碧空戦士アマガサ 第3話「マーベラス・スピリッツ」 Part2
前回のあらすじ
湊斗の<時雨>隊員としての初出勤当日、ひょんなことからお茶の間が凍り付いた。"マーベラス河本"という言葉がNGワードであることはわかったものの根本原因はわからないまま、湊斗は<時雨>へと向かった。
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超常事件対策特別機動隊、通称<時雨>。
警視庁の武術顧問である晴香の祖父・河崎光晴を隊長として組織され、雨狐の引き起こす超常事件の調査・解明を使命とする部隊である。隊長の光晴、副隊長の晴香を筆頭に、少数精鋭での活動を行っているらしい。
事前に聞いていた情報を頭の中で反芻しつつ、湊斗は目の前の<時雨>本部を仰ぎ見る。
──そして、誰にともなく呟いた。
「……てっきり警視庁の本庁にあるんだと思ってた」
『ボッロいビルだねぇ』
湊斗の手元で、カラカサが小さく応えた。
そこは東京都霞が関・警視庁本庁舎とは似ても似つかない、5階建ての雑居ビルだった。カラカサの言う通りかなり年季の入ったビルで、1階部分はガレージになっている。2階部分の窓ガラスには"Coffee LUPO"と書かれているので、喫茶店かなにかだろうか。なんであれ、そのビルはどちらかというと「特殊部隊の本部」というよりも「潰れかけの有限会社」といった趣だ。
湊斗がぽかんとしたままビルを眺めていると、後ろから光晴が声をかけてきた。
「ここの3階から上が、うちの本部だ」
「え、あ、本当にここなんですね……」
視線を戻して応えた湊斗の言葉に、光晴は呵々と笑う。
「たしかに小汚いが、良いとこだよ」
「てっきり警察署内にあるものだと……」
「あー。あっちはビルの出入りが面倒だし、渋滞も多いし、やりづらくてな。こういうところの方が気楽で良い」
「なるほど……」
……機密とか防犯とか、そういうのは大丈夫なんだろうか。
そんな心配をよそに、光晴は気楽な様子でビルの階段を昇り始めた。ちなみにタキはガレージに車を入れるのに四苦八苦している。湊斗はひとまず、光晴についていくことにした。
人がギリギリすれ違える程度の狭い階段を昇りながら、光晴は湊斗に声を投げてくる。
「この階段は3階まででおしまい。入ってすぐにオペレーションルームがあって、現場との連絡は全部そこでやっとる」
階段を昇りきった先──3階の壁には一枚の扉があり、<時雨>と雑な字で書かれた表札が下がっている。その前で立ち止まると、光晴は振り返って説明を続ける。
「4階が晴香たちの執務エリア、5階は倉庫と会議室。そっちは内階段で昇れる。泊まり込みの際は5階で寝ること。OK?」
「泊まり込み……? ま、まぁ、とりあえずOKです」
「よし。じゃ、中でメンバー紹介といこう」
そう言って光晴が扉に手をかけると、それはギギギと鈍い音と共に内向きに開いた。湊斗は<時雨>本部へと足を踏み入れて辺りを見回し、呟く。
「あ、中は思ったより綺麗だ」
「だろ?」
笑いながら、光晴もまたオペレーションルームに入ってきた。
ビルの外観とは裏腹に、中は近代的なオフィス然とした内装をしていた。広さは学校の教室くらいの空間で、大型のディスプレイが3つと作戦卓がひとつ置かれている。壁の一面はホワイトボード化されていて、大きな地図や現場写真が貼られていたり、あれこれと殴り書きされたり。日頃の忙しさが目に見えるようだ。
壁に貼られたうちのひとつ、この街の地図と思しきものの前に、3人の男女が立っている。光晴は気楽な様子でそちらへと歩み寄った。
「おはよう。みんな揃っておるな」
「あ、おはようございます隊長」
「おはようございます!」「はざーす」
口々に挨拶を返す隊員たち。その中で最初に湊斗と目があったのは、メガネをかけた背の高い男だった。
「あ。そちらが例の?」
「そう。天野湊斗くんだ」
メガネ男の問いかけに、光晴は頷いてみせる。湊斗も軽く会釈をして、挨拶をした。
「どうも、はじめまして」
男は手にしたタブレットPCを畳んで抱え込むように持つと、会釈を返して口を開く。
「はじめまして。乾 慎之介です。ここのオペレーションのまとめと、情報収集を担当しています」
年の頃は30前後だろうか。黒髪短髪の、こざっぱりした男だ。彼は四角い眼鏡をクイとあげ、落ち着いたトーンで言葉を続ける。
「君のことについては、晴香さんとタキさんから聞いています。正直、調査に結構行き詰まっててね……色々と情報交換したい。よろしく」
「こちらこそ。よろしくお願いします」
湊斗が返事をすると、乾は目の前にいる男女の背を押した。
「そしてこの二人が僕の部下。ソーマと凛だ」
「えっと、雪村 宗馬っす。ソーマって呼ばれてます。デバイス作りと、後方支援が担当っす。よろしゃす」
先に雑な口調で自己紹介したのは、ツンツン頭が特徴的な、目つきの悪い青年だ。手には基盤丸出しの謎のデバイス。タキや晴香よりもだいぶ若そうに見える。
続いて、女の方が一歩出て、頭を下げた。
「佐倉凛です。お気軽に凛とお呼びください。オペレーターと、救護、あと総務全般を担当しています。よろしくお願いします」
ソーマとは対局のハキハキした挨拶の後、凛はぺこりと美しいお辞儀をする。ショートカットの黒髪がサラサラと揺れた。
最後に統括するように、光晴が口を開く。
「この3人が、まぁ後方支援ってやつだ。オペレーション、救護、たまに援護。あとは……おっと」
光晴はそこまで言ったところで、一旦言葉を切った。湊斗が首を傾げたところで部屋の扉がガチャリと開き、車を停め終えたタキが入ってきた。
「で、そこのタキは前衛」
「あ、ども、おはようございます」
一同の視線がタキに集まったところで、光晴が言葉を続けた。
「前衛チームは現場に出て身体を張ってもらう役割だな……まぁ、タキにはついでにIT顧問もやってもらっとるが」
「いや隊長、俺ITが本業っすよ!?」
「おや、そうだったかの」
とぼけた様子で笑いながら光晴は隊員たちを見回し、湊斗へと再び視線を戻した。
「こいつらと、晴香。それがうちのメンバーだ。では湊斗くんからも自己紹介を──」
そんな光晴の言葉を遮って。
バァン!
