ていたらくマガジンズ__42_

碧空戦士アマガサ 第3話「マーベラス・スピリッツ」 Part8

[] [目次] []

(前回のあらすじ)
 雨狐<つたう>と羽音(ハノン)が再出現したのは、昼間と同じライブ会場であった。<時雨>の社用車を特攻させることでハノンに生じた隙をついて、湊斗は子狐<つたう>をバイクで拉致することに成功した。更に、晴香の竜巻アッパーカットが羽音(ハノン)の顎を捉え、見事に退却せしめたのだが──?

 時は、少しだけ遡る。

「まずは確認だが」

 タキの運転する車の中で、晴香は自ら立案した作戦を説明していた。

「厄介なのは二点。まずは雨を浴びた者の感情が共有されること。私たちが雨狐に向けた敵意だとか苛立ちだとか、そういうものがすべて周囲に伝搬して騒ぎが拡大する」

 朝とは違い、大型の車両だ。ボックス型の後部座席で膝を突き合わせるのは、晴香、湊斗、そしてカラカサ。無線は切ってある。

「先ほどの被害を思えば、私たちの敵意が原因で昏睡状態になる奴が出兼ねないし……それは避けたいと思っている。ここまでは良いな?」

「うん。同感」『オイラもー』

 各々が頷いたのを確認し、晴香は話を続ける。

「ふたつめは言わずもがな、羽音(ハノン)の存在だ。あの戦闘力はシャレにならない……そこでだ」

 晴香は言葉を切り、親指で車両後部に安置されたモノを指さした。

「私のバイクだ。タキに頼んで、本部から持ってきてもらった。私がこいつで子狐を連れ去る。そうすりゃ、湊斗は羽音とサシでやれるよな?」

『……マジ?』

 そう問いかけたのはカラカサだ。

『確かに姐さんは狐に触れるようになったけど……でもそれって』

「危険なのは承知の上だ」

 カラカサの言葉を遮った晴香に向かい、今度は湊斗が口を開く。

「それだと、問題がある。雨を発生させているのは、子狐のほうだけなんだ……だから、子狐が移動すると、天気雨も一緒に移動しちゃう」

 湊斗曰く、羽音(ハノン)たち<原初の雨狐>はその強大な妖気ゆえ、自分の”雨”を降らせるのが困難なのだという。そのため、基本的には子分が天気雨を呼び出し、それに相乗りする形で現世に顕現しているらしい。

 そんな説明を聞いて、晴香は頭を抱えた。

「マジか……てことは、子狐を拉致してしばらくすると羽音(ハノン)は消えるのか」

「しばらくっていうか、割とすぐに消えるんじゃないかな。だから多分、羽音を仕留めるのは難しいと思う。……そういうわけだから、作戦をちょっと変更しよう」

 湊斗は力強い笑顔と共に、人差し指でバイクを指さした。

「あれには俺が乗る。晴香さんは羽音(ハノン)に一撃カマす。一気に引き離せば、すぐに羽音(ハノン)は消えるし、安全。どう?」

「え、お前運転できるのか?」

「一応ね」

 カラカサを一瞥しながら答えると、湊斗は再び晴香に視線を戻す。

「子狐はカラカサでも見つけづらい。だから、例えば晴香さんが運搬途中で手を放しちゃったら、そのまま見失うリスクもある。でしょ?」

 言って聞かせるような優しい口調で話を続ける湊斗に、晴香は頷いた。

「そりゃ、そうだが……いいのか? 羽音(ハノン)のほうが大物なんだろ?」

 その言葉に湊斗は「大丈夫」と微笑み、頷いた。

「……今大事なのは、確実さ、だよ」

 ──晴香の気のせいだろうか。

 そう言った湊斗の目は、昼間見た"人形のような目"だった気がした。

***

 ──そして、現在。

 無人の岩山に、天気雨が降り注ぐ。採石場と思しきその土地では、ショベルカーやクレーン等、様々な重機が天気雨を浴びて輝いていた。周囲の崖城壁のごとく、そんな重機たちを見下ろしている。

 湊斗は採石場の中央までバイクを走らせると、そこで急停止させた。

「…………」

 そしてその勢いを乗せ、手にしたそれを──もはや動かなくなった子供の雨狐を、崖へと放り投げた。それは真っ直ぐに崖へと飛び、べしゃりと濡れた音を立てて崖に叩きつけられる。

