラカサ、調子はどうだ」
5分ほど後。病院の屋上にやってきた晴香は、"天気雨予報"を行っていた湊斗とカラカサに声をかけた。湊斗は胡坐をかいたまま振り返り、答える。
「もうちょっとかかるかな」
晴香は手にしたコーヒーを湊斗に手渡し、「よっこらしょ」と隣に座り込んだ。缶コーヒーを開けて、湊斗はカラカサを見上げたまま晴香に口を開く。
「お父さんの様子は?」
「相変わらず寝てやがる」
「そっか」
そんな会話の後、晴香もまた空を見上げる。青い空に浮かぶ真っ赤な番傘は、その場でクルクルと回りながら唸っている。
暫くの沈黙の後、口を開いたのは湊斗だった。
「……ねえ、晴香さん」
「ん」
「親父さんがもし目覚めとして……ちゃんと会話する?」
「…………どうだろうな」
湊斗の問いにそれだけ答え、晴香は視線を空から戻す。自分を見据える湊斗の視線を受け流し、晴香は遠くを見ながら言葉を続けた。
「ガキの頃、芸人の娘だってイジメられてたって話したろ?」
「うん」
唐突に始まった昔話にも動じず、湊斗は相槌を打つ。
「タキはああ言っていたけど、実際はちょっと違ってな……イジメやってる所に、親父が乗り込んできたんだよ」
「うん……うん?」
首を傾げた湊斗に笑いつつ、晴香の説明は続く。
「教室で"バカの子"だのなんだの言われて、ぶん殴ろうにも逃げ回るせいでなにもできなくて……悔しくて悔しくて、そんな時に、いきなりあいつが教室に入ってきたんだ。それも、止めようとしてる担任を引き摺ってだぜ? ビビったよあれは」
そうしてやってきたマーベラス河本は、持ち前の芸で全力で滑り倒した。あまりに面白くなかったせいで凍りついた教室で、晴香はマーベラス河本を半殺しにした。鬼神の形相で父親をボコボコにする(ついでに担任やイジメっ子も巻き添えを食った)晴香を目の当たりにして──そのせいか、イジメはそれ以来なくなった。
「……まぁ、それをあいつが狙ってやったかはわかんないんだけどさ。なんかそういう正義感っていうか、そういうところだけは持った奴だったんだよな……今も昔も、空回りするけどさ」
呆れたように笑う晴香を見ながら、湊斗が問いかけた。
「今回、ああしてステージに上がったのもそういうことだったってこと?」
「んー。わかんねーけど……」
晴香は空を見上げる。思えば、父親のそういうところだけは好きだった気がする。
「……そうだと良い、とは思うよ」
「そっか」
『終わったよー』
微笑み、湊斗もまた空を見上げた。ほぼ同時に、カラカサの声が聞こえてきて、晴香は──そして湊斗もまた、頭を切り替える。
『んー……やっぱ、ちょっとおかしいね』
「なにがだ?」
妖怪の姿のまま湊斗のそばに降り立ったカラカサの言葉に、晴香が問い返す。
『羽音(ハノン)の妖気は感じるんだけど、子狐のほうが全然なんだよね……』
「"漏れ出して"こないってことか」
『うん、たぶん……』
カラカサが頷く。晴香は、先日湊斗から聞いた話を思い返した。
──雨狐は天気雨と共に現世に顕現し、雨が止むと姿を消す。姿を消すと人間からは見えなくなるが、それでも雨狐の妖気は現世に対して漏れ出しているらしい。それは残留思念や幽霊のようなもので、カラカサの行う"天気雨予報"はそれを拾い集める行為なのだという。
そう考えると、例の小狐は妖気が漏れ出しておらず……つまり居場所の特定ができない。妖気が少ないのか、質が違うのかはわからないが、先ほどの出現を予測できなかったのもそういうことなのだろう。
晴香はそこまで思案を巡らし、呟いた。
「厄介だな……」
そんな晴香の言葉に湊斗は「そうだね」と同意した上で、言葉を続けた。
「とりあえず羽音(ハノン)を追っかけてみるしかないね。なんか保護者っぽかったし」
「…………それな」
湊斗の言葉に晴香は思案を深める。羽音に縋る素振りを見せた子狐。あれはまるで親に縋るようであった。そしてそれを鉄扇で殴り飛ばした羽音(ハノン)──
「なぁ湊斗。あの子狐のあの扱い、どう思う?」
「んー……」
晴香のそんな言葉に、湊斗は缶コーヒーを啜って答えた。
「まぁ、少年兵というか……ロクなもんじゃないだろうね」
「無理矢理戦わされてる、とか?」
「いやどうかなぁ……」
湊斗の言葉は煮え切らない。彼がなにかいうより先に、晴香は言葉を続けた。
「だとするとなんか、そっちの意味でも厄介だよな。やりづらいというか……」
「…………うーん」
晴香の言葉に、湊斗はなにやら思案顔だ。首を傾げた晴香の胸元で、通信機が震えた。
『姐さん、湊斗くん。車準備できました』
屋上に、タキの声が響く。晴香は湊斗と視線を交わし、同時に立ち上がった。
「待ってろ、すぐ行く」
(つづく)
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