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『男はつらいよ 知床慕情』:1987、日本

 寅さんが旅先からとらやへ戻って来ると、「勝手ながら当分の間休業致します」という貼り紙があった。おいちゃんが風邪をこじらして肺炎になり、入院してしまったのだ。さくらと博は、もう峠は越して来週には退院することを寅さんに話す。
 病院へ見舞いに訪れた寅さんは、医者に付け届けとしてウイスキーを渡そうとする。医者は受け取りを拒否し、ウイスキーは寅さんの足に落下した。腹を立てた寅さんは、医者の足を踏み付けた。

 あけみは翌日からとらやを開けると知り、博に「私、手伝おうか」と持ち掛けた。昼休みには、ゆかりも手伝いに来るという。さくらたちから除け者にされた寅さんは、自分も働くと言い出した。
 しかし彼は、団子を丸める作業も、串に刺す作業も、餡を練る作業も、配達も、全て嫌がった。おばちゃんが怒って「だったらさ、掃除をするとか、お茶を出すとか、何だってあるだろう」と言うと、寅さんは「なんでオレが茶坊主みたいな真似しなきゃいけないんだい」と反発した。

 さくらの提案で、寅さんは帳簿に座って金庫番や電話を受ける仕事を担当することになった。しかし、すぐに飽きた寅さんは、備後屋たちを誘って飲みに出掛けてしまう。
 その日の仕事を終えたおばちゃんは、さくらに「店辞めよう。つくづく嫌んなっちゃったよ。この店みんな売っ払っちゃってね、おいちゃんと小さいアパートに住むよ」と告げて泣き出した。店先で聞いていた寅さんは入り辛くなり、そのまま旅へ出ることにした。

 北海道の知床を訪れた寅さんは、獣医の上野順吉と出会った。寅さんは順吉に誘われて彼の家に立ち寄り、お茶を御馳走になる。順吉は10年前に妻を亡くし、一人で暮らしていた。彼は寅さんに、日本の農業に対する考えを熱く語る。
 そこへスナック“はまなす”のママである悦子が入って来た。彼女は近所に住んでおり、順吉の身の回りの世話を焼いていた。牛のお産で出掛けることになった順吉は、寅さんに「この人の店で飯食っててくれ。今夜ここへ泊まれ」と告げた。

 順吉が出て行った後、寅さんが「アレ、少し変わってんな。後妻の口なんてな無理だね」と言うと、悦子は「誰が来るもんか」と口にする。「他に家族はいねえのかい?」という寅さんの質問に、彼女は「娘さんが一人いるけど東京へ嫁に行ってる」と告げて順吉の娘・りん子の写真を見せた。
 寅さんが「たまに帰ってくるの?」と訊くと、悦子は「全然」と答え、「あの男が悪いんだよ。東京の男なんか信用できるかって頭ごなし反対なんだから」と語った。

 スナック“はまなす”に移動した寅さんは、常連客である船長、婿養子、マコト、文男と親しくなった。船長たちは変わり者の順吉を、快く思っていない様子だった。
 しかし寅さんは、「オレは、そう嫌いじゃないね。長い人生苦労してな、その挙句の果てに可愛い一人娘を東京のノッペリした男にフッとさらわれた。それ以来、見るもの聞くもの腹立たしいことばっかりだ。それであんな顔になっちゃったんだとオレは思う」と語る。悦子は同意し、「私もね、それを考えるから可哀想になるんだよ」と述べた。

 翌朝、りん子から順吉に電話が掛かって来た。りん子が「今、斜里の駅なの。突然だったけど帰りたくなってしまって。これから帰ってもいいでしょ?」と言うと、順吉は「お前一人か」と尋ねる。
 りん子が「もちろんよ」と答えると、順吉は「何かあったのか」と質問する。りん子は「それは、会ってから話す」と告げ、電話を切った。順吉は髭を剃り、新しいシャツに着替えた。寅さんの質問を受けた彼は、娘が帰ってくることを明かした。

