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【高校音楽Ⅰの授業実践①】ジグソー法によるバッハの授業①

 福島県立安積高等学校で実際に行っている音楽の授業を紹介します。

 今日のテーマはJ.S.バッハが作曲した名曲中の名曲「マタイ受難曲BWV244」です。この曲は、マタイの福音書に基づき、イエス・キリストの最期の3日間を、修辞学など当時の作曲技法の粋を集めて描いたものです。
 この曲の面白さを生徒に実感させるためには、作品の解説だけでは不十分であると考え、20年ぐらい前から初見の楽譜についてグループで読み解き、その魅力をプレゼンテーションするという授業を行ってきました。生徒は、教授的な鑑賞の授業とは比較にならないほど主体的に授業に参加し、授業後の感想も良好ではあったのですが、グループ内に1人でも音楽に詳しい生徒がいると、その生徒にすべて従ってしまうなど、どうしてもグループ内で生徒による積極性に差がでてしまう状況がありました。
 そこで、生徒全員が真剣に音楽と対峙し、意見を述べ合うことができるよう、5年ほど前からジグソー法を取り入れています。ジグソー法については、すでに様々な教科・科目で実践され紹介されていますが、ここでは1年次生の音楽の授業での実践を紹介します。

時代区分

 まず、授業の冒頭では、J.S.バッハの音楽史上の時代区分について確認し、バロック時代の特徴について教科書を使って3点ほど学習します。
 ①長調・短調はこの時代に確立した(長調・短調ではない音律の曲は、現代人の耳には奇異に感じたり民族的に聞こえたりする)。②旋律と伴奏の明確な分離(オペラが誕生したことで、旋律を旋律で飾るポリフォニーではなく、歌詞が聞き取りやすく現代ポップスにも通じるモノディー様式が主流となっていく)。③楽器の改良と器楽音楽の隆盛(よくTVで楽器の聞き比べに登場するウン十億円という高価なヴァイオリンは、たいていこの時代に制作されたもの)。
 この時代の音楽の変化が現代のポピュラーミュージックにもつながっていることを知ることで、親近感を感じてもらいます。

楽譜の解説

 次にいよいよ「マタイ受難曲」の分析に入ります。
 まず最初に、第1曲の合唱について、何の予備知識もないまま鑑賞させます♪。感想を聞くと生徒たちは「暗い」とか「重苦しい」などと言ってくれるので、「正解!」と言いながら、この曲がイエスの受難を表した作品であることを伝え、そのまま1つ目のポイントである大胆な構成について解説します。

ポイント1 構成

 映画などで冒頭部分にショッキングなクライマックス直前を映した後に、時間をもどしてそのようになった経緯やその後の結末を描いていく、フラッシュバックと呼ばれる構成(例えば映画「アマデウス」では、おじいちゃんになったサリエリの自殺未遂のシーンから始まり、その後子どもの頃からの生い立ちを語り始める)がありますが、1727年に初演されたマタイ受難曲の冒頭もまさにこれです。いきなり十字架を背負ったキリストが処刑場(ゴルゴダの丘)に向かって歩くシーンから始まります。しかも、左右に配置された2群の合唱団が会話形式で、
A「来なさい娘たち、共に嘆こう、ごらんなさい」
B「誰を?」
A「花婿を」(=イエスの喩え)
A「あの方をごらんなさい」
B「どのような?」
・・・と臨場感たっぷりに歌うものだから、当時の観客は曲の冒頭からいきなり緊迫した受難の世界に投げ出され、目の前を歩くイエスを見守る見物人の一人としてその場にいるような錯覚に陥ったに違いありません。

マタイ受難曲の第1曲冒頭

ポイント2 音画

 2つ目に解説するポイントは、音画的な表現についてです。
 ルネサンス時代には「目の音楽」とも呼ばれる「マドリガリズム」という手法がありました。例えば、「夜」を黒い音符で、「昼」を白い音符で表現したり、「蛇」という歌詞を、グニャグニャと上下する旋律で歌うなど、歌詞の意味・内容を楽譜上で視覚的・象徴的に表現する技法です。ワードペインティングやトーンペインティングなどと呼ばれることもあるこの象徴技法(音画)は、バロック時代になると修辞学と相まって、より体系的な理論へと進化します。

