碧空戦士アマガサ 第3話「マーベラス・スピリッツ」 Part4
前回までのあらすじ
<時雨>本部に初出勤した湊斗。そこへ飛び込んできたのはマーベラス河本──晴香が蛇蝎のごとく嫌うお笑い芸人であった。マーベラス河本は晴香を見つけると、「パパだよ!」と叫びながら飛び込んだ。
一方その頃、雨狐の一行は都内某所でたむろしていた。羽音は、連れてきた子供の雨狐を使ってなにやら企んでおり──?
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マーベラス! マーベラス! マベマベマーベラース(A-Ha!)
マーベラス! マーベラス! マベマベマーベラース(Oh-Yeah!)
その胡乱な歌は、突如として<時雨>本部に響きはじめた。書類に目を通していた光晴は、側にいた部下たちと顔を見合わせ、音の出元を睨む。
「……うるさいな」
「で、電話……ですかね?」
「自分の歌を着メロにすンの、すげーな……」
光晴はため息とともに立ち上がるとソファへと歩み寄る。そしてそこで眠る男──マーベラス河本を小突いた。
「おい、電話鳴っとるぞ。いい加減起きんか」
ぺちぺちと頬を叩くと、そいつは鬱陶しそうに顔をずらしながら呻く。
「うーん、晴香ァ……」
「おーい……むっ?」
光晴は言葉を止めた。頬を叩いていたその手が、不意にガシッと捕まれたのだ。そして──
「パパぁそんなに食べられないよォ……」
マーベラス河本は光晴の腕を抱きしめながら、ベタな寝言を垂れた。
「………………せりャッ」
どがっしゃん。
光晴はそいつをソファごとひっくり返した。
──時は、1時間ほど遡る。
愛する娘に向かってルパンダイブしたマーベラス河本は、しっかりと晴香に受け止められた。
しかし晴香は、そのまま勢いを殺さずその場で横回転。同時に流れるように河本の身体を上下逆さまに持ち替え──頭から地面に叩きつけた。
伝説のプロレス技、パイルドライバーである。
ルパンダイブの勢い、回転のパワー、そして河本の体重。その相乗効果により、河本の意識はぷっつりと途切れた。
そんな河本を放置して、晴香はタキと湊斗を連れてパトロールへと出かけてしまった。光晴は仕方なく、彼をソファに寝かせておいたのだった。
光晴が思い返す間に、ソファとともにひっくり返ったマーベラス河本は自力で這い出してきた。
「痛ててて……ちょっと父ちゃん? 流石に乱暴すぎない?」
「やかましい。それより、携帯鳴っとるぞ」
件の騒がしい着信メロディは相変わらず鳴り続けていて、ちょうど1番のサビが終わったところだ。
「ん、おお……えっ!? もうこんな時間!? も、もももしもし!? す、すみません! 今すぐ向かいます! え、あ、はい、30分くらいで! はい!!」
「お前は本当に落ち着かないというか……」
慌ただしく身なりを整えるマーベラス河本を見て、光晴は盛大なため息をついた。その後ろから凛が顔を出す。
「今の、マネージャーさんとかですか?」
「そ、そうなんだよレディ! パレードに出席しなきゃなのに集合時間30分もすぎちゃって!」
「いつまでも起きんお前が悪い」
冷たく言い放つ光晴に、今度はソーマがツッコんだ。
「いや隊長、流石にパイルドライバーしたひとが悪いと思うんスけど」
「…………」
その言葉に光晴は頭を掻き、なにやらしばし考えて、頷いた。
「……一理あるな」
***
『──というわけでソーマは送迎のためしばらく動けん。そのつもりでな』
<時雨>所有のミニバンの中。通信機から聞こえる光晴の声に応えたのは、タキだった。
「了解です」
「ちなみにそっちは今どこだ?」
「湊斗くんのために、これまでの事件現場を回ってます」
「OK。なんかわかったら連絡を」
「はい」
回線が閉じる。同時に、晴香は助手席で大きな溜息をついた。
「本当になにしにきたんだ、アイツは。迷惑なやつだな……」
「いやパイルドライバーはやりすぎですよ……」
「条件反射だ。仕方ないだろう」
タキとのそんなやり取りを、後部座席の湊斗はしばし所在なさげに見ていた。視線を感じて振り返ると、湊斗はおずおずと口を開いた。
「えっと……なにがあったか、聞いても良い?」
「……まぁ、気になるよな」
晴香は湊斗に複雑な表情を向ける。目的地まではあと数分。触りだけ話すか、と晴香は居住まいを正す。
「マーベラス河本、本名・河崎本晴。爺ちゃんにとっての長男で、不本意ながら私の元・父親だ」
『元?』
口を挟んだのは湊斗の手元の番傘──付喪神・カラカサだ。本部では傘に擬態していたが、晴香とタキしかいない今、彼も普通に喋ることができる。
「そう。売れない芸人でさ。全然家には帰ってこねーし、あんな芸風だから私は河本の娘だってイジメられるし、そんな中で母親は身体壊すし……まぁ、そこら辺はよくある話──」
自嘲的な笑いを浮かべる晴香の言葉を、タキが遮った。
「ちなみにイジメっ子は姐さんがボッコボコにしてたよ」
「余計なことを言うなバカ」
タキの肩をはたき、晴香は言葉を続ける。
「決定打は、母さんが死んだときだ。死にかけた母さんの顔すら見に来ず、電話にも出なかった。そんで忘れたころにひょっこりでてきて、墓参りだけして……それだけだ。それを見て、あいつはもう家族じゃねぇって思った」
