見出し画像

パワハラの背景にあった事情 

昔、軽いパワハラに遭ったことがある。
一時期、食品店の店舗で社員として働いていた。
時給が安いのとある程度の専門知識がないと対応ができない職種のため、パートさんが入ってもすぐ辞めてしまうことが続いており、私が入社した時には慢性的な人手不足に陥っていた。

私が配属された店の店長は特に責任感が強く、スタッフが足りないところは自分のシフトを増やして休みをどんどん削り、最高30連勤するなど相当むちゃなシフト組みをして店を回していた。
新人の私に負担をかけまいと、私にはきっちり会社が定めている公休日数を休ませてくれ、私も休日出勤しますよと言ってもいやいや、それはダメと受け入れてくれなかった。

だがやはり仕入れや売上のことも考えなきゃいけない、面接もしなくてはいけない、新人の育成もしないといけない、とただでさえ多忙な上に30連勤とか無茶をするものだからだんだん壊れていってしまった。

ずっと出勤しているから洗濯をする暇がなく、制服が生乾きの臭いを放ち始め、横で一緒に作業をしていると臭いでクラクラするほどだった。
だが、デリケートなことなので誰も何も言えなかった。
閉店後のレジ締め作業で現金を数えるとき、小銭をケースに入れる際に手をすべらせて小銭をばら撒いてしまった。
「あーもう!!!なんで!!!」と叫び、「落ち着け〜、落ち着け〜」とブツブツ言いながら血走った目と震えた手でお金拾い、再びケースに入れて数え始めた。
もうさすがに怖すぎてフォローも何もできなかった。

こちらとしてはただただ精神的に落ち着いてほしいから1週間くらい休んでほしかったが、いくら言っても本社にヘルプ要請はしないし、私の休日出勤も拒み続けたのでどうしようもなかった。

そんなある日、私が発注でミスをしてしまい、品切れを起こしてしまった。
しまったと思っていたらすごい剣幕で私のところにやってきて
「なんでこんなことになるんですか!?ちゃんと見てくださいって言いましたよね!?これ、どうするんですか?自分の担当もちゃんとできないんですか!?」と詰めてきた。しかもバックヤードではなく店頭で。

その時の店長の顔は今でも忘れないが、本当に鬼か何かが乗り移ったかのような、目が座っている上に血走っていて、でも口元は片方が上がっていてちょっとニヤリとしたような表情だった。もちろん怒っているけど、ただの怒りではなくてストレスをぶつけて発散しているように見えた。

ミスってしまったことは自分自身もめちゃくちゃショックでかなり凹んだ。
ただでさえ張り詰めている空気が漂っている店内がさらにどよんと重くなってしまった。
次の発注日までどうしようもないことは店長が一番良く知っているはずだから、そんな言い方しなくても…とも思ったが、店長が忙しいのはわかっているから迷惑かけないようにちゃんとしないと、できる限りのサポートをしようと思っていたのに迷惑をかけてしまったことが悔しくて家に帰って泣いた。
でも切り替えてやるしかないから明日からは忘れないように順番ややることを確認して慎重にやろうと自分を鼓舞して翌日に備えた。

翌日出勤すると、早番で来ているはずのパートさん2人のうち1人が出勤していなかった。
もう1人の人に聞いてみると、今朝急に辞めるって連絡がきたとのことだった。
何の前触れもなく、しかも前日の帰り際にはまた明日ね、と話したばかりなのにどうして急に…と思ったら、日頃から店長の私に対する態度を良く思っていなかったらしく、そこに昨日店長が激怒している場面を見て、こんなのパワハラだ!もう耐えられない!と家で旦那さんに話したところ、旦那さんがあなたがやっていることはパワハラだ、そんなところで妻を働かせるわけにはいかないから辞めさせてもらうと、店舗に電話してきていたことがわかった。

そこで初めて自分がパワハラを受けていることに気づいた。
報道や漫画やドラマなんかで見るもっとえげつない暴言や暴力なんかに比べたらパワハラにならないかもしれないが、本人がキツイと感じたり、見てる側がさすがにこれは、と思ったら十分にパワハラになりえることを知った。
私が至らないから指導の範囲内と言えばそうなのだが、確かに胃がキリキリ痛かったし今日の店長の機嫌はどうだろう…と気をもんでいた日々だったので、この状況に名前がついて「私が悪いんだ」という考えから自分を解放してあげることができてホッと心が落ち着いた。


