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碧空戦士アマガサ 第3話「マーベラス・スピリッツ」 Part3

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前回までのあらすじ
 <時雨>本部に、お笑い芸人・マーベラス河本が突如として飛び込んできた。その濃いキャラクターに困惑する一同の前で、マジギレモードの晴香に向かってマーベラス河本が「パパだよ!」などと言い出した。
 一方その頃、都内某所で雨狐たちが──?

- 3 -

 都内某所、サラリーマンでごった返す駅前広場。蒸気機関車の等身大モニュメントの上に、2体の異形の姿があった。

 ひとつは、血のように赤き鎧の武者。現在は蒸気機関車の上に胡座をかき、肘をついて空を見上げている。もうひとつは、夜色の袍に身を包む宮司。こちらは鎧武者の側に佇み、広場の人間たちを見つめている。

 両者ともその顔は狐の面と同化しており、垣間見える肌は漆黒の鱗に覆われている──怪人"雨狐"。彼らは自らをそう呼称する。

「……おい、紫陽花」

「はい」 

 鎧武者/イナリに名を呼ばれ、宮司/紫陽花は返事をしながら顔を向けた。イナリは退屈そうに空を見上げた姿勢のまま、言葉を続ける。

「なんか妙に人の気配が多いが、こりゃなんだ? 昼間ッから祭りでもやってんのか?」

「いえ、この地は普段から人が多いのです」

「へえ」

 イナリは返事をしたまま、引き続き空を眺める。紫陽花は人間観察を再開し──ぽそりと呟いた。

「……それにしても、多いな」

 駅前広場には数えきれないほどの人間がいる。それはいつものことなのだが、今日は普段よりも人の流れが悪く──まるでなにかを待っているようだ。イナリの言うように、本当に祭りでもあるのかもしれない。

 ……などと考える紫陽花の側で、イナリが突然ごろんと大の字になって。

「アー! 暇だーッ!」

 地が揺れんばかりの声量で、叫んだ。

 ビリビリと空気が震え、紫陽花の耳がキンと痛む。周囲の建物に反響して、残響音はいつまでも周囲を満たす……しかし、人間たちはそれを意に介さない。

 ──否、それがどれほどの大音量でも、"聞こえていない"。何者も彼らを咎めず、見咎めず、認めない。

「…………」

 紫陽花は小さく溜め息をついた。そこに込められた感情は、急に大声を出したイナリに対する苛立ちだけではなく──"天気雨なしでは現世に干渉できない"という事実に対する、幾分か複雑な感情であった。

「羽音(ハノン)のやつァどこで油売ってんだ……」

 ぶつくさと文句を言うイナリの腹に、一羽の鳩が降りてきた。それはイナリの身体を通り抜けて、モニュメントの上に着地する──全ての生あるものは同様だ。雨狐に触れることも、その姿を見ることも能わない。"天気雨"なしでは。

 イナリの腹から顔を出したり引っ込めたりする鳩を眺め、紫陽花は目を細めると空を見上げた。晴れ晴れとした空は青く澄み渡っている。

 天気雨さえ降ればこの場で王の"暇つぶし"も実現できようが、雨が降る気配は微塵もない。そもそも都会では天然の天気雨は希少だ。

 先日のように妖力で無理矢理雨を喚ぶにはまだ負荷が──

「アー……」

 紫陽花の思考を遮ったのは、イナリの大欠伸だった。鎧兜のようなその面の口元が獣のように大きく開いている。そのままたっぷり10秒ほどの大欠伸を終えると、イナリは紫陽花へと視線を遣った。

「……暇だ。なんかないのか。紫陽花が爆発するとか」

「それは痛いので嫌です」

「いいじゃねぇかちょっとくらい」

 あまりの無茶振りに紫陽花がため息をついた時、傍に二つの気配が生まれた。

「お待たせー。連れてきたよー」

 気楽なトーンで話しかけてきたのは、花魁衣装の雨狐・羽音(ハノン)である。その側には、若草色の甚兵衛を纏った小柄な雨狐が立っている。そちらは紫陽花の知らぬ顔だ。

「遅せェぞ羽音。危うく紫陽花が爆発するとこだ」

 イナリが起き上がり、羽音を睨む。彼女はそれを受け流し、クスクスと笑った。

「だめだよ王様。紫陽花が居ないと色々困るでしょ?」

 そんなやりとりをよそに、紫陽花は小柄な雨狐を一瞥すると羽音に問いかける。

「…………此奴、子供ですか?」

「あら、よくわかったわね? ちょっと大きめの子を選んだのだけど」

 その言葉にピクリと反応したイナリは、座したままその子供を見据えた。

「へぇ、子供の狐か。おもしれぇな」

「はじめまして、王様」

 それは少年のような声でそう言うと、ぺこりと頭を下げた。その様子を横目に、羽音は紫陽花に問い返す。

「それで紫陽花、場所の検討はついたの?」

「ええ。標的の場所はここから程近いですが……イナリ様。どうやら本当に祭りがあるようです」

「あん?」

 不意に水を向けられ、イナリが首を傾げる。紫陽花は付近のビルに据え付けられた大型ビジョンを見上げた。

 映し出されているのは人間の男だ。その上に派手な文字で『交通安全月間啓蒙パレード開催! 本日12時から!』『一日署長! 今大注目のピン芸人! マーベラス河本!!!』などと記されている。

「面倒なことに、多くの人間がそこに居る可能性が──」

「あらあら。でも人がたくさんいても関係ないわ」

 紫陽花の進言に口を挟んだのは、羽音であった。彼女は子供の頭を撫でながら笑う。

「この子の"雨"は、人が多い方がいいのよん」

 ──これだから脳筋は。

 紫陽花は苛立ちもあらわに、羽音へと詰め寄る。

「あのですね、天気雨を喚ぶにもアマヤドリを喚ぶにも、コストというものが──」

「まぁまぁ、紫陽花。そんくらいにしとけ」

 説教を始めた紫陽花を、イナリが諌めた。そして有無を言わせぬ声音で、言葉を続ける。

「面白そうじゃねぇか。やらせてやれ」

「……御意」

 紫陽花が口を閉ざしたのを確認し、イナリはおもむろに立ち上がると、小狐を見下ろした。

「目的はわかってんな? ちゃんと"回収"してこい。そんで──」

 イナリはそう言いながら小狐の元へと歩み寄ると、地獄のような殺意と共に言い放った。

「──ついでに、その祭りとやらをぶっ壊してこい」

「はい。お任せください」

 その小狐は、イナリの殺意を浴びてなお平然と頷く。

 ──同時に、先ほどの鳩が突如として絶命し、蒸気機関車から転がり落ちた。

(続く)

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