「ぐゥぁッ……」

 子狐は小さな呻き声をあげた。その身体は右腕と右脚が根元から欠如し、左脚は膝から下が失われている。若草色であった装束は泥にまみれ、擦り切れ、もはや見る影もない──当然だ。時速120kmで走りながら、地面に何度も何度も押し付けたのだから。

「気を失わないように加減するのに苦労したよ」

 湊斗は言いながら、バイクを降りる。そして地面に落下したボロ雑巾のような雨狐に向かい、カラカサを先向けた。

「答えろ。お前らの目的はなんだ。なぜ、あの広場に二度現れた?」

 その瞳はどす黒く、なんの感情も浮かんでいない──人形のように。

「……………………」

 雨狐は答えない。湊斗が目を細め──カラカサの先端から放たれた光の弾が、再生しかけていた雨狐の左膝を消し飛ばした。

「ウアアアアッ!?」

「答えろ」

 子狐の悲鳴になんの感慨もない様子で、湊斗は威圧的に言い放つ。再度放たれた光の弾が、再生しかけの右脚を消し飛ばした。定期的に発砲しながら、湊斗はズタボロの子狐へと歩み寄る。

「……答えろ」

「っグ……ハァ…………か、欠片……です……」

「欠片?」

「そう……カミサマの……ああ……」

「…………なるほど。わかった」

 湊斗は呟き、子狐の頭にカラカサを向け、引き金に指をかけ──眉を顰める。子狐の残った左腕が、自らの懐をまさぐって──

「カミサマの欠片……を……!」

「っ……! させるか!」

 放たれた光弾は、地面を穿っただけだった。

 子狐は左手一本で跳躍し、口にくわえたそれを──彼が"カミサマの欠片"と呼んだそれを、噛み砕いた。

『ボクは死なない! 死にたくない!』

 拡声器を通したような歪な声と共に、子狐の身体が変異していく。欠損していた両脚の付け根から黒い大蛇が生え出で、互いに二重螺旋めいて巻き付き、結合し──巨大な一本の蛇へと姿を変える。人の大きさほどもあるその蛇は、子狐の背中越しに鎌首をもたげ──湊斗へと咢を開く。

『湊斗、これって!』

「っ──」

 カラカサの問いかけに、湊斗は答えられなかった。その目に浮かぶのは先ほどまでの人形の如き漆黒ではなく、より明確な──憎悪の色。

 子狐の右肩からは別の蛇が複数生え出で、それらが絡み合い、ひとつの剣へと姿を変える。そしてそれは、歪んだ声で人ならざる咆哮をあげた。

 ──────────────!!!!

 湊斗は敵を睨み、相棒へと呼びかける。

「…………行くよ、カラカサ」

 湊斗はカラカサを天に差し向け、叫ぶ。

「「変身!」」

 傘の先から白い光が放たれ、湊斗へと俄雨の如く降り注ぐ。光は天気雨に乱反射して虹となり、その身体に収束していく──そして光が収まり、そこに白銀の戦士"アマガサ"が佇んでいた。

「──俺は傘。この雨を止める、番傘だ!」

 アマガサは黒き大蛇──雨狐<つたう>の成れの果てへと言い放つ。大蛇はとぐろを巻いたまま鎌首をもたげ、威嚇するように牙を剥く。そして──先に動いたのは、大蛇であった。

「────────!!」

 咆哮と共に、大蛇の口から火球が放たれる! 

「ッ!」

 グバンッ!

 音速で飛び来たそれを、アマガサは横跳びして回避した。火球はアマガサを掠めて地面に着弾し、これを融解せしめた。膨大な熱量に天気雨が蒸発し、大量の水蒸気が立ち上る。

 アマガサは受け身を取って起き上がり──即座に駆け出した。間をおかず、彼が居た場所に火球が着弾、炸裂する!

 グバンッ! グバンッ! グバンッ! グバンッ!