「──ッ!?」
突如、派手な音と共に扉が開かれる。湊斗とタキはほぼ同時に、拳を構えながらそちらを振り向く。そして。
「とーうっ!」
素っ頓狂な叫び声と共に、オペレーションルームにスーツのオッさんが飛び込んできた。
「くるくるシュタット!」
水泳の飛び込みのようなポーズで、文字通り"頭から"飛び込んできたオッさんは、謎の呪文を唱えながらゴロゴロと前回り受身を取る。そして、体操選手のようなポーズで立ち上がって。
「ハイッ! 10点満点の着地!」
叫んだ。
「……………………」
沈黙。
無限にも思える15秒ほどの空白の後、年長者である乾がおずおずと口を開く。
「……あ、あのー……すみません、部外者の方は……」
「あれェ? 面白くなかった?」
乾の言葉を受け、オッさんは大げさに首を傾げながらおどけてみせて──
「……あれ?」
湊斗は思わず声を漏らす。どこかで見覚えがあるような……?
湊斗が記憶を探り始めるより先に、後ろにいた凛が「も、もしかして!」と声をあげた。
「マーベラス河本さんですか!?」
その言葉を受けて、大袈裟に凛を指さしながら、いちいちオーバーなオッさん──お笑い芸人・マーベラス河本は叫んだ。
「ンざっつらいと! マーベラスだよお嬢さん!」
湊斗は思わずタキに視線を投げる。その顔全体に「勘弁してくれ」という文字が浮かんでいた。それもそうだ。今朝の晴香の様子を考えれば、湊斗ですら同じ気持ちになる。ここに晴香が居ないことが唯一の救いだ。
「そう! 私こそ! スーパーミラクルハイッパーサバイバル芸ッッッ人!」
ゲンナリした湊斗たちを差し置いて、その男は無駄に洗練された無駄のない無駄な動きと共に、名乗りを上げる。
「んマーベルァス! 河・本・です!」
「うるさいぞモトハル。ここはオフィスだ」
それをバッサリと切り捨てたのは他でもない光晴だったが──その言葉に、湊斗が眉をひそめた。
「……モトハル?」
「いいじゃないの父ちゃん。俺の芸風なんだから」
「やかましい。それよりなんの用だ」
湊斗の呟きには気付かず、二人は普通に会話を続行する。
「やだなぁ、テレビ観てない? 今日は警視庁の一日署長で──」
「あ、あの、ちょっと」
長話を始めたマーベラス河本の言葉を、乾が遮った。
「ちょっと待ってください、今なんかすごく気になる言葉が聞こえたんですけど」
「ん?」
光晴が振り返り、マーベラス河本との会話が止まった、その時。
がちゃり。
オペレーションルームの扉が再び開いた。
「うっわ、最悪……」
横でタキが全力のため息をつくのを聞きながら、湊斗も暗澹たる心持ちで入り口を見た。
「……ったく誰だよ、表に路駐してんの。しょっぴくぞ」
愚痴をこぼしながら入ってきたのは、河崎晴香。
今最もこの場に居てほしくなかった人物だ。
「はぁ……バイク飛ばして機嫌治るかなぁとか思ってたけどこれは無理だなぁ……」
「タキ、湊斗。今日は……あ?」
タキが零した言葉には気付かず、なにかを言おうとした晴香は──とうとうその"来客"に気付いた。その手の中で、フルフェイスヘルメットがメキメキッと音を立てる。
「…………てめぇ、なにしに──」
「晴香ァァァッ! 会いたかったよォォォォ!」
ハトくらいなら殺せそうな勢いの殺気を放ちながら、晴香はなにかを言いかけたが……それを遮ったのはマーベラス河本その人だった。
彼は奇声とともにその場で飛び上がり、晴香にルパンダイブする。
「なっ……!?」
狼狽える晴香に抱きつきながら、マーベラス河本はこう叫んだ。
「久しぶりィ! パパだヨォ!」
……………………
オペレーションルームに、沈黙が落ちて。
「「「パパ!?」」」
湊斗と隊員たちの声が、オペレーションルームにこだました。
(つづく)
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