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私たちの活動 空き家の福祉活用

0. 弱いつながりが生まれるサードプレイス

高齢化が進んでいる地域では、地域の絆を育むために新たな共有スペースやサービスの試みが始まっています。従来の開発方法ではなく、福祉や地域の生活に配慮した福祉転用の取り組みが進んでいます。ここでは、私たちが関わっている福祉転用の具体的な事例を紹介し、"弱いつながりが生まれるサードプレイス"の視点から、その効果やデザイン、マネジメントについてご紹介します。

1. 急増する空き家は福祉活用のチャンス

超高齢化の住宅地には大きな問題があります。30年以上経つと超高齢化住宅地が出現し、住宅の老朽化、空き家の増加や居場所の減少、生活不安、買い物難民や要介護者の増加、健康状態や活動量低下、人的交流やつながりの縮小など様々な問題が発生しています。住民の約80%が地域に愛着を感じ、住み慣れた地域の住み続けることを希望しているものの、将来へは利便性、地域活動、治安、高齢化、老朽化、空き家、インフラについて、住民の77%-98%が不安を抱えています。我々の調査した住宅地では10年で世帯主の約20%、20年で約60%が世代交代します。つまり今後20年で住宅の半数が空き家になる可能性があります。その対応には高齢者の支援に留まらず、次世代が移り住み、多世代が共生する「住みたくなるまち」に再生する仕組みが求められています。

30年前に開発された住宅地の世帯主の年齢構成

福祉転用やそこを拠点にしたコミュニティ事業が注目されています。日本政府は地域包括ケアシステムの構想に沿って、空き家の利活用に向けた法制度の改正や介護保険サービスや保険外サポートなど支援施策を展開し、地域の身近なところに「福祉のコンビニ」や「通いの場」、「子ども食堂」、「まちの保健室」など住民主導の福祉拠点が広がっています。これらの取り組みは、住民の生活を支え、地域のつながりを深めています。超高齢化地域での問題解決には、施設整備だけでなく、地域にあるものを生かして未来につなぐ新しいアプローチが有効であることがわかってきました。

この傾向は、中国、オーストラリアなど急速な住宅地開発をした国々にも広がり、国際的な共通課題でもあります。都市化に伴って、通勤圏にある緑豊かな郊外に子育て家族向けの住宅が大量整備された社会現象の半世紀後の結果です。

2. 良い福祉環境の調査から始まった私たちの実践

20年前に、日本各地の「良い福祉環境」を調査しました。そこで驚くべきことが分かりました。新しく作られた福祉施設よりも、既存の住宅や店舗が福祉的に活用されて地域住民に親しまれていることです。これらは自然に生まれたもので、住民が生活の課題を解決するために手探りで作り上げたものです。それは行政の枠を超え、地域のつながりを活かして生まれたものでした。私たちはこれを「福祉転用」と呼び、日本全国及び中国、オーストラリア、フィンランド、スウェーデン、英国の横断調査を実施しました。これでわかったのは、「福祉転用」が住民の愛着を生かし、細かなニーズに対応していることです。

全国・海外の福祉転用の事例調査

私たちは研究ネットワークを作って、東京圏の鎌倉市や名古屋圏の日進市、大阪圏の堺市などの数百万人規模の大都市圏にある超高齢化住宅地を対象に、詳細な介入研究を進めています。これらの地域は高齢化が進んでおり、大学や行政との連携を通じて地域をマネジメントし、福祉拠点を整備する取り組みが行われています。例えば、堺市槇塚台地区(大阪圏)は、開発から50年経つ、大阪から35kmの丘陵地にある泉北ニュータウンの中の住宅地で、公営住宅と戸建て住宅との混合に特徴がある。高齢化率は30%を超え、人口7000人から5000人に減少しています。2009年より大阪公立大学(旧大阪市立大学)が参画する地域協議会を組織し、公営住宅の空き室、近隣センターの空き店舗、戸建ての空き家を高齢者支援住宅やディサービス、障害者グループホーム、地域レストランなどの福祉的活用を進めています。