 寅さんが去ろうとしたところへ、りん子が帰って来た。すると順吉は「何しに帰って来た?黙って家を飛び出して、何の連絡も無く突然帰って来て」と冷たい言葉を浴びせる。
 電話があって往診に出掛けることになった順吉は、寅さんに「もう一晩泊まってくれ。美味い肉買って来るから、ジンギスカンでもやろう」と告げた。りん子は寅さんと挨拶を交わした後、港へ赴いて悦子や船長たちと会った。

 その夜、寅さんは順吉親子と一緒にジンギスカンを食べた。寅さんの語る風変わりな仲間たちの話に、順吉もりん子も笑った。そこへ悦子と船長が、料理と魚を持って現れた。
 りん子は悦子から夫婦関係について「上手く行ってるの?」と問われ、黙り込んだ。彼女は順吉に、「私ね、結婚に失敗しちゃったの」と打ち明けた。3ヶ月前に離婚したと言う彼女に、悦子は「やっぱりね。会った時から何かあるんじゃないかと思ってたよ」と告げた。

 順吉が「あんな情けない男と一緒になるからだ。お前が馬鹿なんだ」と責めるので、悦子は「なんてこと言うの。黙って聞いてあげなさい、りん子ちゃんの話」と諌めた。
 順吉が「娘が親の許しも無く、くだらん男と一緒になって勝手に別れて帰って来て、それで俺に知らん顔してろって言うのか」と声を荒らげると、りん子は「謝ればいいんでしょう」と漏らして泣き出した。悦子はりん子を慰めながら、彼女を隣の部屋へ連れて行った。

 寅さんは船長の船でカムイワッカの滝を見物に行ったり、バードウォッチングに出掛けたりして、知床での生活を満喫する。さくらたちは寅さんからの手紙を読んで、彼がりん子に惚れたのだと確信した。
 りん子は引っ越しの作業をするため、東京のアパートへ戻った。彼女はとらやへ立ち寄り、さくらたちに挨拶した。寅さんのことを訊かれた彼女は、「何しろ人気者だから、あっちこっちで引っ張りだこで、私の家になんかはあんまり泊まって下さらないんですよ」と述べた。

 さくらが「皆さんに御迷惑掛けてるんでしょうねえ」と言うと、りん子は「知床という土地は季節ごとに色々な人が仕事をしに来るから、よその人が何か月も滞在していても不思議じゃないんですよ。いえ、寅さんって元々、そういう疑問を抱かせない人なんです。つい昨日会ったばかりなのに、ずっと昔から一緒にいるような」と語る。
 さらに彼女は、「自由なんですよ、考え方が。寅さんは、人生にはもっと楽しいことがあるんじゃないかなって思わせてくれる人なんですよ」と述べた。

 知床では、寅さんがキノコ狩りに出掛けている間に、悦子が順吉の家を訪れていた。順吉に湿布薬を貼ってやった彼女は、「そろそろ老後のことを考えなきゃならない年なんだよ」と説いた。順吉が真面目に考えようとしないので、悦子は「勝手にしなさい」と突き放した。
 それから彼女は、「私、引き上げる決心したからね。オーナーがあの店売っちゃったんだよ」と話す。妹が新潟で芸者をしているので、一緒に暮らすことにしたという。「先生とは随分長い付き合いだったねえ。手も握ってくれなかったけどね」と悦子が体を寄せると、順吉は「いかん、いかん」と緊張した様子で距離を取る…。

 原作 監督は山田洋次、脚本は山田洋次&朝間義隆、製作は島津清、企画は小林俊一、撮影は高羽哲夫、美術は出川三男、録音は鈴木功&松本隆司、照明は青木好文、編集は石井巖、音楽は山本直純、主題歌『男はつらいよ』は渥美清。