晴香は遠くを見ながら語る。湊斗も、カラカサも、タキも、なにも言わない。気まずい沈黙の中、車が目的地に到着して、晴香は手を叩いて話を締めた。
「とまぁそんな感じで、私はあいつの顔も見たくない。……ンなことより、着いたぜ」
「あ、うん……」
晴香は湊斗と共に車を降り、目的地へと歩を進めた。ちなみにタキは車を停めるのに四苦八苦している。
そこは一見すると工事現場のような、防護壁が張り巡らされた空間だった。内部の様子は伺い知れないが、少なくとも工事をやっているような音はしない。
晴香はスタッフ用の出入り口へと歩み寄り、鍵の制御盤を開いた。
──湊斗が口を開いたのは、そんなときだ。
「……でもさ」
「ん」
暗証番号を入力して扉を解錠しつつ、晴香は振り返った。
「会えるなら、会っておいたほうがいいよ──会えるうちに」
「…………」
普段なら、綺麗ごとを並べるなと睨むところだ。だが、晴香はそうできなかった。
その時の湊斗の目は、まるで人形のようだった。膨大な感情が渦巻き、溶け合い、そして塗りつぶされたような──
「……どういう意味だ?」
少しの沈黙の後、ようやく晴香は問い返す。湊斗はふっと息を吐き、いつもの人当たりの良い雰囲気に戻った。
「どうもこうも、そのままの意味。……あ、タキさんきた。行こう」
湊斗はそう言い残し、さっさと晴香の傍を抜けて扉を潜ってしまった。彼の言う通り、後ろからタキが駆けてくる。
「お待たせしました! ……どしたンか、突っ立って」
「いや……なんでもない」
言いながら、晴香もまた、防護壁の内側へと足を踏み入れ──すぐに、湊斗の背中にぶつかった。
「おい、入り口で立ち止まるな」
「あ、ごめん……ちょっと、びっくりして」
『これは……想像以上だねぇ……』
湊斗とカラカサの言葉を受けて、晴香もまたその光景を見渡した。
──初めて見たときも今も変わらず、壮絶なものだ。
防護壁の内側に広がるのは、クレーターのように抉れた地面。その中には滑らかな凹凸があり、所々に無骨な鉄骨やら車やらビルの破片やらが形を残しているが──そのすべてが、白い"なにか"にコーティングされている。なにかに例えるとするならば、お好み焼きの"タネ"に近いだろうか。
立ち尽くす湊斗の傍に並びながら、晴香は説明を始めた。
「半年前まで、ここには3棟のビルが建っていた。そうして、あの日──初めての超常事件が発生した」
「ケース01……<溶解するビル>」
出際に見返した調査資料のタイトルを、湊斗が零した。
「そう。3棟のビルは瞬く間に姿を消し、あとに残ったのはこのクレーターのみ。ここにある白いものはすべてビルだったもの……いや、違うな」
言葉を切った晴香に、湊斗が視線を向ける。その目は先ほどと同様、人形のような目であったが──同時に、煮えたぎる怒りも見て取れた。それを見据え、晴香は言葉を続ける。
「この事件の死者は15名。そして、行方不明者は192名──おそらく、そのすべては溶解したものと思われる。つまり白いのはビルだけじゃない。それ以外も含んでいる」
晴香の言葉に湊斗は目を細め、手にした番傘を放った。それは回りながらひとりでに開き、一瞬のうちにカラカサお化けへと変貌した。
そのまま空中で制止するカラカサに、湊斗は語り掛ける。
「カラカサ。なにか感じる?」
『特別なものはなにも。ただ、ひとつわかったことがある』
「なに?」
『"天気雨予報"で、オイラはいくつかの妖気の塊みたいなものを起点に探索してたんだけど──その起点となる妖気の塊のひとつが、ここみたい』
──天気雨予報。
その言葉に、晴香は車の中で聞いた話を思い出す。それは、妖気の流れや大気の状態をもとにその日の"天気雨"──つまり、雨狐の出現予測をするという、カラカサの特技だ。
「つまり?」
回想する晴香の横で、タキが問いかけた。カラカサに代わり答えたのは、湊斗。
「要するに、ここには雨狐の匂いみたいなものがめちゃめちゃ残っていて……他にも、そういう場所があるってこと」
「てことはなんだ、おい」
その言葉に、晴香の中で最悪の可能性が頭をもたげた。
「……私らが知らないだけで、こういう溶けた場所や溶けた人が、他にも──」
晴香がそれを言いかけた、その時だった。
『ザッ……晴香さん、タキさん、天野さん! 天気雨発生の連絡がきました! 場所送ります!』
タキの肩口で通信機が叫んだ。同時にカラカサが叫ぶ。
『えっ!? 今日は全然気配なかったんだけど!?』
その言葉を受けた晴香は、湊斗に視線を移す。彼自身も驚いた様子で、嘘ではないらしい。
「原因究明はあとだ。タキ、場所は」
「ここから近いです……って、あれ、ここって──」
タキは、自分の端末に届いたGPS情報を見て目を見開く。そして両手でスマホを掴み、なにやら慌ただしく操作しはじめた。
「どうした?」
「やっぱりそうだ……!」
先を促す晴香に向かい、タキはバッと顔をあげて、叫んだ。
「現場、ここ、今日マーベラス河本がパレードやるトコです!」
(つづく)
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