 火球は途切れることなく放たれ、アマガサを追いかけるように降り注ぎ、大地を灼き尽くしていく。

『うひゃあ、キリがない!』

 手元でカラカサが悲鳴をあげる。アマガサは走りながら歯噛みし、打つ手を探して思考を巡らせる。

 大蛇の姿は、立ち込める白煙の向こうに掻き消えて見えなくなってしまった。隙をついて放った光弾にも手ごたえがないし、崖に追い込まれるのも時間の問題だ。

「……仕方ない」

 そこまで考えた後、アマガサはそう呟いて、相棒に声をかけた。

「カラカサ、ちょっと我慢」

『うええ。やっぱそうなる?』

 即座に意図を理解し、カラカサが嫌そうな声をあげる。それには耳を貸さず、アマガサは番傘を開いて火球に向かって突き出し……受け止める!

『うひゃあ、痛いし熱い!』

 衝撃と熱を受けてカラカサが悲鳴をあげる中、アマガサは白煙の中心へと進路を変更。立て続けに飛来する火球を時に回避し、時に傘で防ぎながら、白煙の中心付近へと踏み込み──その時!

『湊斗、伏せて!』「っ!?」

 バグンッ!

 咄嗟にスライディングしたアマガサの鼻先で、大蛇の咢が咬み合った。

「シュシュシュ……」

 大蛇は口惜しそうに声を漏らし、アマガサを睨む。虹色の澱みを湛え、十字の瞳孔が浮かぶ不気味な瞳──

「……このォッ!」

 至近距離にあるその瞳に向かい、アマガサは拳を突き刺した。

「──────────!!?」 

 大蛇が不快な悲鳴をあげながら、我武者羅に頭を振るう。アマガサはその頭を蹴って空に身を躍らせると番傘をたたみ──叫ぶ。

「行くよカラカサ。この雨を、終わらせる!」

『妖力解放!』

 砲身に妖力が集まる。アマガサは大蛇の頭に狙いを定める──

 ──晴香が現場に到着したのは、そんな時だった。

「湊斗!」

 晴香は途中でタキにピックアップされ、車で現場までやってきた。

 戦況を確認すべく、晴香は湊斗の名を呼びながら車を降り──扇子の九十九神リュウモンが形成した風の結界を纏うと、戦場へと駆け出す。

 風の結界によって天気雨が遮断され、<つたう>の感情共有が無効化される……はずだった。

 ──…………

「…………ん?」

 不意に生じた違和感に、晴香は足を止めた。

 ──……い 

 ノイズのようだったそれは徐々にその音量を上げて。

 ──にくいこわいにくいこわい

 晴香の脳裏を、恐怖と憎悪の声が塗りつぶしてゆく。

 「っ……なんだ……!?」

 異常を感じた彼女は車に戻ろうとしたが──既に手遅れであった。

 ────────────────!!!

「っっっアアアアア!?」

 晴香の心を、恐怖と憎悪の感情"そのもの"が貫いた。

 身体が震え、押し寄せる恐怖、憎悪、恐慌。喉が潰れるほどの悲鳴をあげながら、晴香は耳を塞いで膝をつく。

「姐さん!?」

『小僧! 出てくるな!』

 タキとリュウモンのやり取りも、晴香には聞こえていない。

「アアアアアア!!」

『ワシの結界が効いておらん……!?』

 リュウモンが戸惑いの声をあげる中、晴香の内に生じた恐怖は天気雨を通じて伝染してゆく。

 雨を浴びる者──すなわち、アマガサと、大蛇へ。

 「ぅあッ──!?」『湊斗!?』

 先に揺らいだのはアマガサであった。突如割り込んできた膨大な"恐怖"の波に、充填していたエネルギーが発散する。

 ──そうしてできた隙は一瞬であったが、致命的であった。

「────────!!!」

 大蛇の咆哮が採石場を揺らす。

 グバムッ!

 直後、アマガサの身体が爆炎に包まれた。アマガサの身体が上空に打ちあがる──黒焦げの身体が。

「────────!!!」

 大蛇は落ちてくるアマガサに向かって立て続けに火球を繰り出す。

 轟音が採石場を揺らし、爆炎が空に咲く。アマガサの身体は炎に包まれ、見えなくなり──やがて、大蛇は攻撃を止めた。

「シュシュシュシュ……」

 勝ち誇ったように、大蛇が息を漏らす。黒焦げになったアマガサは、もはやピクリとも動かない。

 自由落下してくるそれに向かって、大蛇は大きく口を開き──

 バグン。

 その咢がアマガサを喰らい、呑み込んだ。

(つづく)

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