店長は出勤するなり休憩室に私を呼び、謝罪を受けた。
全然パワハラとかそんなつもりはなくて、でも強くあたってしまったことは事実だから、ごめんなさいと穏やかな口調で言ってくれた。
我に返ったというか、本来の店長の人柄に戻ったような雰囲気がした。
それまでの血走って座っている目から毒が抜けたような、なんか変な憑き物が取れた感じだった。

無茶な働き方をして限界まで自分を追い込んでいるのを知っていたから全く責める気は起きず、確かに強く言われて凹みましたけど、もっとしっかりして安心して休んでもらえるようにがんばりますね、と伝えて一件落着した。

それから店長もちゃんと休みを取るようになり、ゆとりができたことでだいぶ落ち着きを取り戻していった。
今でも覚えているが、「私、つらいこととか嫌だなって思うことがあるとお花に頼っちゃうんですよね。お花は癒やされます。」と言ってよく花屋さんで花を買って帰っていた。本来のこの人は、こんなにもかわいらしい人なのだ。
それからは店舗一丸となって和やかに目標に向かって頑張る・・・


はずだったのだが私はこの3ヶ月後に会社を辞めた。
店長の件は解決したが、初めて本社のミーティングに出席したときに会社の深い闇の部分を知ってしまった。

ほとんどの店長がメンタルをやられていて全く活気がなく、何店舗かの店長は体調不良で欠席、何店舗かの店長は休職中、とある店舗の店長はメンタルやられすぎてシフト通りに来なくていつ出勤するのかわからない状態になっているという、相当カオスな状況だった。
そりゃー人が足りないからって本社にヘルプ要請出せないわけだわ…と理解した。

いざミーティングが始まると地獄のような時間だった。
一人の店長が槍玉に挙げられ、「なんで目標達成しなかったのか理由を言ってみろ、なんで答えられないんだ黙ってたらわからないだろやる気あんのかどうなっているんだどうなっているんだどうなっているんd……」
とどう考えてもパワハラのオンパレードだった。
他の店舗の店長も全員下を向いて無になっていた。
なんだこの会社…やばいな…ちょっと無理かも…と思いながら休憩になり、リフレッシュしようと会議室を出て伸びをしていたら眼の前の壁に凹みがあるのを見つけた。
なんだコレ?と思って見ていたらどこからともなくスッとどこかの店長が私の横にやってきて「これ、何か知ってる?」と聞いた。
「さぁ…なんですか?」と聞くと、彼女はこう答えた。
「これはね、社長が常務の頭をガンガン打ち付けた跡なの。「常務の穴」って呼ばれてるのよ。あの常務ってほら、ちょっと不器用なところあるじゃない?なかなか社長の思いを汲み取れなくていらないことやっちゃうのよね。その怒りマックスのときにやられちゃったのね〜」

開いた口が塞がらなかった。
しかも社長は2代目社長で、常務のほうが先代のときから働いているキャリアも年齢も上の人だった。
そんな人の頭を、、、っていうか普通に人の頭を壁に打ち付けるようなことができる人の元で働きたくねぇぇぇぇと退職を決意した。

どうやら2代目に代わってから経営がうまくいっていなかったようで、どうにかしないといけない焦りからミーティングで尋問のようなやり方をしたり、ペンを投げられて顔に怪我した人もいたとかで、とにかく人にあたりちらしていたらしい。
申し訳ないが、そんなことがまかり通っている環境に身を置けるほど自分を犠牲にできないのでサクッとサヨナラさせていただいた。


人は、心に余裕やゆとりがなくなるとピンと張り詰めた状態になり感情がコントロールできなくなって必要以上に人に強く当たってしまう。
余裕やゆとりがなくなると、人格をも変えてしまう。

仕事や思っていることを抱え込んで溜め込んでいっぱいいっぱいになって人に強く当たって発散してしまうくらい自分を追い込む前に、誰かに頼る、お言葉に甘える勇気を持つことが、思いがけずパワハラする側になっちゃう予防につながると私は思っている。

いつ自分がする側になってしまうかもわからないので、自分の心や感情とは常に向き合っていきたい。









この記事が参加している募集

新生活をたのしく

仕事について話そう

仕事のコツ

with 日本経済新聞

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?