 出演は渥美清、倍賞千恵子、竹下景子、三船敏郎、笠智衆、淡路恵子、下条正巳、三崎千恵子、前田吟、すまけい、美保純、太宰久雄、佐藤蛾次郎、吉岡秀隆、関敬六、イッセー尾形、笹野高史、冷泉公裕、赤塚眞人、油井昌由樹、坂本長利、笠井一彦、マキノ佐代子、川井みどり、石川るみ子、倉山理恵、天野立子、篠原靖治、小原忍ら。

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 “男はつらいよ”シリーズの第38作。寅さん役の渥美清、さくら役の倍賞千恵子、あけみ役の美保純、御前様役の笠智衆、おいちゃん役の下条正巳、おばちゃん役の三崎千恵子、博役の前田吟、タコ社長役の太宰久雄、源公役の佐藤蛾次郎、満男役の吉岡秀隆はレギュラー陣。
 今回から満男が高校生になっている。サブタイトルに「知床旅情」とあるが、これは森繁久彌のヒット曲のタイトルだ。その曲が、挿入歌として使用されている。

 今回のマドンナは、りん子役の竹下景子。第32作『口笛を吹く寅次郎』に続いて、2度目の出演だ。同じ女優が別の役でマドンナとして登場するのは、第22作『噂の寅次郎』と第34作『寅次郎真実一路』の大原麗子、第4作『新 男はつらいよ』と第36作『柴又より愛をこめて』の栗原小巻に続いて3人目。
 船長をすまけい、医者をイッセー尾形、りん子のアパートの大家を笹野高史、婿養子を冷泉公裕、マコトを赤塚眞人(赤塚真人)、文男を油井昌由樹が演じている。

 順吉を演じているのは、「世界の」という冠が付く三船敏郎。渥美清は松竹、三船敏郎は三船プロを作る前は東宝の俳優だったので、この作品が初共演かと思ったら、日本映画復興協会が製作して松竹が配給した1968年の映画『祇園祭』に2人とも出演している。ただ、2人とも脇役であり、たぶん同じシーンでの共演ってのは無いと思う。
 ちなみに、日本映画復興協会の代表であり、『祇園祭』に主演したのは萬屋錦之介(当時は中村錦之助)だったりする。その映画の製作は困難を極め、完成までに7年の歳月が費やされたが、その間に錦之助は当時の妻であった有馬稲子と離婚し、淡路恵子と再婚している。

 悦子役の淡路恵子は、萬屋錦之介と結婚して芸能界を引退していたが、彼と離婚し、この映画で女優として復帰した。映画出演は1967年の『父子草』以来となる。ちなみに、『父子草』の主演は渥美清だった。また、淡路恵子の映画デビューは黒澤明監督の『野良犬』だが(当時は本名の「井田綾子」名義)、その主演俳優は、もちろん言わずと知れた三船敏郎だった。
 その後、1959年の『或る剣豪の生涯』など何本かの映画で共演している2人だが、カップルとしての共演は、これが初めてのはずだ。三船敏郎と淡路恵子にとっては、キャリア後期における代表作の1つに数えてもいいんじゃないだろうか。

 りん子は離婚して東京から知床へ戻って来たという設定だが、竹下景子って第32作でも出戻りの女性を演じていたんだよな。なぜ山田監督は、同じ女優に似たような役柄を用意したんだろうか。竹下景子って、そういうイメージなのかな。むしろ「結婚したい女優」として人気のあった人なんだけど。
 っていうか、この作品って、何となく第32作に似ているんだよな。「マドンナは出戻りで帰郷」「マドンナに母はいない」「寅さんはマドンナの父と仲良くなる」「寅さんは町の人々の人気者になる」「マドンナの恋心について第三者が口を滑らせ、それがきっかけで寅さんが去る」と、かなり共通点が多い。

 今回は、冒頭に夢のシーンが用意されていない。秋田のさくらまつりの景色が写し出され、江戸川の桜について思い出を語る寅さんのナレーションが被さり、主題歌が流れてオープニング・クレジットへ突入する。
 第9作以降は夢のシーンから始まるのが決まり事になっていたので、それが無いのは29作ぶり。ちなみに第9作のサブタイトルは『柴又慕情』で、何となく今回のサブタイトルに似ているんだけど、まあ単なる偶然だろう。