大学が地域に介入した福祉転用リノベーション

3.ウェルビーイングとサードプレイス

WHOはウェルビーイングを「病気や病弱な状態ではないだけでなく、身体的・精神的・社会的に満たされた状態」と定義し、従来の医療的健康や幸福の観点を超えて、包括的な視点を提唱しています。既にさまざまな分野で健康を測る手法は存在しますが、それらを包括的に結びつけるという観点から、人とのつながりや交流が、健康と福祉にとって極めて重要であることが浮かび上がっています。

特に高齢者に焦点を当てた「サードプレイス」という概念は注目を集めています。これは、ファーストプレイス(家庭)でもセカンドプレイス(職場・学校)でもないが、非公式な集まりを主催できる共有の場と定義することができます。家族や親しい友人の間の「強い絆」とは対照的に、隣人や知人の間に存在する「弱い絆」をサポートします(Granovetter, 1973)。様々な人々が交流し合い、気づきを生み、支え合う場として機能しています。このような環境が整うことで、高齢者の社会的関与が促進され、彼らの健康や福祉が向上することが示唆されています。

ウェルビーイングとサードプレイス

私たちは高齢者の社会的関与のためのサードプレイスのレビュー(Third Places for Older Adults’ Social Engagement: A Scoping Review and Research Agenda, Gerontologist, 2023)をしました。高齢者の健康に対する社会的関与の利点が一貫して示され、高齢者が出会い、交流しやすい近隣のサードプレイス に対する研究の関心が世界的に高まっていることが分かりました。

サードプレイスは公共の場所 (図書館、公⺠館、公園など) や商業施設 (カフェ、バー、市場、ビューティー サロン、理髪 店、ショッピング モールなド) だけでなく、高齢者や障がい者・子どもにとって、歩いていける身近な近隣の方がより重要で、住宅や学校、地区公園や停留所などのあり方がもっとも大切な課題となっています。

4.サービスを重ね合わせる

近隣のサードプレイスは、トップダウンの開発では難しく、地域ニーズに合わせて徐々に整えることが必要です。そのためには、地域の自治会や学校・大学、福祉団体、商店などが連携し、地域をマネジメントする「コミュニティ協議会」が不可欠です。そこが地域の空き家や空きスペースを活用し、様々なコミュニティサービスを展開しなければなりません。

近隣住区にある店舗や学校、公園に加えて、住宅の一部がコミュニティサービスを提供する場所として活用されています。細かく見て行くと、①居場所、②カフェ/レストラン、③ガーデン菜園、④趣味・楽しみ、⑤ワーキングスペース、⑥スタジオ/ギャラリー、⑦運動・介護予防、⑧理容・美容、⑨リハビリ/マッサージ、⑩外出支援、11店/コンビニ、12デイサービス/ショートステイ、13シェアハウス、14介護相談・介護者支援、15見守り、16家事生活支援など様々なサービスの内容や組み合わせがあります。それらが重ね合わされて実際の事業が展開されています。

様々なコミュニティサービスを重ねる

5.新しい暮らしの風景

戦後開発された住宅地や町が醸造の過程に入り、次世代の移り住みにより新たな活動や文化が生まれつつあります。クリスファ・アレクザンダー(1979)は、社会全体が共有しつつも個々の独自性を持つべきだと指摘し、バランスのとれたコミュニティを再構築する際には指針が必要と述べています。多様なライフサイクルを持つ人々が織りなす町づくりには、そのバランスを考慮した計画が不可欠です。

私たちは、子ども・高齢者・障害者・単身者・訪問者・母子・家族・コミュニティの多様な人々のライフサイクルが織りなす町に醸造するためには、何が求められるかを共に考えます。近隣のサードプレイスは、歩ける生活圏内にあり、自由に活動し、地域内で経済が回る仕組みも提供しています。ケアをする人とされる人が相互に入れ替わるケアド・コモンの場として機能します。その結果、健康と安心が両立し、今まで出会えなかった新しい暮らしの風景につながっています。


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