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コートを羽織ると思い出がそよぐ

紅葉が色づく頃には
バーバリーのコートを羽織りたくなる。
肌寒いが、ベージュの色合いが秋に合う。

冬の大将軍を迎え撃つのは
オーバーサイズのネイビーコート。
寒さと暖かさの両方感じてこそ
冬を愉しむということだ。

僕はお爺ちゃん子だった。

家庭では厳格で頑固で
亭主関白の王道を
突き進むお爺ちゃん。

長男の坊の僕には態度を一変する。

会う度におもちゃを買ってあげようとする
外国のお菓子より甘いスイートなお爺ちゃんだ。

物置部屋となりつつある
実家の僕の部屋には
未だに買ってもらった
フィギュアが飾られている。

帰省の際にはカネゴンとウルトラマンに
見つめられながら僕は就寝する。何故か愛着があるのだ。

そんなお爺ちゃんは、僕が9歳の時に亡くなった。早すぎるお別れだ。

初めて亡くなった人の手を握り
氷のような冷たさを感じ
無意識に暖めようと必死に擦った。

動かない。後ろを向く。
僕は父が泣いている姿を初めてみた。

時間は残酷な物である。

時の流れが短いお爺ちゃんとの思い出を霞んでくる。
顔すら写真を見ないと明確に思い出せない。

中学校。高校。
色々なことを経験し悩み考える。
9歳までの思い出など必然的に消失していく。

大学生の時だ。ようやくお爺ちゃんの部屋を片付る為に一家が集まる。

お盆などでお仏壇に挨拶することはあったが
お爺ちゃんの部屋に入るのは初めてだった。一人でまずは潜入。

九官鳥の籠。
高級レコード機。
数々のジャズの円盤。
黒色のソファ。
漆色のソファテーブル。
大きな透明の灰皿。

石原裕次郎と一緒に映画のワンシーンが撮れそうだ。

お爺ちゃんが
どんな人だったのか
どんな生活を送ってきたのか
大学生になって理解を深めることが出来た。

父曰く見えっぱりで良いものには
とことんお金を使う昔の男だと言っていた気がする。

高級レコード機がやはり目についてしまうのだ。

ジャズを聴きながらタバコを吹かしてたんだろう。
恐らく銘柄はセブンスターだ。うちの家系は代々決まっている。

孫が来ました。ソファー、拝借しますね。

新世代の僕はピースのスーパーライトに火をつけて
レコード機でBill Evansを聴いてみた。電源が入ったのに驚き。

父も偶にお爺ちゃんが亡くなった後
レコードを聴きに来てたそうだ。

3世代が同じソファーに座り
心地よいピアノを楽しむ。

ゆらりゆらりと白い煙が浮かぶ様を見ながら
背中をソファーに預ける。

お爺ちゃんの灰皿でタバコの火を揉み消す。
もう1本だけ宜しいか。

いい時間。針が上がった。

何となくお爺ちゃんはチェインスモーカーだったんだろうなと思った。

部屋を見渡すと、クローゼットの暗闇から何かが僕を覗き込んでいた。

開けてみた。そこには年季の入ったコートがずらり。

お宝発見と胸が高揚。

お爺ちゃんはかなり小柄なので
一般体型の僕とサイズ感は合わなかった。

ポケットも破れかぶれだ。

クローゼットの端にはひっそりと
クリーニングの透明な袋に包まれたコートがあった。

バーバリーとオーバーサイズのネイビーコートだ。

破れて着れないから保管したのか。
バーバリーは高級なので大切に保管していたのか。
オーバーサイズのコートは着れないので放置していたのか。

何も分からない。ただ、不思議と僕のサイズにピッタリだ。

ポケットとコートの襟は破れ被れ。

どうしようか?

何だろう、コートが僕を待っていたような気がするのだ。

僕は、仕立て屋に持っていき、安くない金額で修復をし、今も着ている。

父は、レコード機・円盤・灰皿の全てを実家に持って帰り、聴いている。

お爺は、世代を超えて愛される物を残し、僕達の心の中に生きている。

誰かの心の中に無理にお邪魔したいとは思わない。
ただ、受け継げられ、優しい思い出がふと湧いてくる、
そんな物を集め、思い出と共に手渡していきたい、と想ってしまうのだ。

すっかり秋だ。コートを羽織ると、冷たい風と思い出がそよいでくる。

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