 オープニング・クレジットでは、第31作『旅と女と寅次郎』以来となる江戸川でのミニコントが描かれる。第31作では細川たかしが乗っていた矢切の渡しに、今回は寅さんが乗っている。
 今回は河川敷ではなく、土手の上がコントの舞台となる。そこはマラソン大会のコースになっていて、給水ポイントが設置されているが、そこを売り場と間違えた寅さんが水を飲んで代金を支払い、金を返そうと追い掛けた係員の女性が土手を滑り落ちてしまうという内容だ。

 第21作『寅次郎わが道をゆく』では心臓の発作で倒れたおいちゃんだが(倒れる描写は無く、回復して養生している様子が描かれただけだったが)、店の営業を休むことは無かった(たぶん、おばちゃんとさくらで切り盛りしたんだろう)。しかし今回は、おいちゃんの入院に伴い、とらやが一時休業している。
 で、寅さんが手伝いを申し出るが、それは「仲間外れにされたくない」というだけであり、本気で店を手伝おうと考えたわけではない。だから、「とにかく楽な仕事は無いか」と問い掛ける。で、ただ帳簿に座っているだけという楽な仕事を任されるが、それでさえ、すぐに放り出してしまう。とらや一同が最初に寅さんを除け者として店の仕事について話し合いを始めたのは大正解で、店での彼は全くの役立たずなのである。

 今回の寅さんは、「些細なことで腹を立て、タコ社長に喧嘩を吹っ掛けて旅に出る」というパターンではなく、おばちゃんの泣き言を耳にして店に入り辛くなり、そのまま旅に出るという形だ。ただし鞄と上着を2階に置いたままなので、それを満男に取って来てもらう。当然、満男はさくらたちに見つかり、事情を明かさざるを得なくなる。
 で、さくらは満男と共に、寅さんが待つ駅へ行く。ここで寅さんから「一生懸命勉強して立派な人間になって、お母さん安心させろよ」と言われた満男は、「伯父さんも少しは反省しろよ」と口にする。これまでも寅さんに文句を言ったり反発したりすることはあった満男だが、そこまでズバッと説教するのは初めてだ。

 今回のハイライトは、なんと言っても順吉の悦子に対する告白シーンだろう。悦子が知床を離れることを順吉に打ち明けた翌日、みんなで灯台の原っぱに集まってバーベキューをやる。
 悦子がみんなの前で店を閉めることを明かすと、順吉が「行っちゃいかん」と反対する。全てお見通しの寅さんがニヤニヤしながら反対する理由を話すよう求めると、順吉は「言えるか、そんなこと」と口をつぐむ。

 しかし「勇気を出して言え。今言わなかったらな、一生死ぬまで言えないぞ」と寅さんに迫られると、順吉は気合いを入れ直して「俺が行っちゃいかんという訳は、俺が惚れてるからだ。悪いか」と口にする。武骨で素直じゃない彼が、初めて本音で告白するのだ。
 その告白を受けた悦子は、嬉し涙が止まらなくなる。全て見ていた船長たちは大喜びし、『知床慕情』を合唱する。合唱はどうかとも思うけど、告白シーンの素晴らしさがあるので受け入れられる。

 ただし、そこまでの恋愛劇の薄さには不満もある。寅さんが知床を満喫する様子を描写する暇があったら、その2人の関係描写に時間を割いてほしいと思うぐらいだ。
 で、そんな順吉を煽った寅さんだが、実際に告白すると「言っちゃったよ」と唖然とする。どうせ告白できないだろうと高を括っていたのね。第14作『寅次郎子守唄』で、大川にマドンナへの告白を促した時と似たような感じだったのね。
 ただ、寅さんの予想は外れ、順吉は告白し、愛を勝ち取る。そして愛の告白なんて絶対に出来ない臆病者の寅さんは、マドンナから手を握られ、今回も怖気付いて逃げ出してしまうのであった。

(観賞日:2013年8月4日)

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