マタイ受難曲冒頭のフルートパート

 マタイ受難曲の第1曲では、オーボエやフルートの「重荷をひきずりながらはい登ろうとするかのような音形*」の旋律線をなぞることで、重い十字架を背負いゴルゴダの丘をめざして、一歩一歩十字架の重さに沈みながら E→Fis→A→H→Cis・・・と少しずつ坂を登っていくイエスの歩みを楽譜から浮かび上がらせます。

L.de.モラレス作「十字架を運ぶキリスト」(1546)

ポイント3 音による暗示

 3つ目に解説するポイントは、音名や階名による暗示についてです。
 J.S.バッハは、「フーガの技法」の第14対位法(未完)の3番目の主題としてB、A、C、Hの音(ドイツ式音名)に基づく旋律を用いていることで有名です。
 授業では、R.シューマンとクララの話をしています。相思相愛だった2人の真剣交際は、クララが16歳だったことや、R.シューマンとの歳の差が10歳もあったこと、クララは18歳にしてすでにオーストリア皇帝から「天才少女」と呼ばれ、オーストリアで最も名誉ある「王室皇室内奏者」の称号を得るほど有名なピアニストとなっていたことなどの理由から、クララの父親に2人の交際を禁止されてしまいます(この結婚騒動は後に裁判にまで発展します)。

シューマン夫妻の写真

 ここで生徒に質問します。
「もしあなたに作曲の才能があって、親から会うことすら許されない恋人がいたとしたら、自分が最も自信のある音楽をプレゼントして愛を伝えたいと思わない?」
 さらに加えて、
「もし、あなたが曲をプレゼントされる側だとして、いちばん腹が立つのは、元カノに一度プレゼントした曲を使い回された時じゃない?」
 すると「バレたら修羅場」など同意の嵐。そこで、
「じゃぁ、クララのためだけに作曲したという証拠を作品に残すためにはどうしたらいい?」
「・・・・。」
「ここに有名な『トロイメライ』という曲があるんだけど、知ってる?」
「知ってます」
「この一番盛り上がるところの1音目の音名は何?」
「C」
「2番目と3番目は?」
「A」
「ちなみに2番目と3番目を階名で読むと?」
「C、LA、LA !」
「R.シューマンはここで毎回クララ(Clara)!と叫んでいたんだね。これなら、元カノの曲の使い回しができないから安心だね」

トロイメライ

「ちなみに、サッポロ一番みそラーメンのCM音楽は、「みそラ〜」のところがMi、Sol、Laになってるね。」
「へ〜」

サッポロ一番みそラーメンのCM音楽

サッポロ一番みそラーメンのCM音楽(youtube)
サッポロ一番塩ラーメンのCM音楽(youtube)

「マタイ受難曲では、Eの音や調性は「大地=この世」(Erde)を、Cの音や調性は「キリスト=神の国」(Christus)を象徴しているという解釈があります**。先程なぞった旋律線を見てごらん。Eの音から始まって6小節目のCの音に向かって徐々に上昇しているね。また、これまで冒頭からコントラバス最低音(E音)で地をはうように留まっていた通奏低音は6小節目で突如上行し5線譜を通り超えたC音へ一気に上りつめるね。さらに、スコアの1ページ目はE-moll。300ページ目の最後の和音はC-moll。曲全体の構成もやはりE調からC調に向かっているね。マタイ受難曲の主題は、キリストが地上(E)に降り立ち、受難によって神の国(C)に帰る話だよね?」
 この話はかなり興味を持ってくれます。

マタイ受難曲1曲目の通奏低音パート(5〜7小節目)

 ここまでが1時間目で、バッハの音楽に興味・関心をもち、全員が共通の知識を学ぶ場面となります。2時間目からがいよいよジグソー法の活動となりますが、そのお話は②で紹介します。

2時間目「ジグソー法によるバッハの授業②」へ

*礒山雅氏による
**杉山好氏による

               (文責:鈴木敦)

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